第168話 情けは人の為ならず

「もしかしたら俺は、主人公かもしれない」


 ココハナ平原から数キロ離れた小山にて。俺は興奮気味に正面の女へ話しかけた。


「主人公っつーより救世主じゃね?たった1人のための救世主」


「1人じゃない。2人でしょう?」


 そう言ってセリーヌの胸をトンと叩く。あ、おっぱい大きいと思いつつ、ポーカフェイスを維持する。彼女は「ダリー奴だなぁ」と言いながら笑みを浮かべた。


 地面に視線を向ける。金髪美女が髪を放射線状に広げて横たわっていた。身体全体に回復魔法をかけた影響か、安定した呼吸でスヤスヤと眠っている。


「戦争はどうなりましたかね」


「王国軍は潰走してたかんなぁ。ドラゴンを屠ったとて形勢は変わってないだろ。つまりココハナ平原での戦いはボボン王国の負け。ただ……レニウスは侵攻をやめるかもしれん」


「なぜ?」


 問いかける。セリーヌはんーと可愛らしく唸った後、再び口を開いた。


「ブラックアイズブラックドラゴンは間違いなく帝国軍の切り札、奥の手だった。あれを2頭も3頭も手懐けていたら、わざわざ野戦まで持ち込む必要ないし。ブラドラが暴れ回るだけで王国領の大部分は沈黙する。つまり帝国が調教師か魔物使いを用いて奇跡的に操ることが出来たのはあの1頭だけ。緒戦でボボン王国軍を壊滅させて、勢いそのまま侵攻するつもりだったはずよ。だがしかし。壊滅まで持ち込めず、またドラゴンも失った。こうなれば帝国軍に残るのは5万の兵士だけ。撤退すんじゃね?知らんけど」


「にゃるほど」


 うんうん頷く。相変わらず戦略眼は素晴らしい。彼女が本気を出せば、大将軍の地位まで辿り着くのではなかろうか。


「つかお前。マジで姉貴しか助けんかったな」


「もちろん。他のヒトは顔も知りませんし」


「でもほら。姉貴とあーしは王国出身なわけで。あーしらのために、帝国軍へ氷落とそうとか考えんかったの?」


「そうすることで悲しむのは貴女達でしょ。異性には常に笑っていてもらいたいものです。特に身近な女性にはね」


「キモ」


「………」


 足元の石ころを蹴飛ばす。感謝タイム終わるの早い。


 気を取り直してセリーヌへ向き直る。


「と言うのは冗談で。私は極力ヒトを殺さないようにしています。明確に殺意があったとしても、生死は曖昧のままにしています。そうすることで心の平穏を保っています。ですから、誰かに依頼されてヒトを殺すことは絶対にありません」


「はん。そんなんだからいつも英雄になり損ねんだろ」


「平民上等ですよ」


 誰かに褒められたいとか、誰かに認められたいという思いで戦争に介入したわけではない。マーガレット姉妹から受けた恩に報いたかった。それだけだ。


 もちろん彼女達から強制されたわけではない。全ては自身の問題であり、誰のためでもなく自分のために行ったことだと言える。


 俺がクラリスを助けたかったから助けた。それ以上でもそれ以下でもない。


「姉貴は、ここまで見通してたのかな」


「え?どういうことですか」


 セリーヌに問いかける。彼女は神妙な面持ちで答えた。


「たぶんだけど、姉貴がマーガレットの名代になってレニウス軍との戦争に駆り出される未来は、どう頑張っても変えられなかったと思う。姉貴が変えたのは、自分ではなく他人の未来」


「えーと、もしかして私?」


「そう。コリス亭殺人事件における姉貴の言動は明らかに職務権限を逸脱してた。赤の他人であるお前へ手を貸したことで、多方面から不満を買う形になった。妹のあーしから見ても常軌を逸した行動だったよ。ただ、そう、だからこそ姉貴は今も生きている。お前の未来を変えたことが、自分に未来を与えてくれた」


「情けは人の為ならず、ですね」


「それは知らんけど。やっぱ姉貴はすげーわ」


 腕を組んだままウンウン頷いている。クラリスがセリーヌに憧憬を覚えていた一方で、セリーヌはクラリスに尊敬の念を抱いていた。美しき姉妹愛。マーガレットの未来は安泰と言っていい。


「あー、そうだ。今のうちに言っておくわ。姉貴助けてくれてマジ感謝」


 ぶっきらぼうな口調で伝えてきた。顔も明後日を向いている。恥ずかしいらしい。


 もっと恥ずかしがらせようとも思ったが、ここは冗談で返しておく。


「惚れました?」


「惚れた」


「え」


「ウソだよ」


 いつの間にかセリーヌと目が合っていた。どちらとも取れる表情だった。


 何故か恥ずかしさがこみ上げてきて、つい顔を逸らしてしまう。それを見た彼女は投げ捨てるように「ばーか」と言った。


「ほんで。今からどうすんの?」


「どうするとは?やるべきことはやったので、フィモーシスに戻ろうかと思うのですが」


「それはいいんだけど。お前の転移魔法って1度に1人しか運べんだろ。姉貴をここに置いて―――」


〖イケダ〗


 セリーヌの言葉を遮るかたちで声が聞こえてきた。言葉が脳に直接撃ち込まれるような感覚だった。


「えーと」


「あ?なにお前。突然の挙動不審やめろ」


 どうやらセリーヌには聞こえなかったらしい。つまりは彼女、元魔王の心話に違いない。心に直接語り掛けてくるやつ。


(フランさんですよね。どうしました?)


〖一方は手遅れだが、もう一方は間に合うぞよ。さて、貴様はどうするかの〗


「は?」


 何言ってんだこいつ。

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