第159話 暴走レイ車

 引き続きシンク・レイの部屋。


 膠着状態に陥ったラヴウォーズを再び動かしたのはシンクの一言だった。


「分かった。これからボクは彼女に告白する。イケダさんはどうする?」


「え、は?」


 立ち上がる。勢い余ってテーブルに膝を強打した。「あうっ!」と言いながらシンクへ視線を戻す。真剣な眼差しだった。


「ごめんなさい。えーと、何が分かったのですか?」


「僕達だけで話したとて何も進展しない。どっちがより彼女を愛しているか比べても仕方ないからね。ともすれば本人に直接聞くのが手っ取り早い。ボクを愛しているか。もしくはボク以外に好きな人がいるのか」


 自信満々の双眸を向けられ思わず目を逸らす。あまりに展開が早すぎる。そしてあまりに短絡的だ。まるでシンクらしくない。


「待ってください。今ですか?今から告白をする?」


「うん。イケダさんが同じヒトを好きだと分かった以上、悠長に親交を深めるわけにもいかなくなったから。ボクの衝動が言っている。今動けと」


「シンクよ、ひとまず落ち着け。欲望の先に待つ結果を想像しろ。貴様とイケダ、いずれも失敗に終わったなら笑い話で済むだろう。しかしどちらかが成功した場合、フィモーシスの均衡は一気に崩れるはずだ」


 珍しく正論を吐く緑に同意を示す。彼の言う通り、この都市の経営は微妙なバランスの上で成り立っている。俺とシンク、どちらかが欠けたら終わりだ。


「………」


 一瞬、イケダは欠けても大丈夫じゃね?と思ったが、いやいやとかぶりを振る。転移魔法による弾丸補給はフィモーシスの生命線だ。俺は必要。絶対に必要。


 ジークの言葉にシンクも考え直してくれるだろう。そう思いながら彼を見やれば、何故か首を横に振っているではないか。


「何か勘違いしているようだね。ボクはフィモーシスが好きだ。自分たちで都市を成長させている充実感、達成感は何物にも代えがたい」


「ならば」


「でも最優先じゃない。彼女か都市かと聞かれたら、ボクは彼女を優先する。彼女が手に入るのなら、フィモーシスを犠牲にすることも厭わない」


「シンク、貴様は……」


 何か言葉が続くかと思えば、こちらをぎょろッと睨んできた。シンクの方からは見えないよう、口をパクパクさせている。ほ、ら、な。ほらなと言っていた。


 初めてフィモーシスを訪れた日を思い出す。ジークは言っていた。シンクという男は狂喜的な思考の持ち主故、後々災いの種になりうる。早々に追い出そうと。「ほらな」とはそういうことだろう。


 一方でシンクがいなければフィモーシスの発展は望めなかった。安定した運営も彼のお陰だ。


 シンクは止まらない。止まる事を知らない。ならばどうする。俺が引くべきか。引けるのか?


 引くわけがない。ここだけは譲れない。そういう意味では俺もフィモーシスよりセレスを優先する。


「じゃあボクは行くよ。たぶんこの時間なら自室にいるはずだ。ついて来るかは自由だよ」


 そう言って立ち上がり、ドアの方へ歩き出した。もちろんついていく。


(おい。どうするのだ。奴は止まらんぞ。このまま告白させるのか)


 ジークが小声で話しかけてきた。答える。


(告白させたくはありませんが、どうすることも出来ません。まさか氷魔法で足場を固めて動けなくするわけにもいかないですし)


(ううむ。難儀だ。翻意させる何かがあればよいのだが)


 2人でウンウン唸りながら歩き続ける。頭脳派主人公ならポンと妙案が思い浮かぶ。知的な参謀役なら最良な選択肢を提示する。


 隣の彼を見つめる。彼も俺を見ていた。そして互いに悟る。俺たちは無能の脇役風情だと。



 シンクの歩みは存外に遅かった。平気な顔をしていたが、彼もまた緊張を覚えているのかもしれない。いくら国宝級のイケメンでも、イケメンだからこそ告白した経験などほぼ皆無だろう。


 それでも足を進める以上、終わりはやってくる。とうとう目的の場所、セレスの部屋の前に到着した。


 シンクは告白する。俺はどうする。俺も告白するか。昔のバラエティよろしく、ちょっと待ったコールをするべきか。


 心が全力で否定する。今じゃないと警鐘を鳴らしている。恐らく俺は根本を知らされていない。彼女が俺に優しくしてくれた理由、今でも傍にいる事情。


 上澄みを掬って気持ちをぶつけたとて、表面上の関係に終始する。そんな結末は望んでいない。


 だから俺は告白しない。今はまだ。その時が来るまで。



 思いのほか考え込んでいたようだ。いつの間にか1階まで降りてきていた。


「…………」


 あれ。


「ちょ、あーと、え?」


「ん?どうしたのイケダさん」


 シンクが立ち止まり振り返る。その顔には疑問符が浮かんでいた。


「目的地は1階、ですか」


「うん。そうだけど」


 嘘をついているようには見えなかった。


 ジークの方も見やる。コクッと頷いた。どうやら1階で間違いないらしい。


 フィモーシスの中でフランチェスカ豪邸に続いて2番目に大きい建物。それが初期メンバーの住まい、通称ブラックハウス。フラン様のホワイトハウスに対抗して、壁全体を黒曜石っぽい石で形成したのが名前の由来だった。


 3階建ての建物は一番上にシンク、ジークフリードの居室。2階にセレスティナ、セリーヌ、1階にイケダの割り当てとなった。いや、なるはずだった。


 部屋割りが決定する直前だった。「階段の上り下りダルい」という理由で、セリーヌが1階の空き部屋に移動した。最終的には2階にセレス、1階にイケダ、セリーヌという構成になった。ちなみに俺も階段が嫌だったので1階から動かなかった。


 つまり、シンクが向かっている先はセリーヌの部屋となる。


「………………」


 どうしよう。

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