第158話 とらいあんぐるハート
器に入ったお酒を口に含みます。芳醇な葡萄の香りが鼻腔を貫きました。非常に美味しいです。
急遽イケダさんが用意した代物です。どうやら素面では話せないと思ったようで、行商から購入したモノを自室から持ち出しました。
シンクさんのお部屋は沈黙を保っていました。三角座りをしている都合、両者の表情が確認できます。どちらも沈痛な面持ちです。
シンクさんはまだ理解できます。彼が相談をする側であり、ある意味では恥部を曝け出すようなものですから。
ですがイケダさんも同じ表情を浮かべているのは意味が分かりません。彼が危惧することなど無いのです。
考えられる理由は2つ。シンクさんの相談内容を勘違いしているか。もしくはシンクさんと同じ人物に好意を抱いているか。
沈黙は唐突に破られました。
「彼女……彼女のどんなところに惹かれたのですか」
イケダさんが恐る恐るといった様子で尋ねました。
「そうだね。まずはヒトとして芯が強いところかな。何事にもブレない姿勢は尊敬さえ覚えるよ」
「分かります」
「え、うん」
共感を得られたシンクさんは戸惑いの表情を浮かべています。相談する前に、イケダさんがシンクさんの想い人を特定しているとは思わなかったのでしょう。
一方の私は心の中で頭を抱えます。限りなく最悪な展開に近付きつつあります。1人の女性を2人の男性が奪い合う構図など見ていられるものではありません。しかも私は3人全員と知り合いなのです。既に心臓が痛いです。
「あとは、色々言うことは言うけど、優しさが溢れ出てるところかな。相手の気持ちを理解する能力はピカイチだと思う」
「ええ、はい」
「それと、結局そこかと言われるのは嫌なんだけど、美人だしね」
「は?」
静観するつもりでした。しかし思わず声が出てしまいました。2人から怪訝そうな眼差しを向けられます。
「シンク。貴様、恋慕を抱く相手が変わったのか」
「いや。マリスの酒場で伝えたヒトのままだけど」
「奴か。奴なんだな?」
「う、うん。たぶんそのひと」
顔を押さえながら椅子に座りなおします。勘違いしていたのは私の方かもしれません。
性格や生き方に惚れたのだと思っていました。もちろんその部分も加味されているでしょう。しかし容姿にまで好意を抱いていました。
つまるところ彼は、不美人を好んで恋愛対象とする人物なのです。どおりでトランスさんに興味を示さないわけです。ある程度顔が整っている奴隷たちと一定の距離を保っているのもそういうことでしょう。
整った容姿に生まれた影響かもしれません。見飽きるほど自分の顔を見続けた結果、異性には真反対の顔を求めてしまった。歪んだと言ったら失礼ですが、一般からは逸脱した趣味嗜好には違いありません。
「それで……シンクさんは私にどうしてほしいのですか」
「どうも。ただ知っておいて欲しかっただけ。牽制に近いかな?」
ニコッとイケダさんに笑いかけます。相変わらず素敵な笑顔です。
シンクさんからすると、確かに一言言わずにはいられない状況でしょう。私から見てもイケダさんとセリーヌさんの距離は近いです。男同士の親友に映ることもあれば、長年連れ添った夫婦のような掛け合いも見られます。
シンクさんは歯痒い思いを抱いているはずです。付き合いは自分の方が長いのに、心を許しているのは別の男なのです。牽制というのは言葉通りの意味でしょう。
「それは、つまり、宣戦布告と捉えて間違いないですね」
「え」
イケダさんの眼差しが真っ直ぐにシンクさんへ向けられています。一方のシンクさんは戸惑いの表情を浮かべています。
そして私は頭を抱える他ありません。最悪です。話の流れからそうかもしれないと思っていましたが、イケダさんの想い人はセリーヌさんでした。
てっきりトランスさんとばかり思っていました。イケダさんにとって命の恩人であり、また容姿も申し分ないです。私が彼の立場なら絶対に惚れています。
しかしイケダさんはセリーヌさんを選びました。謎のフェロモンが影響しているのでしょうか。
トランスさんよりもセリーヌさんに宿泊客の視線が集まるのが、男性陣の優先順位を物語っています。見た目よりも色気なのです。
「あのー。え。ちょっと待って。イケダさんは違うよね?」
「違いません。私にも譲れないモノがあります」
「うわ。これは………想定外だな」
シンクさんも気づいたようです。彼はイケダさんがセリーヌさんに恋愛感情を抱いていないことを確信して、相談という名の宣言をしました。協力しなくてもいいから、邪魔だけはしないでくれと。
しかし我々の予想に反して、イケダさんはセリーヌさんを女性として見ていました。シンクさんのおっしゃる通り、完全に想定外です。
私にも責任があります。シンクさんから事前に相談を受けた際、イケダさんの想い人はセリーヌさんではないと断言してしまいました。今思えば何の根拠もありません。直感から出た言葉です。
「お、落ち着け。2人とも深呼吸だ。だ、だだだ大丈夫、どうとでもなる」
「まずはお前が落ち着けよ」
即座にイケダさんからツッコミが入ります。
一番動揺しているのは私かもしれません。
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