第157話 RENAI

「最近、宿泊客が多くないか?」


 夕食の場で質問を投げかけたのは緑の彼だった。セレスお手製のシチューっぽいのを口に含みながら聞き返す。


「そうですか?あまり変わらないと思いますけど」


「というよりも当初から多かったね。イケダさんが隘路を通行止めにした影響かと思ったけど、それにしたって、かな」


「で。多いとして。オークは何が言いたいの」


 セレスの指摘に「いや…」と口を濁す。その先までは考えていなかったようだ。


「うーん。実はボクも不審に思っていたんだよね。宿場町としては歓迎すべきだけど、ダリヤ国内で何かが起きているのは間違いない。それがフィモーシスに不利益をもたらす可能性だってある」


「ヒトの流れはどちらへ向いているのですか?」


「全方角へ行き来はあるけど、とりわけ多いのは北ルート。首都マリスへ進む道かな。荷物も格段に多い」


「つまりマリスに物資が集まっているということか?」


 ジークの疑問に答える者はいなかった。答えられる者がいなかった、が正しいかもしれない。あまりに情報が少なすぎる。思考停止もやむを得ない。


 それにしても今日は静かだ。普段ならこのあたりで騒がせ担当が怒涛の茶々を入れ始める。


 隣を見る。金髪女性が黙々とシチューを口に運んでいた。その動作は鈍い。普段の半分以下だった。


「セリーヌさん?」


「…………」


「セリヌンティウスさん?」


「…………」


「太っちょリーヌさん?」


「……え、なに。あーし?」


 ようやく気付いたようだ。視線が合う。ぱっと見は普段の彼女だ。


「どうしたのですか」


「なにが」


「上の空ですよね。何かあったのですか?」


 セリーヌは「あー」と漏らした後、首を横に振った。


「なんも。なんもねーよ。普段からこんな感じだし」


「うそ。お代わりもしてない。普段なら今頃3杯目に突入してる」


 セレスが独特の尺度でセリーヌの異変を指摘する。当の本人は薄く笑うだけだ。本当にどうしたのだろう。


 シンクに視線を投げる。首を傾げていた。彼でも分からないらしい。


 追及すべきだろうか。したところで答えてくれるとは思えない。それどころか殻に閉じこもる可能性が高い。彼女が自発的に話してくれるまで静観するほかあるまい。


 他の3人を見やる。どうやら同じ結論に達したようだ。ジークが気を利かせて他愛無い話題を提供する。それに乗っかる形でシンクが広げる。このあたりはツーカーのコンビネーションだった。


 適当に言葉を挟みつつ、機械的にシチューを食べるセリーヌを見つめる。


 何事にも動じない傍若無人な彼女を悩ますものなどあるのだろうか。




 ★★★★




 翌日。


 仕事を終えテクテク歩いていると、シンクに呼び止められた。彼の背後には市長もいた。男連中で話があるらしい。案内に従い彼の部屋へ通される。


 予想に違わずオシャレと落ち着きを融合させたモテ部屋だった。中心に配置された椅子に腰を下ろす。すかさず飲み物を用意してくれた。イケメンは気配りも上手いから敵わない。


 飲み物に口を付けながら考える。昨日の今日ということは、セリーヌの件で間違いない。なぜ急に様子がおかしくなったのか。


 となると1つ疑問が生じる。聞いてみよう。


「セレスさんは呼んでいないのですか?」


「え、うん。まずはイケダさんに相談すべきかなと思って」


「相談、ですか」


 正面の顔をまじまじと見つめる。想定とは異なる展開だ。


「セリーヌさんの様子がおかしい件についてですよね?」


「あー。ごめん。そうだよね。そう思っちゃうよね。もちろんその件も心配だけど、今日の議題は別なんだ」


「はぁ」


 シンクの背後を見やる。緑の彼が鷹揚に頷いた。事情は把握済みらしい。


 セリーヌの件以外で話すことなどあっただろうか。考える。考えてはみるものの何も思い浮かばない。


 つまり想定外の事態が起きたという事だろう。例えばフィモーシスの経営が崩壊しかかっているなど。折しも目の前には市長と副市長が揃っている。


 恐る恐る尋ねる。


「フィモーシスに関することですか?赤字になったとか、人手が足りないとか」


「違う違う。ボクの個人的な悩みに乗って欲しくて」


 イケメンがはにかんだ。可愛い。この男は無意識に女性が好きそうな仕草を披露する。生まれながらのアイドル気質だ。


 イケメンは尚も恥ずかしげな様子だったが、意を決したのか男前フェイスで伝えてきた。


「相談というのは、ボクの恋愛に関することなんだ」


「れん、あい」


「実は、好きなヒトがいて。それもすぐ近くに」


「え」


 シンクの眼を見つめる。続いて背後のオークを直視する。再びシンクに視線を戻す。


「恐ろしい」


「え。どういうこと?」


 恐ろしい男だ。こいつ。こいつは。


 すぐ近くと表現するからには、フィモーシスにいることは間違いない。そしてこの都市でシンクと年齢の近い女性は1人しかいない。


 まさかシンクがセレスに惚れるとは思わなかった。


 いや、と頭を横に振る。まさかではない。当然の帰結だ。これだけ一緒にいて惚れない方がおかしい。人外のジークはともかく、シンクは普通の人間だ。超が付くほどイケメンなだけで、中身は一般の域を超えない。


 一方のセレスは少々無口なだけで、ほぼほぼ完璧美女だ。器量よし、性格よし、それに加えて家庭的。非の打ち所がない。


 イケメンと美女。どの世界でもこの組み合わせに勝るものは無いと言うのか。


「いや………」


「えーと。イケダさん?」


「ここだけは譲れない。たとえ全てが劣っていようとも」


 シンクの顔を見つめる。非常に戸惑っている。演技なのか。もしくは俺の思いに気づいていないのか。


 どっちだっていい。


 今この瞬間に友情は終わった。後は本気で殴り合うだけだ。


 最悪は氷魔法で滅茶苦茶にするほかあるまい。

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