第156話 異世界召喚魔法

「貴様は運命を信じるか」


「え、運命ですか」


 突然の問いかけにぽかん顔を浮かべる。フラン様は俺の反応に構わず言葉をつづけた。


「この場に3名が集ったこと。妾は運命、もしくは宿命と感じる。生まれながらに定められた道よ」


「はぁ」


 生返事しか返せない。フラン様は運命論者なのだろうか。そんな宗教染みた考えとは程遠い言動を繰り返していた気がする。


 ヒトにはいろいろな側面があるなぁと思っていると、隣から鋭い声が聞こえた。


「違う」


「あ?」


「運命じゃない。そんなものではない。けっして。あなたは、分かってるはず」


「ククク。考え方の相違よの。ある事象に対してどのような感情が芽生えるかは人それぞれよ」


「だったら言い換える。あなたにとっては運命かもしれない。でも私にとっては、違う。私は、私の意思でここに立っていて、私以外の何者も私を操ることは出来ない」


「カカカカカ。ほらの、厄介であろう?」


 フラン様が高笑いしながら話しかけてきた。


 正直に言って訳が分からない。2人が何について話しているのか微塵も理解できない。とりあえず愛想笑いを浮かべながら首肯しておく。


「まぁ、確かに。厄介な女ですね。こらセレス~、あまりフランさんを困らせちゃだめだぞ」


「フランチェスカの味方するんだ」


「え、いや」


「そうなんだ。はい。はい。分かりました。イケダさんはそうなんですね。了解です」


 そう言ってセレスはカップに口を付けた。表情はいつもと変わらない。ただ突然の敬語からは少々の怒りが感じられた。


「ごめんなさい」


 即座に頭を下げる。こういう時は下手に長引かせない方がいい。


 しかしセレスの反応がヨロシクない。カップを口元から外して話し出す。


「あなたはすぐに謝る。謝るだけ。言葉に心がこもってない。謝れば許されると思ってる。どんな環境で育てられたのか知らないけど、その考え方はやめた方がいい。謝っても、取り返しのつかないことはあるから」


「う……」


 思わず胸を押さえる。効いた。ズシンと来る言葉だった。彼女の指摘は日本人サラリーマンのやり方を完全否定するかのようだ。接頭にすみませんを付けるなと。


「ククク。やり返されたの。小娘に自身の言動を正される気持ちはどうだ?悔しいか?惨めか?やはり貴様は、誰かに責められている姿が一番似合うよの。カカカカカ」


 フラン様の高笑いが響き渡る。普段なら気にしない。今は非常に耳障りだ。こいつ笑い方2パターンしかないだろ。


「セレスさん、とりあえず落ち着きましょう」


「私は落ち着いてる。忙しないのはあなた。いつも事件とか事故に巻き込まれてる。というか自分から生み出してる。挙句の果てに、この魔人に目を付けられる始末。あなたは何をしたいの?どうしたいの?」


「いや、あの。平穏な生活を、望んでいます」


「うそ。ばか。あほ。言行不一致とはあなたのこと。深く反省してほしい」


「あほて」


 今までの膿を出すかのような言葉攻めを受ける。あまりの勢いにアワアワするしかない。


 不満は持たれてしかるべきだが、直接言われるとは思わなかった。2人きりでは言いにくい事でも、間に誰かを挟むことで伝えやすいケースがある。たとえ間に立つのがフラン様でもだ。


「カカカ。イケダもイケダだが、今世のトランスは独特が過ぎるよの。幼少期を孤独に過ごした影響が如実に表れておる。ニンゲン風に言えば、社会不適合者ぞよ」


「世界不適合存在に言われたくない」


「カカカカカ」


 互いにヨロシクない表現を多用している。だが雰囲気は悪くない。それどころか長年の友人関係のように映る。なかなかどうして相性が良いらしい。


 同世代の同性がセリーヌしかいない現状、寂しい思いをさせているのではと心配していた。俺も頻繁に会話をしているが、女性同士でしか話せないこともある。


 いらぬ心配だったかもしれない。フラン様は異次元の力と奇天烈な考えの持ち主だが、性格はまぁまぁ真面だ。端的に言えば優しい。元魔王ながら情を持っている。


 それでいながら何を言っても許される雰囲気がある。セレスも彼女の包容力に安心しているのかもしれない。


「フランさんって長生きしてるんですよね」


「唐突になんぞ」


「いえ、今世のトランスって言うから。前世や前前前世も会っているのかなぁと」


「まあの。それがどうした」


「あー、そうですね。どう聞けばいいのか難しんですけど。それだけ長寿なら、その、私がこの世界にいる理由も知ってたりします?とか言っちゃって」


 最後に照れ隠しを付ける。訳の分からない質問だろう。ただ元魔王で超常的存在のフランチェスカなら、もしかすると俺が別の世界から転移したことに気づいているかもしれない。その上で呼ばれた理由まで察しているとしたら。


 フラン様の表情を窺う。先程までニヤニヤフェイスだったのが、いつの間にか閉眼していた。口も真一文字だ。どういう反応なのだろう。


「フランチェスカさん?」


「貴様は妾を全知全能の何かだと勘違いしておらぬか」


「ああ。では知らないのですね」


「いや知ってる」


「ご存じなんかい」


 軽ツッコミをしてしまう。しかし決して軽い回答ではない。知っているとはどういうことか。


「正確には可能性を示唆することが出来るよの。貴様は召喚魔法を知っておるか。ここで言う召喚とは異世界からの召喚を指す」


「いえ。知らないです」


「異世界召喚魔法はレニウス帝国の他国蹂躙に対抗するため生み出された。発祥は黒魔族領。今ではかの国に加え、ボボン王国も技術を有しておる。しかしながら多大な魔力を要する故、数百年に1度しか使用できぬ」


 なるほどと頷く。どうやら俺はどちらかの国に召喚されたらしい。


「あれ。でもおかしいですね。私が目覚めたのは紅魔族領です。黒魔族領かボボン王国が召喚魔法を駆使したとすれば、どちらかの国で目覚め………あ」


 はたと気づく。当然の如く異世界から召喚されたことを飲み込んだが、ここにはセレスもいる。彼女に別世界の住人と知られてしまった。


 どうしよう。誤魔化した方がいいのか。ひとまず嫌われない方向にもっていきたい。


「えーと、セレスさん。あのですね」


「カカカカカ。説明は不要だろて。貴様は見た目も魔力もこの世界にそぐわぬ。多少、異世界召喚に既知の者なら察するぞよ。恐らく召喚者だろうと」


 フラン様の言葉を聞いた後、隣へ視線を移す。白銀髪がコクっと頷いた。察せられていたらしい。なら問題ない。


「問題ない、ですよね?」


「…………」


 セレスは何も口にしなかった。しかしその瞳が微かに揺れたのを見逃さなかった。


「えーと」


 問題あるの?

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