第155話 覚醒の余波

 ジークとミラローマは去った。結局ミラローマがフラン様と言葉を交わすことは無かった。不憫と思わんでもない。少々の優越感があったのは心の内に秘めておく。


 正面に目をやる。フラン様が優雅な動作で紅茶を口にしていた。


「魔力障壁、張ってたのですね。先に教えてくださいよ」


「知らぬ。そんなことより貴様、妾が笑い声ブサ女と呼ばれているのは本当か?」


 気にしていたらしい。首を横に振る。


「ということは、貴様がそう思っているのかの」


「いえ、私は好きですよ。カカカ笑い。それより魔力障壁の件です。フランさんが周りから見えないということは、私が独り言を言っているように映るでしょう?これ以上奇異な目で見られたらどうしてくれるのですか」


「どうもせん。何故なら貴様は奇怪な輩だからの。奇異な目を向けられることに何の不思議があろうか。カカカ」


 フラン様にジト目を向ける。ああ言えばこう言う女だ。我儘なのはボディだけじゃない。元魔王なので仕方のない部分はある。それにしても高飛車が過ぎる。それが魅力でもあるけど。


「ときにイケダンデライオン」


「だれがタンポポですか」


「先程の若造を通して、ロスゴールドの餓鬼から何か…………お」


 フラン様の視線が外れる。俺の背後を見ていた。振り返る。


 立っていたのは赤ジャージの白銀少女だった。今日は覚醒セレスだ。美人の赤ジャージ姿もまた良き。ギャップ萌えかもしれない。


「イケダ………と、フランチェスカ」


「え」


「トランス。お主も座るか」


「うん」


 向かい合う俺とフラン様の間にポンと白い椅子が現れた。セレスが座る。一瞬で彼女の前に紅茶が置かれた。


 小さな口がカップに触れる。


「………悪くない」


「ふん。相変わらず可愛げのない女だの」


 お前もだろとツッコミを入れたい気持ちを抑え、フラン様に問いかける。


「確認したいことがあるのですが」


「こやつはトランスの名に違わず魔力が高い故、妾の存在を知覚できる。よって何度か会話の場を設けておる。他は?」


「質問させてくださいよ。聞きたいこと聞けましたけども」


「無駄は省くに限る。カカカ」


 再びジト目を向ける。今まで何度先回りされただろう。頭の回転が速すぎるのも考え物だ。


「彼女には魔力障壁とやらが通じないということですよね。ただちょっと待ってください。セレスさんってそんなに魔力高かったですか?」


 本人に問いかける。彼女はこちらをチラッと見た後、再びカップに口を付けた。可愛いじゃないか。


 俺の記憶に間違いがなければ、セレスの魔法力は1000~2000の間だったはずだ。果たしてその程度の魔力で元魔王の障壁を突破できるのだろうか。にわかには信じがたい。


 念のため、今現在のステータスを確認してみる。




【パーソナル】

 名前:セレスティナ・トランス

 職業:料理研究家

 種族:変態族(覚醒)

 年齢:20歳

 性別:女



【ステータス】

 レベル:77

 HP:8034

 MP:18403

 攻撃力:4300

 防御力:3811

 回避力:1898

 魔法力:15666

 抵抗力:14892

 器用:5012

 運:3056




「つよっ」


 立ち上がる。彼女を見つめる。小首を傾げた。可愛すぎる。小首傾げ選手権堂々の三連覇は固い。


 落ち着けと自分に言い聞かせながら座り直す。ラマーズ法と丹田呼吸法を駆使して何とか平常の回復に努める。


 出会った当初のステータスはおぼろげだ。それでも2000を超える数値は無かったはず。それが今では魔法力、MPともに1万5千を超えている。俺が言うのもなんだがバケモノだ。


 そういえばと思い出す。マリス動乱において、セレスはフラン様の猛攻を凌いでみせた。今思うと普通じゃない。例えフラン様が全力では無かろうと、元魔王の攻撃は一般の域を超えている。冒険者ランクC、いやBでも太刀打ちできないと思う。


 変態族の覚醒は容姿だけでは無かった。新たな発見にうんうん頷きつつセレスへ感心の視線を送る。


「………なに?」


「いや、えーと。トランスって有名なんですか?その、フランさんが知ってるくらいですから」


「有名、なの?」


 俺からセレス、セレスからフラン様に質問が移る。


「そうよの。貴様は六大国を知っておるか」


「ダリヤ商業国、ボボン王国、獣人国、レニウス帝国、紅魔族領、黒魔族領、で合ってます?」


「うむ。それぞれ王位に位置する存在はおるが、その他に特筆すべき一族、家名がある」


「紅魔族領だとトランス家がそうだと?」


「そうだ。獣人国だとバルムート家、レニウス帝国はハイデンベルク家、ダリヤはミンティア家、黒魔族領にはリンドブルム家、ボボンは……ボボンだけは思いつかんの。まぁそんなところよ。平穏な生活を送りたくば、こやつらとは極力関わらぬ方がよいぞ。カカカカカ」


 そう言ってセレスへ視線を送る。フラン様の意図は明白だった。貴様は既にトランスとずぶずぶの関係故、平穏な生活など送れるはずもあるまい、などと思っているのだろう。


 思い返す。確かに平穏とは言い難い道筋だった。だがその全てにセレスが関わっているわけではない。


 むしろこいつだ。目の前の人外と出会ってしまったことが俺の人生を狂わせた。ではフラン様が悪いのか。


 違う。俺だ。俺が調子に乗って無差別氷攻撃をしたことが全ての原因だ。


 過去の自分が憎い。大人になっても軽率な行動をとる癖は如何にかしたい。

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