第154話 元魔王克服講座

「…………」


「…………」


 ミラローマ氏、絶句です。信じられないものを見るような顔で無人の白い椅子を見つめています。ついでに私も驚いています。言葉を発することが出来ません。


 単身でドラゴンを打倒するなど一般人には到底不可能な条件です。それこそイケダさんのような異常者でないと為し得ません。つまるところ、災厄はミラローマ氏との対話を拒絶したようなものです。


 雑魚眼鏡と一蹴されて動揺を隠せないミラローマ氏でしたが、何か思いついたのか怪しむような表情でイケダさんへ問いかけました。


「イケダ相談役。今一度確認するが、本当に巨塔の住人はそこに座っているのか。まさかとは思うが、貴殿の一人二役ではあるまいな」


「え、いやそんなまさか」


 今度はイケダさんが狼狽しています。まるで図星をつかれたかのような反応です。これではミラローマ氏の指摘が当たっていると認めたようなものです。


 しかし私は知っています。確かに災厄は存在して、姿を消すなど造作もなく、一般人を一蹴するのも彼女らしくあり、イケダさんが嘘をつく理由もなければ、白い椅子に座っているという話は本当に違いありません。


「ちょ、フランさん。あなたのせいで私が詰められているんですけど。どうにかしてくださいよ…………え、なんで他人事なんですか」


「もはや怪しさしか感じられん。ジークフリード市長、彼の言葉はどれほどの信憑性がある?」


「うむ。過去の経験から、イケダという男は信頼に値すると言っても過言ではないと思っても不思議じゃないかもしれないと思わせる何かがあるに違いないと信じさせてくれると思わないでもない」


「何言ってんだこいつ」


「私はイケダという男を知っているゆえ、彼の言葉に嘘は無いと思える。だがそれだけだ。見えないものを証明するのは難しい」


 俗にいうパラダイヤの立証です。目に見えないもの、存在しないものを証明するのは不可能です。特に主張者との信頼性が築かれていなければ聞く耳さえ持ってくれないでしょう。


「イケダ相談役。貴殿は私に恨みでもあるのか?」


「そんな。滅相もない。尊敬しかありません」


「それは嘘だろう」


「まぁ、嘘ですけど」


 耳を疑うやり取りです。なぜ冗談を差し込む必要があったのでしょうか。時折イケダさんというヒトが分からなくなります。


 ミラローマ氏はイケダさんの言葉に対して、うんざりした様子で首を横に振りました。


「もういい。貴殿がそういう態度なら私にも考えがある。後から悔やんでも遅い、とだけ言っておこう」



「ちょ、ちょっと待ってください。えーと、そうですね、あー………分かりました。ミラローマ管理官、そこで見ていてください」


 そう言って徐に立ち上がりました。なぜか決意に満ちた表情をしています。決意というよりも覚悟でしょうか。悲壮感さえ漂わせています。


「イケダ。貴様なにを……」


 嫌な予感がしたので話しかけます。しかしそれよりも早く彼が動き出しました。


「…………」


 動き出したのですが、謎です。謎の体操をしてます。とてもゆっくり身体を動かしています。果たして私たちは何を見せられているのでしょうか。


 止めようかどうしようか迷っていたときです。彼が変な体操をしながら無人の椅子に向かって言葉を発しました。


「お前ん家の天井、低いよな」


「え」


 思わず声が出ます。声が出てしまうほどの混乱です。意味が分かりません。謎が謎を呼んでいます。


 私たちの困惑をよそにイケダさんは続けます。


「お前って綺麗だけど、綺麗なだけだよな」


「………」


「馬鹿と煙は高いところが好きって言うけど、あれ本当だったんだな」


「………」


「お前、マリスでは笑い声ブサ女って言われてるらしいぞ」


 なんでしょうか。自分が言われているわけではないのに、絶妙に不快感を覚えます。婉曲的な悪口が原因かもしれません。


「お前って色々魔法使うけど、結局最後は雷弾に頼りがちだよな」


「………」


「まだ本気出してないって言う奴ほど、実力も大したことないんだよな」


「………」


「お前の母ちゃん足クサそ――――」


 その時でした。快晴の中に一筋の光が現れたかと思えば、天上より巨大な雷がイケダさん含めその周囲に撃ち落されました。周囲には私やミラローマ氏も含まれています。


「うおっ、な、あ」


「な、なにが起きた!?」


 突然の出来事に慌てふためくことしかできません。ミラローマ氏も同様の反応です。回避するのが困難なら防ぐことも不可能です。


 そのまま消し炭になることを覚悟した時。もはや馴染み深ささえ覚える氷の壁が私たちを包み込みました。氷は雷光を見事に遮断し、数秒後には再びの快晴が戻ってきました。


「………」


 空の青さが生きていることを証明してくれます。私は生きている。ミラローマ氏も生きている。ただそれだけです。何が起きたか、どうしてこうなったか。理解は追いついていません。


 ただ1つだけ分かることは、どうせ彼の仕業だということです。ということで責めるような視線で彼を見つめます。


 いつの間にか変な踊りをやめていたイケダさんは、どうだと言わんばかりの表情を浮かべてミラローマ氏へ笑いかけました。


「ほら。確かに存在するでしょう?」


「なにが」


「何がって。巨塔の主ですよ。今のをご覧になっていたでしょう。私の挑発で攻撃を仕掛けてきたことが、彼女が白い椅子に座っている証拠になります。でしょ?」


「イケダ相談役、貴殿は………」


 ミラローマ氏が複雑な表情を浮かべています。分かります。わたしには言いたいことが痛いほど伝わります。


 イケダさんはいつだってやり方を間違える男なのです。

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