第153話 インビジブル・デビル

 本日も農作業を終え帰路につきます。


 はじめは地味な作業だと馬鹿にしていましたが、農作物がすくすく成長する姿はある種の感動さえ覚える光景でした。子供を育てるのも同じような心地なのでしょうか。早く結婚したいものです。


 一緒に仕事をしている奴隷たちの成長も著しいものがあります。以前も作業が早いと思っていましたが、最近は特に顕著です。やる気がみなぎっています。


 シンクさんから聞いたところによると、奴隷の子供たちを3年~5年で解放する契約を結んだようです。無期限から期限付きになったわけです。やる気になるのも頷けます。他部署の奴隷も同様に能率が上がったとのことでした。


 そのお陰で今日も予定より早く仕事が終わりました。また夕飯まで時間があります。何をしましょうか。


「お」


 ひとりでに足が止まります。ちょうど黒い巨塔の下を通る間際でした。


 黒い巨塔の下に白いテーブルセットが置かれていました。椅子は2つ。一方に見覚えのある黒髪の男性が座っています。もう一方は無人でした。


「おぉ………い」


 声を掛けます。正確には掛けようとしました。ですが私よりも早く彼に接触する者がいました。


「突然済まない。少し話がしたい。いいか」


「え、はい」


 彼の前に現れたのは銀縁眼鏡の紳士、ミラローマ管理官でした。今日も大人の魅力が溢れ出ています。香り立つイケメンです。私もああなりたいものです。


「この巨塔の住人に会いたいのだがどうすればいい。レイ副市長やマーガレット殿に確認したが、彼らも会ったことが無いと言っていた。唯一イケダ相談役が接触していると」


「えーと、私っていつの間にか相談役ポジションになっていたのですね」


 イケダさんが苦笑いを浮かべました。しかし満更でもない様子です。何でも屋から相談役へ昇格したとでも思っているのでしょう。


 一方で名ばかり市長の私は落ち込まざるを得ません。奴隷の件もそうですが、大事な事ほど私のいないところで話が進んでいる気がします。もう少し存在感を出した方がいいかもしれません。


「どうすれば黒い巨塔の主と会える?」


「どうすればって、会うためにここに来たんですよね」


「そうだ」


「だったら目的は達成しましたよね」


「は?」


「え」


 お互いに顔を見合わせます。どうやら両者の認識にずれが生じているようです。


 もうそろそろいいだろうと、私も大きな足音を立てながら近づいていきました。


「話を聞いていたが我も理解できなかったぞ。ここに例の御仁がいるというのか?」


 イケダさんへ話しかけます。彼は1度パチリと瞬きした後、「ほら」と言って無人の白い椅子を指さしました。


「いるでしょ?黒い服を着た女性が」


「いないぞ」


「ああ。いない」


「はい?」


 イケダさんが立ち上がります。とても慌てた様子です。彼にとっても想定外だったのでしょう。


「え、ちょ、どういうことですか」


 イケダさんが無人の白い椅子に向かって声を発しました。奇妙な光景です。ついに頭がおかしくなったのでしょうか。


 数秒を経て「マジ?」とだけ漏らしました。再び着席します。驚き眼は継続中です。


「結局どういうことなんだ」


「えー、待ってください。どこから話せばいいのか」


 イケダさんには珍しく、いや珍しくないですね。いつもどおり混乱しています。彼は泰然自若を気取りながら実のところ慌てん坊です。一番格好悪いパターンです。


「まず結論から申し上げると、ミラローマ管理官の探し人はここにいます。そこに座っています」


 再び白い椅子を指さします。しかし何度見ても無人です。


「彼女曰く、魔力障壁で身を包んでおるため一般の域を超えぬものに妾は見えぬぞよ。カカカ。だそうです」


「魔力障壁……」


 聞いたことがないです。にわかには信じられません。そう突っぱねたいところですが、相手は災厄です。不可能を可能にする存在です。彼女がそうおっしゃるのなら、そうなのでしょう。


「魔力障壁で見えない、だと?巨塔の主は何者なんだ」


「何者って。まぁ一言で言えば、紫巨人馬鹿魔力単細胞……‥う、うそです。ごめんなさい」


 イケダさんが無人の椅子に向かって頭を下げました。どういうわけか彼の頭がグイグイと上から押さえつけられているようにも映ります。


「………よくわからないが、とにかく私は巨塔の主と話がしたい。可能か」


「と、言ってますけど」


 頭を上げたイケダさんが答えを促します。


「ふんふん……はい。妾と言葉を交わす理由は何か、ですって」


「対面で会話できる環境が整ってから伝える」


「………仕様もない駆け引きをするな。今ここで理由を話せ。話せぬのなら消え失せろ。ですって」


 ミラローマ氏の顔が初めて強張ります。中々に辛辣な返しです。というかもう言葉を交わしているような感じもしますが気のせいでしょうか。


 小細工が通用しない相手だと分かったのか、ミラローマ氏は少々の逡巡を見せた後、首を横に振りながら口を開きました。


「ロスゴールド大臣が興味を抱いている。黒い巨塔に連なる周囲の建物の建築方式やその手法。並びにあなたという存在について。出身はどこか。なぜフィモーシスに居ついたのか。目的は何か」


「と聞いてますけど………え、いや色々あって。はい。名前お借りしました………はい、え。それ言うんですか」


 何やら揉めています。イケダさんが両手を合わせてごめんなさいしてます。


 それにしても、いつの間に災厄殿とこれ程までに仲を深めたのでしょうか。対等な関係を築いているように映ります。2度も殺し合いをした間柄とは思えません。



 イケダさんは小さく息を吐くと、仏頂面の管理官へ話しかけました。


「分かりましたよ……ミラローマ管理官、彼女の言葉をそのまま伝えますね。単独でドラゴンを倒せるようになってから出直してこい、雑魚眼鏡が。ですって」

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