第152話 ルッキズム
7日に1度の買い出し日がやってきた。
この日この数時間だけは彼女を独占できる。緑の雄豚と黄色の雌豚により半ば強制的に設けられた独占禁止法も今日だけは解禁となる。
黒い巨塔の下で待つこと10分。道の向こうから彼女の姿が見えた。
「ん?」
僅かな違和を感じた。悪寒というよりも不審。彼女であることに変わりない。だが普段と少し違っているように見えた。
「えー、おはようございます。セレス、さん?」
「………おは」
彼女だ。セレスティナ・トランスに違いない。ただある意味では間違いだとも言える。
俺の前に現れた彼女は、初めて出会ったときの容姿に戻っていた。良く言えば化粧映えする、悪く言えば特徴の無い顔。昨日までの美貌は見る影もない。
更には何故か、上下ともあずき色のジャージを着用していた。妄想上の休日OL感が強い。一体彼女の身に何が起きたというのか。
「今日はいつもと違いますね」
「……………分かる?」
「ええ。何というか。過去に戻ってやり直せるなら今度こそ君を救いたい、といったところでしょうか」
「………いみふ」
不意に懐かしさがこみ上げる。能面フェイスの無表情。これだ。これこそがセレスティナ・トランスだ。俺がこの世界で初めて出会ったヒト。命の恩人でもある。心なしかたどたどしい口調まで昔のままだった。
「顔、どうしたんですか」
「…………魔法、使ってる。トランスフォーメーション」
「なぜ?」
「……知らない人に、話しかけられたり………視線が集まったり……煩わしいから。たぶん、容姿が原因だと思って………変えてみた。どう?」
「えー、そうですね。今の状態なら、以前よりかは注目されないと思います。まぁ個人的にはこっちのセレスさんも良きですけどね」
「…………」
トランスフォーメーション。トランス家の名にふさわしい魔法だった。言葉からイメージするにどんな顔にも変えられそうだ。もしかすると性別や種族自体もトランス出来るかもしれない。
どうせ闇魔法だろう。収納と言い隠蔽と言い、かの魔法はチートが過ぎる。
「では行きますか」
「………うん」
差し出された右手を握る。この手にも世話になった。盲目状態の介護生活で絶望の淵に立たされながらも、生きる気力を失わなかったのは手に灯る暖かさのお陰だった。
もう少しこのままでいたい気持ちをグッとこらえ、転移魔法を唱えた。
★★★★
買出しを終えた俺たちは、露店でチョコバナナっぽい甘いお菓子を買い、噴水近くのベンチに腰を下ろした。ランチにしゃれ込んでも良かった。だがどこのお店も満員だったので諦めた。
小さな口でお菓子をついばむ横顔を見つめる。彼女の目論見は当たった。トランスフォーメーションしたお陰で誰もセレスに注目しなかった。覚醒後セレスとは段違いの反応だった。そのお陰で買出しもスムーズに進んだ。
喜ばしい事象だ。セレスの負担も減る。一方で超絶美人の隣を歩く優越感は消え失せた。少々の寂しさを感じてしまうのは罪だろうか。
「美味しいですか」
「………うん。イケダも、食べなよ」
「はい……あ、結構いけるかも」
「だよね」
セレスと目が合う。くっきり二重ではない。つぶらな一重だ。
二重を見ていると身体が熱くなる。一重を見ると心が落ち着く。優劣は無い。どちらも良い。
俺は彼女の性格が好きなのだろうか。分からない。覚醒後のセレスはビジュ爆発で男性の9割以上が好ましいと感じる容姿をしていた。一方で覚醒前のセレスは好き嫌いが分かれる、もっと正確に言えば、ビジュアルからは好きになれなそうなルックスだった。
どちらも好き。その形容は果たして正しいのか。覚醒後を知っているから、覚醒前も許容しているだけではないか。セレスが覚醒していなかったら俺は好きになっていたか。覚醒前を愛していたか。
自問自答が止まらない。俺の好きはどういう好きなんだ。
「……ねぇ」
「え、はい?」
考え込んでいたようだ。セレスが下から覗き込むような態勢を取っていた。
「………もし、わたしが」
「はい」
「……紅魔族領に戻りたいって、言ったら……どうする?」
唐突な問いだった。3秒ほど考えた後、口を開く。
「ついていきますよ。許されるならば」
「……そう」
期待通りの答えだったかは分からない。ジーッと目を見つめた後、元の態勢に戻っていった。
お菓子を口に含む。甘い。甘すぎて引かざるを得ない。まるで砂糖の塊だ。美味しさは三口目で無くなってしまった。
「…………あなたは、自分の家に……帰りたいと、思わないの?」
再び問いかけてきた。今日はよくしゃべるなと思いながら彼女へ顔を向ける。
「そうですねぇ。そこまで強い思いはありませんが、帰れるなら帰りたいと言ったところでしょうか。母や父とも会いたいですし」
「…………………分かった」
何か違和感を感じてセレスの眼を見つめる。無表情だ。何も変わったところは無い。
今のは何だったんだろうと思いながら、彼女の手元へ視線を移す。いつの間にかお菓子が無くなっていた。完食したようだ。
「これ、いります?食べかけですけど」
お菓子を差し出す。三分の一程なくなっている。逡巡する様子は無かった。手元から重みが消えた。
「……ありがと」
「ええ」
再びハムハムと食べだす。
可愛いなぁと思いつつ、結局何を確認したかったんだろうと首を傾げざる得なかった。
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