第151話 奴隷イチャイチャルート

 シンク副市長は苦笑いを浮かべながら口を開いた。


「それ僕達に全くメリット無いんだけど。イケダさんの役得というか。等価になってないよね?」


「まぁまぁ」


「というか今日ずっとふざけてるよね」


「そうですね。冗談はここまでにしておきましょうか」


「ワンクッション挟まないと真面目にならないのなんなん?」


 思わず口を挟んだセリーヌに身体ごと向き直す。


「奴隷の子の願いを叶えてやりましょう」


「は?マジ?」


「マジです」


「なんで?まさか同情したとか言い出すんじゃねーだろうな」


「それもありますが。生産性の問題です」


 マリンはイケダの横顔を見つめた。真剣な表情だ。本気で言っているのが見て取れた。今までの冗談は何だったんだろうと呆れる反面、まさか本当に口添えしてくれるとはと驚きを隠せなかった。


「ここで彼女の、彼女たちの要望を一蹴してしまえば、確実にやる気は下がります。士気の低下はそのまま生産性の低下に直結します。今まで1日でこなしていた作業も、それ以上費やす可能性が高くなるでしょう」


「そんなん奴隷なんだから無理やり働かせりゃいいだろ」


「奴隷もヒトであり心を持っています。強制の先に待っているのは心身の破滅です。フィモーシスの人的資源を無駄に消費させるわけにはいきません」


「法律上は奴隷に人権ないの知ってる?つまり人扱いしなくていいわけ。お前の言葉は異端者のソレだぞ」


「私が異端なのはあなたもよくご存じでしょう」


「知ってるけどさ。ああもう」


 セリーヌはガリガリと頭を掻いた後、大きく息を吐いた。


「はぁー。マジ余計なことするよな。お前が小娘連れてこなきゃ、もう少し引き延ばせたかもしれんのに」


「無理ですよ。この子達は馬鹿じゃない。私が役に立たないと判断したら、別のやり方で解放を促していたはずです。というか優秀な人材を選んだのはあなたでしょうに」


「うっせ。んで何年?」


「3年でどうでしょう」


「は?いやいや。早すぎだろ。どういう計算したらその数字が出てくんだよ。シンク、お前からも言ってやれ」


「そうだね。ちょっと尚早かな。投資額から考えると、最短で5年が良い所、かな」


 マリンは3人の会話を上の空で聞いていた。他人事としか思えなかった。それほど衝撃的な展開だった。


 解放期日を設ける方向で話が進んでいるのはもちろん、それが3年、5年と短期間で纏まろうとしているなど到底信じられるものでは無かった。最低でも10年は奴隷の身に甘んじなければならないと考えていた。


「5年?分かってると思うけど、元取るだけじゃ駄目だぞ。少なくとも投資額の倍は回収できんと許さんし」


「1人につき1000万だよね。大丈夫。今の状態が続けば3年、ちょっと落ち込んだとしても5年で到達すると思う」


「あ。だとしたらこういうのはどうでしょう。まず3年は奴隷としてみっちり働いてもらう。その時点で奴隷からは解放する。残り2年を一般の身分でフィモーシスの運営に従事いただく。しっかり給金も出してね。5年後以降どうするかは要相談で」


「おまえ奴隷に甘くね?」


「優しいと言ってください」


「うーん。業績次第かな。3年で解放するかどうかはその時に決めよう。ただどれだけ長くても、5年以内と約束しておこうか」


 シンクはマリンに向けてニコッと笑みを浮かべた。イケダと違って格好いい、と感じる余裕さえなかった。未だ放心状態だった。


「口約束では信じられないはずです。シンクさん、契約書を用意しましょう」


「奴隷に契約書か。あまり聞かないけど、嘘もつきたくないからね。分かった。後で作っておくよ」


 もはや流れは変えられないと思ったのだろう。セリーヌは大きくため息をつきながら口を開いた。


「はぁ。まぁいいんだけどさ。これ以上ゴチャゴチャ言うつもりもないけど。けど。とりあえずイケダ、お前今後この奴隷と接触禁止な」


「え、は?なんでですか」


「万が一にもこの奴隷が感謝の意を示すためお前に抱かれようとする未来はあるわけで。それだけは絶対に許さん。断固阻止する。お前の幸せはあーしの不幸せよ」


「ちょ、一瞬で奴隷イチャイチャルート消された」


 喚き始めたイケダを見つめながら考える。当初はなんてことをしてくれたんだと思った。一生奴隷として生きることさえ考えた。だが結果的には3年から5年で解放してくれる約束を取り付けた。念書まで書いてくれるという。想像をはるかに上回る成果だ。


 誰のお陰か。分かっている。シンクやセリーヌの口ぶりからして、彼らも奴隷を解放する件に関しては考えていた節がある。だが解放時期を決定させたのは彼の提案からであり、それこそがマリンの望む答えだった。


 もしもセリーヌの言葉がなければ。抱かれに行っていたかもしれない。何もない自分が差しだせるのは身体しかなかった。


 ただ、そう、奴隷主が駄目だと言うなら従わざるを得ない。


 改めて目の前の彼を見つめる。


「……………」


 駄目なら仕方がない。駄目なら。

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