第148話 マインドシェイキング

 今日も仕事を終え帰路につく。


 全てが順調と言っていい。その要因の1つは作業負担が激減したことにある。


 相変わらず奴隷たちの優秀さは目を見張るものがあった。物覚えも早いし創意工夫もしてくれる。典型的な勉強だけできる子ではない。柔軟性も持ち合わせた秀才達だった。


 他の奴隷たちもすこぶる評判がいい。ハズレがいない。10人全員が平均以上の能力を持ち合わせている。


 そろそろ子供たちだけで宿屋の運営を任せてもよいかもしれない。能力と経験は備わっている。あとは決断するだけだ。


 造反の懸念はある。あるが、限りなく可能性は低いと思う。頭の良い彼らが短絡的な行動に走るとは考えにくい。またセリーヌの脅威を知っていて反逆するとは思えない。奴隷主は余裕で武力行使する。


 今夜にでもチャイルド・オペレーションの件をシンクに打診してみよう。そう思っていたところで人影を発見した。打合せや団欒に使用している建物の前だ。


 目を凝らす。白銀色の髪。セレスだった。1人ではない。誰かと話している。


 男だ。シンクとも違う。誰だ。眼鏡をかけている。


 最近そんな特徴の人物に会った気がする。そうだ、マリスから派遣されたミラローマ管理官だ。


 セレスが他の誰かと話している。それ自体はどうと言うことはない。ジークやシンクとも話すし、セリーヌとは結構な頻度で言葉を交わしている。問題なのは相手がミラローマという点だ。


 彼は俺たちを試すために高圧的な態度で臨んできた。その中でセレスを自分の秘書に置きたいと発していた。圧迫面談が俺たちを騙すための演技ならば、セレスへの要望も嘘なのか。


 心がぞわぞわする。長らく遠ざかっていた思いに支配される。


 嫉妬ほど扱いが難しい感情は無い。自分ではどうしようもできない。脳の中で羽虫が飛び回っている心地だ。


 深呼吸する。落ち着け。もしも。もしもミラローマがセレスに邪な感情を抱いていたとしても。彼女が簡単になびくはずがない。セレスがぽっと出の眼鏡キャラに惹かれるものか。


「……いや」


 待て。普段感情の起伏が少ない人ほど落としやすいと何かの本に書いてあった。少し刺激してやるだけでコロッと惚れると。ミラローマは女性に困らなさそうな容姿をしている。つまり女性の扱いを心得ている。マズいかもしれない。


 いや。いや待とう。とりあえずタイム。考え過ぎかもしれない。まるで普段仲良く話しているクラスメイトが、別クラスの男と楽しそうに会話しているのを目撃した男子高校生のような慌てぶりだ。まだ何も起きていない。クールになれ。ポーカーフェイサーが取り乱してどうする。


「……………」


 いずれにせよ。2人がどんな会話をしているのか知りたい。どうにか聞けないものか。


 同調は、駄目だ。シンク曰く対象者の眼の色が変わるらしい。気づかれる可能性が高い。他に使えそうなスキルはあっただろうか。


「………」


 ない。オールオアナッシング。肝心なときに無力だ。転移魔法ではなく盗み聞きスキルを習得するのが先だったか。


 どうする。何食わぬ顔で2人に混ざろうか。なになに~、何の話してるの?と。チャラ男モードで行けばワンチャンあるか。いや駄目だ。そんなやり方では何も話してくれない。


 奴隷の子供たちを柔軟性のある秀才と評した側が、柔軟性の欠片もない考えしか浮かばないのはどういうことだ。誰かを評価する立場では無かった。子供たちごめんなさい。



 時間は止まらない。そして俺の無駄な思考も止まらない。いつの間にかセレスとミラローマは会話を終え、一方は目前の建物に入り、もう一方は宛がわれた宿舎へと戻っていった。


 忸怩たる思いで立ち尽くす。何も出来なかった。結果的にそれでよかったかもしれない。ただ何一つ分かっていないのは不安材料だ。


 果たしてミラローマはどういう目的でセレスに近づいたのか。今後も継続的に会話の場を設けるのか。嫌な想像ばかりしてしまう。


 とりあえず誰かに相談したい。ジークかシンクか。セリーヌはやめておこう。ミラローマを殺せと提案されそうだ。


 宿場エリアへ向かうため振り返る。シンクはまだ受付業務に従事しているはずだ。彼の仕事が終わるのを出待ちしよう。


「あ」


「え」


 振り返った先に誰かが立っていた。女の子だ。小学生の高学年か中学生の年代だろう。中々に容姿が整っている。


 しかし見覚えがない。誰だろう。服装は奴隷達に配られたものだった。つまり奴隷の子。シンクかジークの職場に配置された子に違いない。


 女の子はあちこちに視線を送って落ち着かない様子だったが、何やら決心したのか。急にキリッとした目でこちらを見つめてきた。


「えーと、君は」


「私を、抱いてください」


「え」


 え。


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