第147話 反逆の火蓋
フィモーシスの奴隷たちには1つの建物が貸与されていた。
10人全員が1つどころに押し込められたと言えば聞こえは悪いが、実際のところ彼らは建物の広さを持て余していた。10人どころか20人は住めそうな空間だった。奴隷には過ぎたる待遇だ。
彼らは3日に1度、団欒室に集まって話し合いを設けていた。今日がその日だった。
「みんな仕事は順調?」
年長の青年が問いかける。年長とは言っても15歳だ。顔にはあどけなさも残っている。
「順調」
「畑仕事頑張った」
「だいじょぶ」
いつも通りの反応だった。懸念事項無し。約1名を除いて上司が軒並み優しいというのは大きい。だがそれ以上に彼らは非常に優秀な人材だった。
イケダやジークフリードは知らないことだが、15歳以下で健康体の奴隷相場は約100万円であり、1人につき500万は破格の価格設定だった。つまり相場で購入していれば50人を確保できていた。
しかしセリーヌは量よりも質を選んだ。彼女が優先したのはインテリジェンスだった。いくつかの質疑を経て10名を選出した。彼ら彼女が容易に仕事を覚え、効率よく業務をこなすのはセリーヌの目利きが正しかった証左と言える。
「トランス様は相変わらず駄目そう?」
「うん。お仕事のこと以外は全然話してくれない」
「そっか。ジークフリード様はどう?」
「結構仲良くなった。やっぱり女の子が好きみたい」
「オーク族だもんね」
以前の環境と比較して、フィモーシスの待遇は非常に素晴らしいものだった。宛がわれた建物内には自分の部屋があり、食材も一定供給されるため空腹になることはない。就業時間は最長8時間で、早く終わった分には無駄に拘束されることも無かった。生きる分には差し支えない。
ただ彼らが欲しいのは自由だった。何物にも縛られない暮らしがしたかった。
奴隷の解放条件は奴隷主に委ねられる。セリーヌからはまだ具体的な条件は提示されていない。とりま汗水垂らして働け、とだけ言われている。しかしその言葉に黙って従うほど彼らは馬鹿じゃなかった。
「やっぱり取り入るとしたらジークフリード様かな?だって市長だし。一番偉いんだもんね」
「うん。でも実権を握ってるのは副市長のレイ様だと思うよ」
「ぼく達の主様はセリーヌ様でしょ?だったらセリーヌ様を一番に考えた方がいい」
彼らの議題はどの大人に取り入るかだった。奴隷主はセリーヌだが、彼女自身を懐柔する必要はない。彼女に近しい人物を篭絡すれば、解放への道は出来ると考えていた。
年長の青年は皆のやり取りを黙って聞いていた。自分の期待した答えは出なさそうだった。彼は1度大きく首を横に振った後、「いや」と前置きして話し始めた。
「一番手っ取り早いのはセリーヌ様を落とすことだ。でもたぶん、あの人に直接言っても無理だと思う。まず僕たちの話を聞いてくれる気配がない」
「じゃあどうするの」
「セリーヌ様が言うことを聞く人物に近づくべきだ」
「フィモーシスにはいないと思うけど……」
年長の青年は再び首を横に振った。
「いるよ。1人だけ。イケダ様だ」
青年を除く男性陣は一様に怪訝な表情を浮かべた。特にイケダの下で働く青年以外の2人は、まるで意味が分からないとでも言うような反応だった。
「セリーヌ様がイケダ様の言うことだけは聞くってこと?」
「うん。ボクはそう思ってるんだけど……」
青年は女性陣へ視線を移した。彼女たちは青年へコクッと頷き返した。
「分かる気がする。何故か分からないけど、イケダ様に対してだけ接し方が違うかも。何故か分からないけど」
「わたしあの人の作り笑顔嫌い」
「わたしも」
「同じ」
イケダの笑顔は万民共通で嫌悪の対象だった。彼自身は最近上手く笑えているなと自画自賛していた。裏で奴隷たちに気持ち悪がられているなど知る由もなかった。
「だれか、イケダ様を落とす自信ある?」
青年は女性たちに問いかけた。彼女たちは顔を見合わせ、一様に嫌そうな顔をした。
そんな中、1人の女の子がおずおずと手を挙げた。彼女は女性奴隷の中で一番容姿が整っていた。そして青年がひそかに恋心を抱く相手でもあった。
「わたしがやる」
「……いいの?」
「うん。本当は嫌だけど。みんなのためだから」
青年は一瞬だけ悩んだものの、即座に切り替えた。そもそも奴隷の身である以上、結婚や出産を考えてはいけない。奴隷も夫婦になれる。しかし生まれた子供も奴隷となってしまう。子供には自分と同じ境遇を味わってほしくない。15歳ながらそのように考えていた。
付き合うや結婚は全てが終わってからだ。そう自分に言い聞かせて女の子と視線を合わせる。
「じゃあ、お願い。引き合わせる役目は僕がやるから。みんなもそれでいいよね?」
一斉に頷く。反論はなかった。今だけは言い返して欲しかったがやむを得ない。奴隷たちの実質リーダーである彼は全幅の信頼を置かれていた。
青年はもう1度大きく首を振った後、「詳細を詰めよう」と伝えて、正面に座る女の子に視線を送った。
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