第145話 静かなる鈍
「貴様らの妄想、妄言には付き合ってられん。結局私に従うのか、従わないのか」
「従いません」
「ならば上には反逆の意志ありと伝えるほかあるまい」
「どうぞ」
「……………」
ミラローマ氏とイケダさんが睨み合っています。いえ、正確にはミラローマ氏が一方的に睨んでいます。イケダさんは未だ閉眼したままです。
何故彼は眼を開けないのでしょうか。もしかすると、緊張を感じさせない流暢な喋り方は、相手の眼を見ないことで発揮できているのかもしれません。
しかしマズい展開になってきました。このままだとフィモーシスの統治権が剥奪されます。根無し草に戻るのは嫌です。安心安定の生活は何物にも代えられません。
イケダさんは止まりそうにありません。セリーヌ氏も彼の肩を持っています。トランス氏は相変わらず静観しています。頼れるのは1人しかいません。
縋るような眼差しをシンクさんへ向けます。彼は私の方へチラッと視線をやった後、ミラローマ氏へ話しかけました。
「ダリヤ商業国の国家運営は、首都マリスに属する各大臣の合議によって決定されます。大臣たちはボボン王国の国王、レニウス帝国の皇帝の位置に値すると考えていいでしょう」
一呼吸おいてまた話し始めます。
「ただし。それとは別に各都市は独立しており、何者の命令も受ける謂れはありません。各大臣の権利も市長の任命と罷免のみです。つまり、都市の運営に関しては、誰かが何かを強制させる権利など存在しないのです」
1度話を止めます。ミラローマ氏が口を開かないのを確認し、再び語りだしました。
「ですが解せないことがあります。新任市長のジークフリードさんならまだしも、ボボン王国第一騎士団の元副団長やマーガレット家の息女までも、丸め込めると思っていたのでしょうか。だとしたら杜撰にも程がある。ミラローマさん、あなたには別の目的が存在するのではありませんか?」
どうやら話し終えたようです。沈黙が生まれます。
私はシンク氏の発言を反芻しました。反芻してみましたが、正直に言って何が何だか分かりません。考えるのはやめて、ミラローマ氏の返答を待つこととします。
十数秒の無言が続いた後。ようやく正面から声が発せられました。
「合格だ。満点ではないが、及第点と言っていいだろう」
そう言ってミラローマ氏は鷹揚に頷きました。シンクさんの発言も意味が分かりませんでしたが、ミラローマ氏の反応も謎です。今ここで何が起きているのでしょう。
「レイ副団長が言った通り、市長という職は大臣に次ぐ地位にあり、何者にも従う必要はない。言わば各都市それぞれが1つの国であり、独立した主権を持つ。国もそうである通り、都市も主権を渡してはならない。私の言葉を退けるのは当然の行為であり、貴殿らの取った行動は正解と言えよう」
「えーと、私たちを試したのですか?」
シンクさんが戸惑いの声を上げました。彼にとっても想定外の展開だったようです。
「新市長の通過儀礼だ。特に褒賞や恩賞により就任した場合は法に疎いものが多い。悪く思うな」
「そうだったのですね。いや、すっかり騙されましたよ」
「あーしは気づいてたけどな。これマジよ」
恥ずかし気に頭をかくシンクさんに対して、セリーヌ氏はフンと息を鳴らして応答しました。口ではああ言ってますが、たぶん気づいていなかったと思います。イケダさんと共に本気でフィモーシスから追い出そうとしていました。
兎にも角にもミラローマ氏は明確な敵ではないようです。私もホッと胸を撫で下ろしました。なんとか市長の職は続けられそうです。
「先程は言葉を濁したが、私はロスゴールド大臣の直属であり、大臣から直接、フィモーシスの復興再建事業に携わるよう言われている。ゆえに他の大臣が介在する余地はない」
「あ、再建の件は本当なのですね」
「ああ。とはいえ貴殿らには貴殿らの考えがあるだろう。よって、あくまで私は助役に徹する。都市経営で分からないことがあれば相談してもらって構わない。あとは大臣に何か願い事があれば、私を通すことで実現性が増すだろう。上手に使ってくれ。私から貴殿らに何かを依頼することはない」
「おお」
分からず屋と思っていたら話の分かる上司でした。この変化は素晴らしいです。心なしか張りつめていた空気が緩和されました。
「それもロスゴールド大臣の指示でしょうか」
「そうだ」
「有難い限りです。フィモーシスに常駐すると言う認識で合っていますか?」
「ああ。食事の用意は不要だが、雨風をしのげる場所を提供してもらえると助かる」
「建物はまだ余っているので、今から適当な場所へご案内します。で、いいですよね?市長」
「うむ」
シンクさんとミラローマ氏達が立ちあがりました。並んで出入り口の方向へ向かいます。セリーヌ氏とイケダさんは未だ立ち上がりません。イケダさんに至っては未だ腕を組んだ状態で閉眼しています。彼はいったい何をやっているのでしょうか。
シンクさん達が出ていきます。それに続く形で「お料理の途中だったから」と言ってトランス氏も退出しました。残ったのはいつもの3人です。
口火を切ったのは彼女でした。
「ダーイケ。どう思う?」
「ほぼ真実かと」
「ほぼね。あーしも同じ」
「どういうことだ」
たまらず口を挟みます。
「物事には全て表と裏がある。あいつは今回、裏と思わせて表みたいな演出したけど、裏があることに変わりはない。特にロスゴールドの腹心ならそれも顕著だろ。まぁ簡単に言やあ、弱みを見せるなってこと」
「信用するなと?」
「そそ。でも利用はすべき。そのあたりはシンクが上手くやるだろ」
頷きます。ここに至ってようやく、おおよその状況は理解できました。
今回ミラローマ陣営は、敵だと思わせて味方という過程を経て、私たちへ安心感を植え付けました。ですが完全な味方ではなく、一部思惑があり、それを遂行するために私たちへ取り入る必要があった。セリーヌ氏達はそのように考えているようです。
恐ろしい心理戦です。ミラローマ氏のやり方はもちろん、セリーヌさん達が看破しているのも驚嘆に値します。
しかし1つ分からないことがあります。イケダさんについてです。何故彼はずっと眼を閉じたままなのでしょう。これも何らかの仕掛けなのでしょうか。直接聞いてみます。
「ミラローマの件は分かった。ときにイケダ。貴様は未だに閉眼しているが、それはどういうつもりなんだ」
イケダさんは小さくビクッとしたあと、眉間に中指を当てながらボソボソ話しました。
「見えない方が見えるときもあるんですよ」
「は?」
「おいブタ、そいつに構うな。どうせカッコつけるために閉眼状態で挑んだはいいものの、眼を開ける機会を見失って沈黙を保つしかなかったクソ雑魚だから。マジ元服前の妄想貴族みたいな真似すんなや。恥ずかしい」
「……………」
イケダさん、セリーヌ氏の罵詈雑言に対して返せません。沈黙です。どうやら図星だったようです。終いにはほのかに頬が赤くなっていました。
「イケダ、貴様は………」
20を超えた大人のやることとは思えません。
このヒトはどういうつもりで会議に参加しているのでしょうか。
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