イケダエンパイア

第143話 君の瞳に

「私はライディン・ミラローマ。ダリヤ商業国における市町村の復興・再建を担っている。よろしく」


 正面に座る男は、はきはきとした口調で自己紹介をした。


 第一印象は仕事が出来そうな男性。鋭利な瞳と銀縁眼鏡、七三分けの黒茶髪がエリートビジネスマンを彷彿させる。


 年齢は30代後半だろうか。高身長でスタイルも良ければ、さぞおモテになるだろう。鬼畜眼鏡属性と呼ばれるものかもしれない。


「市長のジークフリードだ。よろしく」


「副市長のレイです」


「マーガレット」


「イケダと申します」


 ミラローマの背後には、同じような恰好した男が3人控えている。彼らも一様に冷たい印象を受ける。サイボーグを彷彿させた。


 一方のチームフィモーシスはバラエティに富んだ面々だった。ロンリーブタ、サイコパスイケメン、ハイサキュバス、一般人。セレスは料理の下拵えのため遅れている。


 ミラローマはバラエティ面子へ一通り視線を送った後、淡々とした口調で話し始めた。


「まず初めに言っておく。今後フィモーシスの運営、経営は我らに任せてもらう。貴様らは唯々諾々従うだけでよい」


 鬼畜眼鏡の発言直後、俺はすぐさまセリーヌの前に出て両手を広げた。惨劇を止めるつもりだった。しかし当の本人はきょとんとした表情を浮かべるのみだった。


「イケダと言ったか。何の真似だ」


「いえ、その。何でもないです。すみません」


 謝罪しつつ自分の席に戻る。


 忸怩たる思いで下唇を噛む。ぬかった。騙された。ミラローマの理不尽発言にセリーヌがブチ切れて手を出すと思った。隣の俺が止めるしかあるまいと。


 しかし彼女は微動だにしなかった。むしろ「こいつ何やってんの?」という視線を向けてきた。恥ずかしいことこの上ない。もう少し考えて行動に移そう。


「続ける。市長、副市長、役職は関係ない。私の指示のもと動いてもらう。これは国家の決定であり、覆すことは出来ない。質問は?」


「私から1つよろしいでしょうか」


 手を挙げたのはシンクだった。セリーヌから敬語外しを命じられたものの、流石にお偉いさんの前では丁寧口調に戻るらしい。


「どうぞ」


「はい。国家の決定とおっしゃいましたが、ダリヤ商業国に明確な元首は存在しません。つまりは首都マリス経済産業大臣ロスゴールド氏の決定、という認識で間違いないでしょうか」


「対外的にダリヤを代表するのはマリスの各大臣だ。その頂点に立つ存在を国家と呼ぶことに違和感はない」


「分かりました。ありがとうございます」


「他はあるか」


『………』


 ジークもセリーヌも沈黙を保っている。ミラローマは誰からも返答がないのを確認すると、再び話し始めた。


「では初めに。何点か確認したいことがある。まずは巨大な門と周囲を囲う壁、市内に並ぶ建物、そして中央に位置する黒い塔。これらは誰がどのようにして構築したのか」


 虚偽を許さない強い瞳だった。俺は咄嗟にシンクへ視線をやった。彼が一番頼りになるからだ。しかし声を上げたのは名ばかり市長だった。


「こいつだ。こいつがやった」


 そう言って俺を指さした。即座に反論する。


「私ではありません」


「おい。嘘をつくな。貴様自らやったと口にしただろう」


「ちょっと何を言っているか分かりません」


「貴様ぁ!」


 激昂したジークが俺へ近づこうとする。それをシンクが押しとどめた。この隙に真実を混ぜた嘘を言い放つ。


「黒い塔に住む住人の仕業です。しかし誰も姿を見ていません。詳細を知りたければ、塔の頂上まで昇って、ご本人に聞いてください」


「なぜ黒い塔の住人の仕業だとわかった?」


「塔の頂上から喧伝したからです。私がやったと。それ以上の証拠はありません」


 押し黙ったミラローマを視界に入れながら考える。全てをさらけ出す必要はない。最終的にどんな結論になろうとも、持ち球は多いに越したことはない。


 こういう時、フラン様の存在は非常に助かる。言いにくい事は全て彼女のせいにすればいい。謎の彼女Xは今後も活用できそうだ。


「ひとまず分かった。まずは本人に連絡を取ってみよう。次の質問だが…………」


 言葉が止まる。視線は俺たちの背後へ向いている。信じられないようなものを見る瞳だった。何事かと振り返る。


 セレスが立っていた。彼女はミラローマと背後の男性陣を一瞥した後、俺の隣へ腰を下ろした。


 正面の男へ視線を戻す。未だにセレスを見ていた。何だこの反応は。もしや一目ぼれでもしたのか。10代の思春期真っただ中でもなければそんな馬鹿なこともあるまい。


「名は?」


「トランス」


 セレスは変わらない。権力者に媚びへつらうという感覚がない。誰に対してもフラットだ。当然相手からはネガティブな印象で取られる場面が多い。しかし今回ばかりは違った。


「トランスよ。貴殿を私の秘書に任命する。フィモーシス再建に手を貸してほしい」


 そう言ってミラローマは右手を差し出した。瞳は爛爛と輝いていた。


「…………」


 いや。


 メッチャ一目惚れじゃん。

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