第141話 実験のMetastasis
「……ということがあったのです」
「えーと。どういうことかな」
イケダ消失事件から3日後。俺は奇跡の生還を果たした。
フラン様の髪を無断で触った罪は存外に重かった。罰としてドラゴンパークのど真ん中に放置された。
ドラゴンパーク。いわゆる竜の山領。ドラゴンがうじゃうじゃ飛び回っている地に置いて行かれた。
目覚めてすぐに転移魔法を発動した。行先はフィモーシス。しかし不発に終わった。当時はなぜ失敗したか分からなかった。今ならわかる。練度が足りなかった。
どうやら魔法の使用回数と転移の移動距離は比例しているらしい。使用すればするほど移動距離も伸びる。当時は使用回数1回。数十、数百キロ離れた地へ転移できるはずもない。
「てめ。まずは謝罪しろや。1日だけって言ってただろ。それが3日も待たせるとかありえん」
「ゴメーヌ」
「殴らせろ」
時には身を隠し、時には逃げ回り、時には反撃し。何とか竜の山領を突破したころには、2日が経過していた。その後は転移魔法を連続使用しながら南下。消失から3日で帰還を果たす。
「それで、転移魔法を覚えたの?」
「ええ。この通り」
そう返して転移を実行。セレスの背後に瞬間移動する。
気配で察したのだろう。彼女は座ったまま首を捻って見上げてきた。視線が合う。可愛い。
「ほんとだ。すごい」
「でしょ」
「いやいや。バカな。ありえん。転移だと?貴様は、狂っている」
性狂いの種族から狂っていると言われた。少しショック。
「狂っているのは今更だよ。あ、イケダさん。良い意味でだから」
「その言葉付ければ許されると思ってません?」
「それよりも。これで定期的な物資供給の目途は立ったかな」
「ダーイケが一日に何度もフィモーシスと他都市を往復すんだっけ。メッチャ効率悪くない?転移魔法使えんなら、トランスの収納魔法も覚えられるだろ。知らんけど」
「あー、それがそうもいかなくて」
うんざり顔のセリーヌに返答する。彼女は「使えねー」と零して髪をかきあげた。
嘘だ。俺は嘘をついた。本当は収納魔法も習得できると思う。だが意図的に避けた。何故か。決まっている。セレスと一緒にいるためだ。
聡明なシンクなら提案するだろう。こういった感じで。
「だったらトランスさんと一緒に転移するのはどうだろう?それなら1度で済むよね」
わざとらしく「おー」と声を上げながら、笑いを噛み殺す。相変わらず期待通り動いてくれる男だった。頭の良い男性は大好きだ。
以前から思っていた。あまりにセレスとの時間が少ないと。2人きりになろうとするとジークやセリーヌの邪魔が入る。彼らに悪気がないのは分かる。ただあまりにウザい。夜とかメッチャちょっかいかけてくる。
セレスの真意は分からない。何を考えているのか。俺をどう思っているのか。だからこそ一緒にいる時間を増やすべきだ。隠されているものが見えてくるかもしれない。
反論意見など出まい。そう高を括っていたところへ、ジークがボソッと呟いた。
「それは良い案だが。2人同時に転移できるのか?」
「あ」
皆の視線を一身に受ける。しまった。検証していなかった。セレスと2人で買い物に行くことばかり考えていた。
どうする。この場合の沈黙は否定を意味する。何か答えなければならない。いや、行動に移すべきだ。
セレスの背後からジークの背後に移動する。キョトン顔の彼の両肩を徐に掴み、転移魔法を実行する。イメージは2人分。2人同時に転移だ。
景色が変わる。次の瞬間には目の前にでっぷりとした何かがあった。
「ぐはっ!」
衝突。転倒。頭を押さえながら床を転がる。数秒して落ち着く。立ち上がれぬほどの痛みはない。
床に膝をついて腰を上げる。緑色の物体がうつ伏せで倒れていた。そして重なるかたちで金色の巨体もあった。
「…………」
おおよその事態は把握した。どうやらセリーヌの目前に転移してしまったらしい。3人が揉みくちゃとなり今に至る。そういうことだろう。
一見失敗したように映る。だが俺にとっては成功だ。この状況は2人同時に転移できた証左に他ならない。
移動距離は短かった。単独転移の最初と同じだ。つまり回数を重ねていけば、複数による市町間移動も不可能ではない。
「こ、これはどういうこと!?」
珍しくシンクが慌てている。状況が呑み込めないようだ。一方でセレスは何事もなかったかのようにお茶を啜っている。そんな彼女に話しかける。
「ということでセレスさん。2人同時に転移が出来そうなので、早速買い出しに行きましょうか」
「うん、いいよ」
椅子から立ち上がり近づいてきた。ジークとセリーヌには目もくれない。
「え、今から行くの?この惨状はどうするの」
「任せます。それと、私とセレスさんの抜ける穴の補填もお願いします」
「厄介事はボクに押し付ける節があるよね」
「出来ないことは言いませんよ」
シンクはハァと小さく息を吐き、首を横に振った。否定ではない。諦めただけだ。
セレスを連れて打合せ部屋を出る。背後から再び声がかかった。
「あ、転移を使用するなら大丈夫だと思うけど、今日中に戻ってきてね。明日、ようやく大臣が派遣した都市再生の専門家がやってくるからさ。全員で迎えよう」
「専門家ですか。そういう話もありましたね。了解です」
すっかり忘れていた。どんな人物が来るのだろう。
話が通じる相手であることを祈る。
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