第140話 母上のFragrance

 元魔王様によるかわいがりは数時間にも及んだ。彼女は俺を反撃能力のある案山子とでも思っているかのように、試す素振りも見せながら多種多様な魔法を放ってきた。


 俺は耐えた。ひたすらに耐えた。たまにこちらから仕掛けたりした。普通に防がれた。ちょっとショックだった。


 もちろんお互いに本気を出していない。5割出ているかどうかだ。それでもなお、周囲に及ぶ被害は相当なものだった。焼畑農業の跡かなと勘違いされるような惨状となった。


 そして幸運なことに、森林破壊並びに無意識魔物討伐は、レベルアップというカタチで俺に恩恵を与えていた。




【スキル】

 ステータス:4

 回復魔法:10

 MP吸収:54

 氷魔法:45

 解読魔法:1

 同調:1

 土石魔法:20


 スキルポイント:7




「あ。やっぱり上がってる」


「ふむ。新たな魔法は覚えられそうかの」


 正面から問いかけられた。フラン様が白いチェアに座りながら、優雅にティータイムを楽しんでいる。


 俺も紅茶に口を付ける。相変わらず美味しい。運動後のアイスティーは格別だった。


「そうですけど。自分の手柄みたいに言いますよね」


「事実であるからに。妾という異次元の存在と手合わせすることができ、かつ魔法習得にかかる経験を積むことができた。一挙両得とはこのことだの。カカカ」


「うーん」


 否定できない部分はある。肯定できない部分もある。よって沈黙を保つ。ベラベラと余計なことをしゃべるから諍いが起きる。


「今すぐに新魔法を習得できるものなのかの?出来るならやってみよ」


「あ、はい」


 新スキルの習得方法はいたって簡単。念じるだけだ。椅子に座った状態で眼を閉じて精神統一する。


 集中だ。雑念が入るとまずい。謎のスキルを習得してしまう恐れがある。特にステータスレベルが50に差し掛かってきた都合、レベルアップもしにくくなるはずだ。ポイント振りは大事になる。


「ふぅ………」


 よし。


 いこう。


「はっ!」


 振る。振った。ポイントを振った直後の感覚が訪れた。すぐさまスキルウィンドウを表示する。




【スキル】

 ステータス:4

 回復魔法:10

 MP吸収:54

 氷魔法:45

 解読魔法:1

 同調:1

 土石魔法:20

 転移魔法:7


 スキルポイント:0




「おお……っ」


 立ち上がって小さくガッツポーズをとる。期待したものがそのままやってきた。俺はずっとこれが欲しかった。移動系魔法の最高位、テレポーテーション。


 浪漫である。異世界あどべんちゃーのロマン枠。初期に無双し過ぎて、セカンドシーズンで禁止カードになるやつだ。俺もとうとうチーターの部類に入ってしまったかもしれない。


 1つ誤算があるとすれば、7ポイントも振ってしまったことだ。まずは1ポイントで良かった。相変わらず塩梅が難しい。が、良い。許す。転移魔法を習得できた事実が何物にも勝る。


 正面へ視線を戻す。興味深そうな目でこちらを見つめていた。


「フランさん、やりました。我が陣営の勝利です」


「習得できたか。ふむ。何の魔法かの。今ここで使用してみよ」


「分かりました。では」


 躊躇なく実行に移す。こういう時の俺は怖いもの知らずだ。少なからずスキル制に信頼を覚えている影響もある。まぁ死にはしないだろうと。


 強く念じる。転移。転移。転移。出来れば近場で。


 フワッと浮遊感が訪れた。そう感じた直後には、目の前の景色が一変していた。


「…………」


 一変はした。ただ大枠は変わっていない。


 俺が転移したのは、元居た場所から数メートル先、フラン様の背後だった。


 目の前には彼女の頭頂部がある。顔は見えない。驚いているのか、平常心なのか。


 心の中で再びガッツポーズをとる。転移魔法は想像通りだった。文字通り転移する。しかも一瞬だ。体感速度と実際の経過時間に乖離はない、はず。


 最高だ。最高が過ぎる。これで長距離移動も楽勝だ。フィモーシスと他市町の時短往復も無問題だろう。他の市町に行って、必要物資を購入して、フィモーシスに戻る。いわゆる弾丸供給。物資不足はひとまず解決するはずだ。


「………」


 フラン様の頭部を見つめる。未だ振り返る様子はない。俺が背後にいることを気づいていないのだろうか。彼女ともあろうものが。


 もしくは。またもや罠か。俺が何らかのアクションを起こしたが最後、血の雨を降らせる。可能性はある。フラン血の雨パニック。


 いや。いや。罠だとしても。彼女の背後を取る機会などそうそうないだろう。ここで仕掛けることを躊躇したら男じゃない。やろう。


 何をやるか。一番難易度が高いのはおっぱいチャレンジだ。背後から両手を彼女の前方に回す。難易度も高ければ犯罪度も極悪だ。強制わいせつ罪は免れない。


 次点で難しいのはバックハグだろうか。唐突過ぎて向こうが反応できないかもしれない。その可能性に賭けようか。普通に迷惑防止条例違反だけれども。


 悩んでいる暇はない。時間が経つ毎に気づかれる可能性は高くなる。既に気づかれているパターンでも、我慢できずに振り返る恐れもある。


 ええいままよと。第三の選択肢、黒髪ロングに頭ポンポンを実行する。


「あ」


 柔らかさと同時に甘い香りが鼻孔をくすぐった。懐かしき故郷。母上の匂い。手櫛で髪をかき分ける度に実家が思い出される。これはいけない。郷愁で涙が出てきそうだ。


「母上。母上だったのですね」


 思いの丈を背中にぶつけた。すると彼女は無言ですくっと立ち上がり、こちらへ振り返る。


 今まで1度も見たことのない満面の笑顔を浮かべながら両腕を広げた。こっちへ来てと言っているように聞こえた。


 躊躇などしなかった。俺は彼女の胸の中へ飛び込んだ。


 そして腹部の衝撃と共に、一瞬で意識はブラックアウトし。



 目覚めたときには、見知らぬ大地に立っていた。

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