第139話 魔女のDiscipline

 フィモーシスから東に歩くこと3時間。


 草木生い茂る森に到着した。この場所はジークから教えてもらった。ランクD~Eの魔物が多数生息しているとのこと。


 孤独の旅路を続けていたジークはもちろんのこと、マリス周辺での活動が多かったシンク、魔物討伐遠征を頻繁に繰り返していたセリーヌもダリヤ商業国の地理に詳しい。スマホで地図を調べることができない以上、どこに何があるかは彼ら頼りだった。


 森は存外に暗い。足を踏み入れることを躊躇させる。だがやらねばなるまい。なけなしの勇気を振り絞って歩き出す。


 ざっざっと草を踏む音が耳を打つ。ざっざっ。スタスタ。ざっざっ。スタスタ。


 足音は2つ。2つだ。前者は俺。後者はナゾ。


 ナゾなのは正体ではない。ついてきた理由だ。そろそろ聞いてもいいだろうと振り返る。


「えーと。なんでいるんです?」


「この世に存在する理由か。それともこの場に現れた訳か。貴様はほんに言葉が足りん。少々のズレや思い込みが大きな危機を招くこと、心に留めておくがよい。カカカカカ」


 フランチェスカ御大は大きく口を開けて笑い出した。久しぶりのはずだ。だが昨日も一昨日も会ったような気がする。1回のインパクトが強い証左だろう。


「面白いモノが見れそうだと思っての」


「普通に魔物を倒すだけですよ」


「否。その先よ。詳細な仕組みは分からぬ。だがおおよそは想像がつく。貴様、新たな魔法を習得するつもりだな?」


「え、あ」


 言葉に詰まる。ポーカーフェイスにあるまじき狼狽を見せてしまった。


 彼女の言うとおりだった。前々から欲しかった魔法があった。折しもその魔法を必要とする機会が現れた。有休を取得して魔物討伐に赴いたのは、レベルアップによるスキルポイントを手に入れるためだった。


 ニンゲン形態の美人フェイスを見つめる。ステータススキル制というRPG方式を見抜かれている。ステータスやスキルというテレビゲームの概念がなければ辿り着かない答えだ。


 彼女は創造主側なのだろうか。俺をこの世界に招き入れた陣営。だとしたら色々と説明はつくけれども。判断材料が足りない。


「ククク。何を悩んでおる」


「えーと、悩んでいるというか。フランさんって味方ですよね?」


「貴様が妾を失望させぬ限り」


「どういうことをしたら失望しますか」


「……………」


 考え出した。即断即決の彼女にしては珍しい。


 数秒の沈黙を経て口を開いた。


「髪を金色に染めるとか」


「え」


 まじまじと見つめてしまう。何だ今の回答は。本当にフラン様がおっしゃったのだろうか。黒髪女子が突然茶髪にしたことへ勝手に絶望を覚えるモテない男子のような心情ではないか。なんで女性って気分で髪色変えるの。


 疑わし気な視線を向けていると、突然カカカと笑い出した。


「おいおい。真に受けるでない。冗談ぞよ。面白かったか?」


「いえ全く。つまらないの極地でした」


「笑えよ」


「嫌です」


「……」


 この時間何なんだろうと思いながら睨み合う。苦し紛れに変な質問をした俺も悪い。だが謎の冗談をぶち込んできたフラン様はもっと悪い。


 迎合するのは簡単だった。ただふと思った。というか考え直した。その行為こそが彼女を失望させるのではないかと。


 つまり今のはフラン様が仕掛けた罠だ。もしも「面白かったです。へへへ」などと口にしていたら、たちまちに雷弾の嵐が降っていたことだろう。


 ふーっと息を吐く。危なかった。引っかかるところだった。流石はフラン様だ。いつでも俺を試してくる。しかし残念。俺は彼女を絶対に失望させやしない。


 そう思っていると、何やらバチバチと音が聞こえた。視線を彷徨わせる。すぐに音源を発見した。フラン様の右手に雷弾があった。


 これはまずいと、愛想笑いを浮かべながら早口で話し出す。


「あ、もしかしてフランさんも魔物討伐で鍛える感じですか。だとしたら体の向きが逆ですよ。森の方向へ弾を放ってください」


「生意気が過ぎる輩は多少のしつけが必要だの。さて、妾の強さに笑い転げるがよい。カカカカカ!」


「いやいや。えー?」


 黒髪ロングが躊躇なく雷弾を放ってきた。すぐに氷壁を構築し、何枚かを犠牲にして防ぐ。


 額をぬぐう仕草をしながら、カカカ笑いを続ける彼女へ視線をやる。右手には再びバチバチが生まれていた。


この女は。どこまでが冗談か分からない。

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