第138話 沈黙のReliance

 身綺麗になった少年少女はそれほど悪くない顔立ちをしていた。


 彼らは想像以上に働き者だった。物覚えの悪い者、要領の悪い者はいたが、一様に従順だった。


 もちろん打算はあるだろう。奴隷は国家制度であり、解放されるためには奴隷主が国に書類を提出する必要がある。奴隷主から逃げても奴隷のまま。ならば解放されるまで従順に働くのが最善。そう考えるのが普通だ。


 奴隷は1人につき500万ペニーしたという。高いか安いかは分からない。


 本来は若い女性の相場が1000万、若い男性が300万らしい。そこを値切ったのか脅したのか分からないが、一律500万で落としてきた。女の子が5名、男の子が5名。10名で計5000万。


「イケダ様、202号室の清掃が終わりました」


「あ、はい。では203、204もお願いできますか」


「承知しました」


 男の子の奴隷に指示を送る。15歳と言っていた。農家の四男に生まれて、凶作の際に泣く泣く売られたらしい。


 俺の下には彼を含めて3人の奴隷が配属された。主にベッドメイクと室内清掃が仕事となる。裏方作業だ。それでも嫌な顔せずやってくれる。最近の若者は、という言葉も彼らには当てはまらない。


 10人のうちシンクに3人、ジークに3人、セレスに1人が配属されている。配属比率に不満はない。不満があるとすれば男女比率だ。


 イケダチームには男性しかいない。イケダ他3人の男の子。一方でシンクチームに2人、ジークチームに2人、セレスチームに1人それぞれ女の子がいる。


 誰が配属を決めたのだろう。分からない。朝起きたら勝手に振り分けされていた。別に女の子の配下が欲しかったわけではない。作為的な何かだとしたら気に食わないだけだ。やるんだったらジークにも全員男を振って欲しかった。奴だけが幸せになるのは許せない。


「イケダ様、205、206号室完了しました」


「203、204号室も終わりました」


「ああ、了解です。今日はこれで全部ですね。お疲れ様でした。上がっていいですよ」


『はい。お疲れ様でした』


 深くお辞儀をした後、奴隷3人組は去っていった。


 2階の窓から空を見上げる。日は落ちていない。3人分の労働力を手に入れたことで余裕ができていた。


 この時間をどう活用しようか。やりたいことはある。だがやるとしたら1日作業だ。夜ご飯までの数時間では足りない。


 どうやって休暇を頂こうか。足りない頭をフル回転させて考えてみよう。




 ★★★★




「供給が追い付かない」


 遅めの夜ご飯。口火を切ったのはセレスだった。彼女は1度小さく息を吸い込んだ後、再び話し始めた。


「正確には資源が足りない。食料が枯渇する勢いで無くなっている。オーク達に畑作業してもらってるけど、実りが出るのはもう少し先。その前に尽きる。あと水も超過需要。私の魔法だけじゃ賄いきれないところまで来てる。それと同じ布団をずっと使ってるのも不衛生。洗濯するべき。でも予備の布団がない。総じて、何もかもが足りなくなってる」


「急にめっちゃ話すやん」


 セレス特製のタコライスっぽいものをバクバク食いながらツッコむ。相変わらずセリーヌの食いっぷりは見ていて気持ちが良い。


「ボクもその点は懸念してた。でも予想以上に限界が早かったね。まさかこんなにお客さんが来るとは思わなかったからさ」


「ふむ。連日凄まじい売上を計上してことにホクホク顔だったが、こんなところに落とし穴があるとはな。やれやれ。人生とはうまくゆかぬものだ」


「おいブタ。格好つけてんじゃねーよ。てめえ市長なんだから打開案出せや。畑仕事やって満足してんなよ。あ?」


「…………」


 ホクホク顔の市長が一瞬にして追い込まれた。喜怒哀楽の移り変わりが激しい。何と答えるのだろう。様子をうかがっていると、何を思ったか俺を見ながら話しだした。


「それを言うならイケダも大して役になっておらんぞ。奴も同罪だ。もっと責めろ」


「え」


 まさかまさかの責任転嫁だった。市長とは思えない言動だ。その場逃れの行為はいずれ自分に返ってくると言うのに。


 セリーヌは汚物を見るような眼をジークに向けた後、こちらへ視線を移した。


「ダーイケ。もちろんお前は案あるよな?」


「あります」


「へ、あるの?」


 驚かれた。素の驚きだ。聞いておいてこの反応は意味が分からない。もっと俺に期待しろよ。


「おい、嘘をつくな。貴様に案なんぞあるわけないだろう」


「いや、ありますよ。本当に」


「否、否。だいたい貴様はいつも我を出し抜こうと……」


「ちょっと黙ってて。イケダ、聞かせて」


 緑の彼を止めたのは沈黙の君だった。予想外の人物から遮断されたことに驚きを隠せない様子だ。大きな口をあわあわさせている。


 あわあわ君を横目に入れつつセレスに向き合う。


「簡単です。私が何とかします」


「何とかできるの?」


「できます」


「じゃあお願い」


 右手を上げる。すると彼女も同じ動作をしてくれた。勢いそのままハイタッチする。ぱちーんと良い音が室内に響いた。


「っていやいや。以心伝心しているところ悪いけど、説明してくれなきゃ分からないよ」


 シンクが慌てた様子で間に入ってきた。それもそうだと口を開こうとする。


「大丈夫。彼は自ら発信することこそ少ないけど、出来ないことは言わない。彼ができると言ったらできる。私たちは信じて待つだけでいい」


 元副団長に反論したのは、これまた沈黙の君だった。予想外の人物から擁護されたことに驚きを隠せない。彼女はこれ程俺を買ってくれていたのか。


 やはり好意を持たれているのではなかろうか。それともあくまでヒトとしての評価か。分からぬ。恋愛難しすぎる。セリーヌの話なんか聞かずに告白しておけばよかった。


「いや、でも」


「ダーイケ。何日必要なん?」


 なおも食い下がろうとするシンクを遮り問いかけられる。


「準備に1日。その後は毎日数時間といったところです」


「その間の仕事はどーすんの」


「マーガレットとか言う暇そうな女性にお願いしようかと」


「あーしかい!ちょい待ってよ。あーしは日夜フィモーシスの治安を守るために、外敵に目を光らせ、宿泊客を注意深く監視して、軍事・防衛担当としての責務をこなしてるし。それをヒマ扱いするなんて。どうかしてるやろ」


 必死の弁明を繰り広げるマーガレット氏。しかし俺は知っている。こいつは何もやっていない。この間なんて、ベッドメイキング直後のベッドで爆睡していた。サボリマクリスティ。


「とりあえず明日だけお願いします。あとは相談という事で。私の下に付いている子達もメキメキと仕事を覚えています。いずれは私抜きでお任せしようかと思っていますし」


「明日?えー。ベッドメイキングと掃除やろ?絶対しんどいじゃん」


「おお、引き受けてくれるんですね。ありがとうございます」


「急に会話出来んくなるやん。病気かこいつ。まぁやるけど」


 セリーヌの背中をポンポン叩き、ニコッと笑みを浮かべる。何故か嫌そうな顔をされた。


 彼女の場合は、言い訳が始まったら引き受けたと思っていい。出来ない、もしくはやる必要のないことは即座に断る。単純明快な性格は把握済みだ。


 そしてこの触りやすさ。何だろうか。男相手でもここまでスキンシップを取らない。セックス黒帯の背景がそうさせるのか。この程度なら怒られないだろう、みたいな。


 いやぁ。やっぱりセリーヌいいな。

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