第137話 救世のServant
怒涛の10日間が過ぎた。
大方の予想通り顧客が途絶えることは無かった。毎日数百人が宿泊した。行商と冒険者が大半を占めていた。
俺の仕事はベッドメイキングと部屋の掃除が主だった。いくつもの建物、いくつもの部屋を毎日渡り歩いていた。汚い室内、汚されたベッドには心底うんざりした。彼らには来たときよりも美しく精神は無いらしい。
男三人衆はもちろんのこと、セレスもフル稼働していた。1人で数百人分の夕食を作っていた。俺たちよりも大変そうだった。ただ本人はすまし顔で黙々と料理を用意していた。
彼女の手料理は予想以上の人気だった。良い匂いに誘われたのか、美味しそうに食べる同業者に感化されたのか、ほぼ全ての宿泊客が注文した。リピートする者もいた。1食3千ペニーなので、もう1食注文すると6千ペニーだ。宿賃の2倍になる。恐ろしいエンゲル係数を叩き出していた。
当然のごとく、フィモーシスについて尋ねてくる者もいた。市長は誰か。いつの間にこんな多くの建物を揃えたのか。中央にそびえ立つ黒い塔はなにか。エトセトラ。答えられるものは答えた。答えにくい、知らないことに関しては、ロスゴールド大臣に聞いてくれとはぐらかした。かの大臣の名を告げると、一様に顔が曇るのは見ていて楽しかった。それと同時に、厄介な相手と契約を交わしてしまったと自分の境遇を嘆いた。
怒涛10日目の夕方。へとへとの体で本拠地へ戻った俺を出迎えたのは、待ち望んでいた人物だった。
「ただいま帰りまし……お、おお!セリーヌさん。戻られましたか」
「おつ。遅くなってめんご。どう、繁盛してる?」
「ええ。大盛況です。というか繁盛しすぎています。もうダメ。体力の限界、気力も無くなりです。戻ってきたということは、助っ人を連れてきたんですよね。どこです?」
室内をキョロキョロする。椅子にふんぞり返った金髪女しかいない。どういうことだろう。
「ほれ、そこ。そこにおるやろ」
セリーヌが部屋の角を指さす。目を凝らす。誰もない。
そう思ったが違う。何かいる。存在感が希薄過ぎて知覚できなかった。
「子ども………達?」
1人ではない。おおよそ20の眼がこちらへ向けられている。視線に込められた感情は怯えだ。
10歳から15歳だろうか。彼らは一様にみすぼらしい格好をしていた。服と呼ぶのもおこがましい布切れを羽織っている。
俺は嘘だろと思いつつ、セリーヌへ話しかけた。
「あんたまさか、年端も行かない少年少女を誘拐したのか。なんてことを……悪魔や。人でなし。デブ」
「ちょ、ちょちょ。なんでそうなるの」
驚きまなこで椅子から立ち上がる彼女を無視して続ける。
「いつかやるとは思っていたが、まさか1度に10人も連れてくるとは。外面だけじゃなく内面までバケモノだったか……」
「さり気にめっちゃ失礼なこと言ってるよな?とりま落ち着けよ」
「かくなるうえは私の氷魔法で―――」
「おーい。トランスさんを連れてきたよ。ってあれ、どうしたんだい。ケンカ?」
開けっ放しのドアから入ってきたのはシンクだった。背後にはセレスを連れている。
悪魔による悪魔の所業を訴えるため口を開く。しかしその前に悪魔が間を割ってきた。
「ケンカっつーか。んー。ちんぽお前さ、ある程度分かったうえでやッてるだろ?」
耳クソをほじりながら問いかけてきた。何やら勘違いされている。しかしここは乗った方が良いと判断。コクッと小さく頷く。
「はん。バレバレよ。毎回乗ってやってるあーしに感謝しな。ほんでトランス、服何着持ってる?」
「12着収納してた。ただ女性物がほとんど」
「襤褸切れ着てるよりはええやろ。ほんじゃトランスの水魔法で身体中の汚れを洗い流して、着替えさせるか。おいガキども、ついてこい」
セリーヌの号令によりのそのそと立ち上がる。その瞬間、ぷわーんと異臭が鼻孔をくすぐった。顔に出ないよう必死にポーカーフェイスを維持する。子供たちはセリーヌとセレスに率いられて外へ出ていった。
ただ1人残ったシンクに問いかける。
「彼らは、その、どうしたんですか」
「セリーヌ様が奴隷商から購入したんだって」
「奴隷、ですか」
「うん。帝国や王国に比べると母数は少ないけど。商業で潤う国だからこそ経済格差は存在するから。特に農村の若者は口減らしで売られる傾向があるね」
「そう、なんですね。世知辛い世の中だ」
どうやらこの世界にもふぁんたじー特有の奴隷制が存在するようだ。それ自体に思うところはない。ふーんという感じだ。
とりあえず俺が誤解していることは分かった。セリーヌは正規のルートで少年少女を集めたようだ。後で謝ろう。
「奴隷は若者ばかりなのですか?」
「そんなことはないよ。ただ今後を考えると若い方がいいよね。労働力も豊富だし、繁殖力もあるしね」
そう言ってシンクはニコッと笑った。
「…………」
言っていることは間違っていないが、言い方というものがあるだろう。
もしかするとセリーヌよりもこの男の方が危険かもしれない。
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