第136話 隘路のSolution

 2か所の隘路を通行不能にした数日後。


 宿屋一号店でぼんやりしていると、カランコロンの入店音が聞こえた。どうせセリーヌかジークフリードだろうと投げやりに視線をやる。知らない男性が立っていた。


「え」


「え」


 互いに驚き固まる。なんだこいつは。強盗か。ひとまず氷魔法で足場を凍らせるべきか。


 物騒な発想をしているところに、正体不明の男が声をかけてきた。


「えーと、ここは宿屋……ですよね?」


「え、はい。そうです。もしかして宿泊したいとか」


「ええ。一泊お願いします」


 なんとお客様第一号だった。急いで引き出しから帳簿を取り出し記入してもらう。その後簡単な注意事項を説明して部屋番号を伝える。


 第一号客の姿が部屋の中へ消えた後、ホッと息をつく。いきなりで驚いたが無難に対応できた。


 心の中で自画自賛しつつ、受付の椅子から立ち上がる。セレスに宿泊客の夕食をお願いしなければならない。


 入口のドアを開ける。知らない人が立っていた。


「うおっ!」


「おお!」


 先程と同じようなリアクションを取ってしまう。相手も驚いた様子だ。


 まさかと思いつつ、営業スマイルを浮かべながら口を開く。


「えーと、あなたも……」


「笑顔きもっ!」


「………」


 右手にひんやりの感触がある。無意識に氷魔法を準備していた。危ない危ないと笑顔を引っ込めつつ問いかける。


「宿泊をご希望でしょうか」


「あ、申し訳ない。そうです。3人でお願いします」


「3名様……ですか」


 男の背後を見る。確かに同じような恰好をした若い男性が2名いる。


 しかしその背後にも人影があった。両手では収まらない人数だった。優に50は超えている。100人に届くかもしれない。


「えーと」


 ブランチで紹介されたのかな。





 ★★★★





 ひとまず宿泊希望者を外に待たせて、フィモーシス主要メンバーによる緊急会議が開かれた。


「うーん。やっぱりこうなっちゃったか」


 そう零してハハハと笑ったのはシンク副団長だった。新進気鋭の若手俳優のような爽やかな笑顔だ。参考にしよう。


「シンクよ。貴様はこの状況を予期していたのか」


「マリスへ続く主要経路を2つも潰したからね。そろそろ来るかなとは思ってたよ。それでも予想より早かったけど」


「さっき見たら100人超えてたぞ。流石に5人じゃ捌き切れんだろ。どうすんの?」


「そうだねぇ。イケダさん、どうすればいいと思う?」


 爽やかイケメンに振られた。一番最初に思いついた案を述べてみる。


「場所だけ貸すというのはどうでしょう。幸いにも建物数は潤沢です。大工さんの内装工事が間に合っていない宿屋もありますが、ひとまず雨風をしのげたら文句は言えないはずです」


「うん。ボクもそれが良いと思う。食事は希望制の先着順にして、トランスさんが作れるだけ作る。あとは退館後かな。たぶん掃除が間に合わない」


 確かにそうだと頷く。素泊まり形式でも最低限の清掃は必要だ。


 隘路の復旧工事が長引くと仮定して。今後もコンスタントに100人以上宿泊する可能性は高い。単純計算で毎日100部屋の掃除が必要だ。頑張れば間に合うか。掃除に割く時間と掃除範囲によるだろう。


「人手が足りんってことね。しゃあねーな。あーしが何とかしてやるよ。とりま豚オーク、支度金の半分よこせ」


「は、半分?5千万ペニーもか。何に使うのだ」


「人手を集めるんだよ。真っ当なやり方じゃ短期間で希望数を確保すんの無理なんだから。金使うしかないだろ」


「いや、しかし。5千万は流石に多すぎないか?」


「馬鹿が。全く商機見えてないやん。いま使わずにいつ使うって話だし。この大波に乗れば、5千万なんてすぐに回収できるから。大人しく払っとけ市長」


「ぬぅ。他の3人も同意見か」


 シンクが隣で頷くのが見えた。俺も頷く。セレスも同じ動きをした。


「くぅぅ、多数決の暴力めが」


 苦悶の表情を浮かべながら、自身のバッグから羊皮紙を取り出して、さらさらと何か書いた。委任状だろうか。書いた用紙とギルドカードをセリーヌに手渡す。彼女はひったくるように受け取った後、にやあと邪悪な笑みを浮かべた。普通に5千万以上引き落としそうだった。


「よし。この打合せ終わったら早速出発するわ。10日以内に戻るから。それまではお前らで頑張れよ。あ、あと奴らからいくら巻き上げんの?」


 奴らとは宿泊客のことだろう。自然とシンクに視線を向ける。彼はセレスへ視線を送った。


「この前の買い物で、ベッド用の敷布団はいくつ買ってたかな」


「20。毛布は50」


「となると毛布付きベッドが20で、毛布のみが30か。周囲の市町と相場を照らし合わせて、ベッドありが3千ペニー、毛布のみが2千ペニーでどうだろう」


 反論材料はない。大人しく頷く。セレスとジークも口を開く様子はない。だが当然のごとく言い返す女がいた。


「安すぎるやろ。もっとボレるぞ」


「いや。この値段がギリギリだと思う。建物は最低限の品質だし素泊まりだからね。これ以上を求めたら、野宿でもいいやになるんじゃないかな。でもボクだって薄利少売に甘んじるつもりはない。付加価値で勝負すべきだと思う」


「付加価値?」


「トランスさんの料理だよ」


 一斉にセレスへ視線を向ける。当の本人はいつもの無表情だ。


「にゃるほどね。一食いくら?」


「3千ペニー」


「ひゅー。やるねぇ。いいじゃんいいじゃん。お前も男らしいとこあんのな!」


 セリーヌがシンクの背中をバンバン叩く。非常に痛そうだ。しかしシンク本人はちょっとだけ嬉しそうだった。どういう心境だろう。


「おいおい。そんな法外な価格設定で売れるのか」


「大丈夫だと思うよ。ね、イケダさん?」


「ええ。むしろ安いくらいです。それほどの価値があります」


「…………」


 セレスをチラ見する。無表情は変わらない。何を考えているのだろう。好意を持たれていると感じたのは錯覚だったのか。


 セリーヌから根耳に水情報を聞いた後、何度確認してやろうと思ったか。お前は俺のことをどう思っているのかと。


 だが出来なかった。今の関係は壊せない。特に悪い方へ転がった場合は、俺がどうなるか分からなかった。


 彼女はこの世界の拠り所だ。彼女を失ってしまったら恐らく詰む。俺の人生。


「決めることは決めたかな?では早速動き出そうか。セリーヌ様は人材確保。トランスさんは食事の用意。ボクとイケダさんとジークさんは前金の徴収と部屋割当て並びに誘導、寝具の用意。今日はまだ大丈夫だけど、明日からが大変だと思う。トランスさんは料理に専念してもらうとして、ボク達3人でお客様対応と掃除、ベッドメイキングをしなきゃいけない。大変だと思うけど頑張ろう」


「うむ」


「はい」


 キラキラ笑顔の騎士様に返事をする。彼の笑顔はヒトを安心させる作用がある。これがリーダーシップ、指揮官の素養なのだろう。


 ジークもうむ、うむと大きく頷いていた。市長もっと頑張れよと言いたいところだが、俺も同じようなものだ。平社員A、平社員Bとしてジークとは傷を舐め合う関係を保ちたい。


「しかし行き当たりばったりだな。この調子で大丈夫だろうか」


「大丈夫だよ。計画と準備は諸刃の剣だからね。たとえ先に労働力を確保していても、宿泊客が1人も来ない未来があり得たわけだし。利益を確保してから動いても遅くはないよ」


「ううむ。そんなものか」


 2人の会話をボーっと聞いていると、ちょいちょいと肩を叩かれた。振り返る。セリーヌだった。


 耳を貸せとジェスチャーされた。彼女の方へ頭を近づける。


(めっちゃムキムキで働き盛りの男と、いたいけなガリガリ少女。どっちがいい?)


 眼を見開いて彼女を見つめる。


 こいつはどこから人材を調達するつもりなんだ。

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