第135話 歌姫のMeddlesome

「不労所得って知ってる?」


 テクテクと。犯行現場へ向かう。隣には発起人のセリーヌ氏。彼女が唐突にドリーミングな話題を振ってきた。


「知ってますけど。自らが働かずに得られる収入ですよね」


「それ。金持ちの特権的なやつ。あーしもそろそろ足を踏み入れようと思ってる次第」


 今回の旅は2人だ。セレスもジークもシンクもいない。だからといって間違いが起こるわけもない。


 セリーヌとは魔物討伐で多くの時間を過ごしている。その間は何もなかった。今後もないだろう。


 そう思いつつも魔法を取り戻し対等の立場を得たことによって、少なからず俺の心境も変化していた。


「あ、もしかして急にやる気を出したのは、宿屋経営で不労所得を得るためですか」


「そそ。最近色々あったじゃん?お前が急に魔法使えなくなったり。災厄が襲ってきたり。明日は我が身じゃないけど、あーしも考えさせられたわけ。例えば四肢のどこかを欠損してさ、魔物討伐で日銭稼げなくなる可能性だってある。そしたらもう収入ゼロよ。ゼロ。そりゃ危機管理にも走りますわな」


「意外だ。もっと刹那的な生き方をするヒトだと思っていました」


「あーしの新たな一面を見て惚れ直したか」


「1回でも惚れさせてから言ってください」


 旅の目的は2か所の隘路を塞ぐことだ。1か所はフィモーシスから東に歩いて3日程の距離にある。もう1か所は西に歩いて3日。今回は東の隘路を通行止めにする。


 3日。今までは何とも思わなかった。この世界は交通機関が発達していない。数日を移動に要するのもザラだ。


 だが魔法を取り戻して考えが変わった。魔法の可能性は無限大だ。特に俺の場合はスキルポイント制なので自由度が高い。


 次は移動魔法を習得する。必ず。瞬間移動系なら尚良し。時短時短だ。


「惚れてるで言えば、お前トランスのことどう思ってんの?好きなん?」


「え。ちょっと。唐突過ぎますよ。ブチ込んでやりたいとは思ってますけど」


「ぶち込むて。ちょいちょいあーしの想像を上回ってくるよね」


 こちらの台詞だった。予想外の質問過ぎて謎の形容を使ってしまった。


「どこでそう思いました?」


「どこって言うか。そもそもお前からじゃないっていうか。まぁあーしから言えるのは、あの女はかなりヤバめってことくらいよ」


「ヤバめ」


 眉間に皺を寄せる。聞きたくない言葉だ。トーシローならガン無視する。セリーヌはできない。彼女は恋愛ないし性交経験が豊富だ。色事に関しては格が違う。


「詳しく」


「うーん。一言でいえば、病んでる系?」


「ヤンデレ!」


「その言葉は知らんけど」


 まさかの診断だった。確かに元気系ではない。溌剌系とも程遠い存在だ。だが病んでいるとは思わない。クール系が正しい。


「あいつの行動聞いたし。獣人国からマリスまでお前を追いかけてきたって。まずこの時点でおかしい。イカレてる。狂気の沙汰」


「そこまで言わなくても」


「いいか?お前に会いたいがために追いかけてきた。これが真実なら完全に病んでる系。浮気したら絶対に刺される。好きが重すぎるやつよ。男が特殊でない限り破綻するのは間違いなし。まじやば」


「ヤバいですね」


 意識していなかったが、確かにヤンデレっぽい行動だった。思春期を孤独に過ごした影響が如実に表れている。


「あれ。真実なら、とおっしゃいました?真実でない可能性もあるということですか」


「うん。色恋以外の理由でお前を追いかけてきたかも。てかあーしはこっちだと思う」


「うそやん」


 隣を歩く彼女の右肩を掴む。すぐに振り払われた。視線が合う。本気の眼をしていた。


 まさかでしかない。セレスが俺をマリスくんだりまで追いかけてきた事実は、彼女が俺に好意を抱いている証左だと。そう思っていた。


 あとはいつ告白するか。それだけだったはずなのに。


「計画がパーじゃないですか…………この悪魔!人でなし!俺の夢を返せ」


「八つ当たりにも程があるだろ。つかマジでトランスに惚れられてると思ってたの?クッサ。臭すぎる。やっぱモテない奴ほど自信過剰だよな」


 我慢できずに膝をつく。ハッピーエンドまで秒読みと言ったのは誰だったか。こんな展開は誰も予想できない。


 セレスが俺を追いかけてきた理由は色恋じゃなかった。そんなはずはない。あり得ない。否定の言葉が頭を占める。一方で別の理由を思案する自分もいた。


「なんか心当たりないの?」


「分からぬ」


「災厄もトランスのこと知ってたみたいだけど」


「分からぬ」


「何が分からんの?」


「分からぬ」


「駄目だこりゃ」


 絶望問答を繰り広げる俺にセリーヌが匙を投げる。会話に割けるキャパはない。


 再会した事実に安心しきっていた。これからは素晴らしい未来が待っていると思っていた。だが違った。全ては俺の空想妄想が生んだ虚構世界だった。


「なっ?ヤバい女だろ」


「そうですね……」


 所帯を持つのは当分先になりそうだ。

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