第134話 光明のDelinquency
閑古鳥を実際に見たことはない。そもそも実在するのかさえ不明だ。正式名称ではないのかもしれない。
ジーク達が帰ってきてから5日。
そんな取り留めのないことを考える程度には、閑古鳥が鳴いていた。
★★★★
セリーヌが連れてきた大工は非常に優秀だった。還暦を超えるまで大工一筋だったこともあり、必要な知識、技術は網羅していた。俺の拙い石造建築に少し手を加えるだけで、人の住めるラインまで持っていった。
ベッドなどのアメニティ類は、セレスの指示のもと全員で用意した。素泊まりではあるものの、最低限の準備は整えた。そうして宿屋一号店を開店するまで至った。
至ったのだが。
開店から3日。
未だ客ゼロ。ノービジター。閑古鳥が大絶叫。
町の何でも屋さんとして宿屋一号店の受付を任された俺は、欠伸を噛み殺しながら金策について考えていた。
金策とはフィモーシスの財政ではない。俺個人の借金についてだ。15億もの大金をどのように返済するか。
一番手っ取り早いのは魔物討伐だ。討伐と素材買取は儲かる。特に討伐対象がランクCからBに上がると金額も跳ね上がる。ランクAはもっとだ。セリーヌの付き人をしていた経験が生かされている。
氷魔法を取り戻した俺ならランクAも倒せるはずだ。1依頼で数十万ペニーは固い。50万と仮定すれば3000回。3000回ランクAを倒せば借金返済可能だ。
「…………」
1日1依頼。1年間が360日なので約9年。9年間毎日、ランクAの魔物を倒す。
無理じゃない。無理ではないが、効率は著しく悪い気がする。もっと良い方法があるはずだ。
考えろ。義務教育に加え高校、大学と16年間も勉学に勤しんだ。思考力は植え付けられている。手持ちの材料で15億の借金を効率よく返済する方法。思いつくはずだ。
「………………あかん」
犯罪系の方法しか思い浮かばない。お金持ちを脅迫する、国庫を強襲する、ロスゴールド氏を亡き者にする、借金に関わる書類を全て隠滅する。
出来ないことはない。ただ後には戻れない。極悪非道人生に足を踏み入れる。グラセフまっしぐらだ。
悩ましい。どうしようかと頭を捻っているところへ、カランコロンと音がした。入店の合図だ。すわ第一号のお客様かと見やれば、入口に立っていたのはセリーヌだった。
★★★★
「無能ゴミくずゲロチンポ共が全く動かんから、あーしが打開策考えたってわけ」
開口一番に罵られる。無能ゴミくずと称された男性陣は肩をすくめるばかりだ。
「打開策というと、宿屋の運営に関してでしょうか」
「あー、その前に。シンクお前さ、このチンポと口調被っててウザいから。タメ語使え」
指を差されたのは俺だ。確かにシンクも俺も敬語を用いている。しかし口調が被っていてウザいとはどういうことなのか。意味が分からない。
「タメ語……分かったよ。これでいいかい?」
「それはそれでウザいけど。まぁ許す」
金髪女の理不尽な要求に対してシンクは柔軟に対応した。さすがは元騎士団の副団長だ。厄介者の扱いは心得ている。
「話を戻すけど。打開策というのは宿屋の運営に関してかな」
「そう。未だ客ゼロやろ。ゼログラビティ。原因は明白っしょ。ブタ、答えてみ」
「不況だから」
「ゴミが。それ以前の問題だろうが。マジ脳までブタだし。チンポ、お前は分かるよな」
「みんな野宿が好きだから」
「ゴミ二号!誰が好き好んで固い地面で寝るかよ。マジどういう思考回路してんの」
セリーヌがやれやれだぜと首を横に振る。酷い言い草だ。好き好んで床寝する男もいるというのに。
「つい先日までフィモーシスは荒廃していた。訪れたところで野宿以外の選択肢が無かった。だから行商、旅行客ともにフィモーシスを経路から外している。いつまで経っても誰一人訪れないのは当然かな」
「シンクてめ。分かってたんなら、もっと早く言えや。お前みたいな、私は知ってましたけど?キャラが一番腹立つんだよ。出し惜しみすんな。ゴミ」
「正解しても怒るんかい」
まるで無差別破壊兵器だ。触れるもの皆傷つける。セリーヌはふんっと鼻を鳴らしながら、セレスの方へ視線を送った。
「この前、町行ったときに地図買ってただろ。出して」
「ほい」
「え」
驚きまなこでセレスを見つめる。いま、「ほい」と言わなかったか。はい、ではなくほいと。
しかし誰も指摘する様子はない。聞き間違いだろうか。当の本人は「収納」から地図を取り出してセリーヌへ渡していた。
「えーと。あーしの見立てだと、こことここが主経路。たまにこの道使うやつもいるかな」
地図を何箇所か指さす。テキトーに指しているようにしか見えない。ただシンクはウンウン頷いている。間違っていないらしい。
「経路を特定してどうするのだ。それよりも近隣の市町村へ行って宣伝した方が良いと思うぞ。フィモーシスに宿屋ができたと」
「普通はな。そうするわな。でもあーしが普通をやるわけないよな。分かるよな?」
ジークと顔を見合わせる。分かっていない顔だった。恐らく俺も同じ表情をしている。一般の思考を逸脱しない我ら平民では、異端者の思惑など知る由もない。
セリーヌは勿体ぶらずにつづけた。
「ここと……このあたりか。地図上じゃ分かんないと思うけど、メッチャ道が細い。隘路ってやつ。この2地点を無理やり通行止めにする。そしたら北と南の往復はフィモーシスを通るしかなくなる。必然的に宿屋の売上爆上がり。理解?」
「……………」
理解。理解はした。
ただ納得は出来なかった。
「それメチャクチャ犯罪ですよね」
「知らん」
「知らんて」
「観測者がいなきゃ犯罪だと露呈することも無いわけで。要はバレなきゃいいんだよ。バレなきゃ」
「いやいや」
暴論にも程がある。そう思っているのは俺だけではないはずだ。
ジークとシンクを見やる。すると彼らは予想に反して、うんうん頷いていた。
「あり、だね」
「うむ。考えうる中で最上の結果が得られそうだ」
「うそでしょ」
何故か受け入れていた。前向きである。それどころか「うそでしょ」と零した俺に、疑念の視線を向けてくるではないか。
「セレスさんから何か言ってやってくださいよ」
「なんか」
「おい!」
「冗談。そんなに心配ならあなたが実行に移せばいい。というよりもあなたしかできないと思う。家を建築出来る程の土石魔法なら、隘路を通行止めにするのも難しくないはず。難しくないよね?」
「え。まぁ、その、出来そうではありますけど」
小首をかしげる仕草に思わず肯定の意を示す。美人はずるい。何でも許してしまいそうになる。
「じゃあ実行犯はイケダでけってーい。道案内としてあーしもついて行くけど、実行するのはお前な。マジ証拠残すなよ。雑魚犯罪に引っかかるのはまだいいけど、国家反逆罪に問われたら一発で死刑だから」
「やっぱりやめましょうよ」
「だったら代替案あんの?さっきブタが言ったような、のほほんとした案は駄目だぞ。都市再生の準備金として1億支給されたけど、こんなのあっという間だから。つか先行投資に回したいし。結果なるはやで黒字転換しなきゃいけないわけ。犯罪だなんだって文句言ってる暇ないのよ」
「…………」
セリーヌの勢いに二の句が継げなくなってしまう。自分が正義だと思っていた。だが彼女の言を聞いていると、まるで俺が無茶ぶりを言っているように感じてしまう。
果たして俺はセリーヌほどフィモーシスの未来を考えていただろうか。自分の借金ばかり心配していなかったか。そんな俺に彼女を否定する権利はない。
「…………」
というか何故こいつは急に本気を出し始めたんだ。
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