第132話 帰還のAstonishment
8日間。これは私たちがフィモーシスを空けた期間です。
予定通り近隣の町で大工と雑貨類を調達して戻ってきました。
大工は60代の男性です。男やもめで身寄りもないので、ついてきてくれるとのことでした。何故かセリーヌさんばかりに話しかけているところは気になりますが、腕が立つなら問題ないです。
野菜の種や生活用品などもまとめ買いしました。持ち運びが大変そうだなぁと心配しましたが、トランス氏が「収納」してくれました。闇魔法様様です。お陰で余計な荷物を背負う必要もありません。移動も非常にスムーズでした。
そんなこんなで8日間。フィモーシスは一変してました。
「これなんなん?」
誰も答えられません。何故なら誰も分からないからです。
出発した時は1メートルもない木柵で囲われているだけでした。ですが今は、立派な石壁に変貌を遂げています。見上げる程の高さです。10mは固いです。その石壁が都内をぐるりと囲んでいます。もはや要塞です。
入口と思しき巨大門は開け放たれていました。互いに顔を合わせながら、恐る恐る足を進めます。
「うわっ、すごい」
敷地内も驚くべき変わりようでした。私たちが出発した際は野原しかありませんでした。見渡す限り草原でした。
しかし今や数々の建物が並べられています。50は超えているでしょう。全て石造りです。平屋もあれば10階建て以上の建物も散見されます。
建物はフィモーシス中心部に密集しています。その真ん中には真っ黒の円柱がありました。上端が確認できません。高さが分からない建物なんて初めて見ました。
「なんということでしょう」
トランス氏が呟きます。言葉とは裏腹にあまり驚いている様子には見えません。イケダさんは意識して表情を変えないようにしていますが、彼女は根っから無表情なのでしょう。
「誰がやったと思う?」
セリーヌさんが問いかけてきました。3人同時に答えます。
「あのヒトだね」
「彼」
「奴だ」
「まぁ、あいつしかおらんわな」
全会一致です。こんなことを仕出かすのは、イケ何とかさんしかいません。「これ俺いる?」と苦笑いを浮かべる大工さんが不憫でなりません。
中心部に向かって歩いていきます。進むにしたがって建物の質が向上している気がします。外縁部は最低限住めるといった様子でしたが、このあたりは中流家庭が住んでいるような見た目です。
真っ黒の円柱の足元までたどり着きます。そこに彼はいました。
私たちに気づくと、円柱の土台から立ち上がりました。柱の色と同化するように全身真っ黒の服を着用しています。
「カカカ」
開口一番、変な笑い方をしてきました。これには戸惑いを隠せません。シンクさん達と顔を見合わせます。
「帰ってきたな、人間風情が」
「どうしたの。災厄の真似なんかして」
トランス氏が切り込みました。確かに口調は災厄を彷彿とさせます。
「ククク……」
「クククじゃねえよ。キャラ変する前にこの状況説明しろや」
「ククククク………カカカカカカカカ――――うおっ!」
それは突然でした。天上より一筋の雷光がイケダさんに落とされました。バチバチとともに何かが割れる音がして、再び静寂が訪れました。
イケダさんは「はわわ…」と零しながら尻もちをついた後、天上へ向けて「ソーリーソーリー!」と叫びました。天上からは何も返ってきませんでした。
「あのー、イケダさん。あなたはいったい何が目的で、何をしているのですか?」
「いや目的というか。ちょっとしたドッキリというか。少し羽目を外し過ぎて怒られた感じです」
首をひねります。全く要領を得ない回答です。
「ひとまずおかえりなさい。どうでした?目的は果たせました?」
「概ね果たせたが、この様子では大工を連れてくる必要も無かったな」
「なんか土石魔法で建築出来ちゃって。ただ細部までは行き届いていないので、そのあたりやって頂けると助かります」
「出来ちゃって、って……」
そんな簡単に出来るものではありません。土系魔法による建築は古来の技術であり、現在では一部の魔族でしか採用されていません。
魔法建築には3つの条件が必要とされています。魔力量、魔力濃度、魔力循環です。どれか1つでも足りなければ、一般の建築方法に後れを取ることとなります。そして3つを網羅する人物はほとんどいません。
「ダーイケさぁ。なんなん?家建てれるなら最初から言えよ」
「それがですね。自分も土石魔法で家を建築出来るなんて知らなかったんですよ。ある方から教わったというか、着想を頂きまして」
「ある方とは?」
「フランチェスカ。貴方達で言う災厄です」
「はぁ!?」
驚きのあまり飛び跳ねてしまいます。まさかこんなところで、例の名前が出てくるとは思いませんでした。
「えーと。整理させてくれるかな。災厄はイケダさんが倒した、つまり殺したよね?」
「実は死んでいなかったのです。ガッテム!」
「嘘だしょ。みんな殺されたと思ってるやろ」
シンクさんはもちろんセリーヌさんまで、信じられないものを見るような視線をイケダさんへ向けています。誰もが受け入れがたい現実でした。
「……さっきの雷光は、災厄の魔法に酷似してた。つまり災厄は、この黒い筒状を辿った先にいる。そういうこと?」
イケダさんはトランス氏の言葉に頷きで返しました。なぜ彼女だけ落ち着いていられるのでしょう。災厄が生きている可能性を考慮していたのでしょうか。それはそれで恐ろしいです。
「ちょっと待って。災厄がここにいるとして。なぜ攻撃してこないのかな?聞く限りだと、協力的な態度をとっているように思えるんだけど」
「ハッキリとした理由は分かりません。ただ何というか、思ったほど悪いヒトではないんですよ。話も通じますし。ただこの塔を見て分かると思いますが、スケールの大きい方なんです。そんな彼女からしてみれば、マリスを襲ったのも些末というか。結果的に中々楽しめたから満足した、みたいな。伝わります?」
「いや全く。お前マジで要領得ないよな。今度から説明下手糞君って呼ぶわ」
「やめてください」
「結論を聞こう。災厄は我らを殺すつもりはないのだな?フィモーシスに害をなすこともないな?」
「……………」
一瞬口を開きかけるも、視線を落として考え始めました。再び顔を上げたときには柔和な表情に戻っていました。
「大丈夫です。断言します。今後彼女が敵になることはありません。絶対に」
「そう」
それで終わりでした。トランス氏の返した2文字は、これ以上の問答は不要とでも言うような雰囲気を生み出しました。
もう少し突っ込んだ部分を聞きたかったのですが、止むをえません。私は空気を読むオークなのです。
「いや根拠言えよ。あと絶対って口にすんな。絶対はこの世にないから」
しかし空気を読まないオークがいました。いや失礼ですね。正確には、空気を読まないオークのような女性がいました。
イケダさんはセリーヌ氏へキリッとした表情を向けながら口を開きました。
「私が信用できませんか」
「時と場合による」
「今は?」
「…………まぁ、ギリできるかも」
できるのか!とツッコみそうになるのをグッとこらえます。この展開は驚きです。てっきり「信用できるわけねーだろ。ばーか」などの暴言を吐くとばかり思っていました。
私が想像する以上に、セリーヌ氏はイケダさんに心を許しているのかもしれません。しかしこうなってくると別の問題が生まれます。いわゆる三角関係というやつです。
火薬庫へ目を向けると、ニコニコ笑っていました。超絶笑みです。むしろ恐ろしいです。笑顔の裏では嫉妬に狂っているのかもしれません。
「とりま分かった。ほんで災厄様とは会えんの?あーしらも会話できるんか」
「たぶん。ちょっと呼んでみます。おーい、フランさーん!」
イケダさんが顔を真上に向けて呼びかけました。5秒、10秒、30秒と待ちます。しかし反応が返ってくる様子はありません。
「返事来ないね」
「そうですね。まぁ気が向いたら会ってくれるでしょう。ひとまずお昼ご飯でも食べませんか?石造りの厨房を用意したんですよ。さぁセレスさん、こちらです」
イケダさんがトランス氏を引き連れて歩き出します。彼女に調理頂く算段でしょう。
「…………」
黒い円柱を見上げます。
この上に災厄がいる。到底信じられません。ただ異次元の高さを誇る建物は、これまた異次元の存在にしか建築出来ません。
フィモーシスの市長に就任して数日。
たった数日で、都市のヒエラルキーが明確に変わってしまいました。
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