第131話 無慈悲なNobody Knows
フラン様と再会した翌日。
俺はナゾの建物群を前に呆然と立っていた。
ナゾと言ったが発生源は分かる。俺だ。俺が建てた。土石魔法による時短建築だ。
「家と呼べなくも……ない」
外観は石造の家だ。シンプル真四角設計。貯蔵庫や牢獄のようにも映る。家は家だ。住めないことはない。
フラン様のホワイトハウスと比べると雲泥の差だった。比較することさえ烏滸がましい。宿屋としても最低限のクオリティ。ギリギリ許されない程度。ひとまず雨露はしのげる。
「デザインに改良の余地あり、か」
「なんだこれらは。ゴブリンの住処かの?カカカカカ」
振り返る。フラン様が立っていた。今日も人類形態だ。美しい。セレスと出会っていなければ惚れていた。
「こいつらはいつ建てた?」
「昨日です」
フラン様が一番近くの建物に近づき、外壁に手を当てた。接触箇所にぽわんと青白い光が灯る。数秒を経て手を離した。
「ふむ。強度は悪くない。魔力循環も正常だ。50年は持つだろう。カカカ」
「ご確認ありがとうございます」
お墨付きを頂いた。半世紀も形状を保つなら十分だろう。やはり問題はデザインだ。
「土属性。更には氷属性。それ以外は使えるのかの」
「いいえ。属性はその2つです」
「ふむ。これ程の質、濃度なら2つでもお釣りが来るだろうて。カカカ」
愛想笑いを浮かべながら、例の透明ウインドウを開く。
【パーソナル】
名前:池田貴志
職業:白銀の守り人
種族:人間族
年齢:26歳
性別:男
性格:外弁慶
【ステータス】
レベル:38
HP:3334/3442
MP:40886/42555
攻撃力:889
防御力:1132
回避力:590
魔法力:43404
抵抗力:2589
器用:712
運:412
【スキル】
ステータス:4
回復魔法:10
MP吸収:54
氷魔法:45
解読魔法:1
同調:1
土石魔法:20
スキルポイント:0
フラン様のおっしゃる通り、お釣りが来るほどの能力だ。
ゴブリン虐殺とレッドドラゴン1匹分の経験値がレベルを40弱まで引き上げた。MPと魔法力は4万を超えている。氷魔法は45、土石魔法は20とスキルレベルも凄まじい。
あの頃ではない。手加減されて命を保った数か月前とは違う。このステータスだからこそ、フラン様と渡り合えた。そしてこれからも成長を続けるだろう。これ以上強くなってどうするのかという疑問はあるけども。
視線を感じた。1人しかいない。フラン様だ。俺の顔を見ている。そう思ったのだが違う。ついさっきまで俺が見ていた場所を注視していた。
まさか彼女にもステータスウィンドウが見えているのだろうか。俺の疑念が通じたのかは分からない。フラン様はニヤリと笑みを浮かべた後、ようやく視線を合わせてくれた。
「座れ。茶を入れてやる」
「はぁ」
いったい何処へと思ったのもつかの間。一瞬でホワイトテーブルとホワイトチェアが目の前に現れる。フラン様が一方のチェアへ座り、これまた何処から出てきたのか、白いティーカップに紅茶色の液体を注ぐ。
俺も慌ててもう一方の椅子に座る。目の前には湯気が立ったティーカップ。彼女の視線に促され一口すする。
「美味しい」
紅茶よりもコーヒーに近い。程よい酸味と苦みを感じる。後味はスッキリで飲みやすい。もう一口、もう一口と喉を潤す。
「………貴様は」
「え?はい」
ティーカップから視線を上げる。フラン様の切れ長二重に見つめられていた。
「これまでも。そしてこれからも脚光を浴びることはない。日の目は見られないと思え。一生な」
「えぇ…」
げんなりした表情を向ける。お茶を出してまで何の話かと思えば、人格否定ギリギリの池田下げだった。ひどい。
「あくまで貴様は過ぎたる力を持つ一般人よ。性格は農奴に近く、英雄とは程遠い。常に利用される側であろう。発信力、開拓力はほぼ皆無と言わざる得ない」
「すみません、飲み物のお代わりを頂けますか」
「駄目だ。先の妾との戦いにおいても、貴様は主役だった。マリスの救世主と呼べようて。だが世間は誰一人として貴様を知らぬ。どこぞのはぐれオークが祭り上げられておるぞよ。そうして貴様の物語は闇に葬られる。誰も知らない物語の完成だの」
空のティーカップに視線を落とす。何もない。寂しいなぁ。
「顔を上げよ」
大人しく従う。視線が合う。笑っていた。
「だが。だがの。妾は知っておる。妾だけは知覚できる。貴様の努力も、苦悩も、絶望も。何をして何を成したか。文字通り全てを。それはこれまでも、そしてこれからもよ。嬉しいか?カカカカカ!」
「いえ、あの…………そういう理解者ポジションいらないっすよ。自分大人なので。自分の中で消化できるんで。はい。ご苦労様です」
「きさっ………」
眼を吊り上がらせながら右手を振り上げた。椅子から立ち上がって身構える。
少々の恥ずかしさを感じた結果、思わず煽ってしまった。大人と言っておきながら、やることは子供だ。更に恥ずかしさを覚えつつ氷魔法の準備をする。
肩で息をしながら怒りのこもった眼で睨みつけてきたフラン様だったが、フーっと大きく息を吐いた後、突然カカカと笑い出した。狂人かこいつ。狂人は狂人だった。
「相変わらずの減らず口よ。もし妾の気が短ければ、今頃塵一つ残っておらぬぞ。カカカ。慈悲深い御主人様に感謝せよ」
「御主人様て。まぁそうですね。感謝します。ありがとうございます。確かに私が表舞台に立つことはないかもしれません。認めます。英雄気質でないことも認めます。ただ1つだけ、否定させてください」
「ほう」
「私は、自覚して利用されています。それは贖罪の意味もありますが、許容できるリスク、リターンが存在するからです。ただし範疇から逸脱した場合は、私も道を外れます。自分が何を飼っていたのか思い知ることとなるでしょう」
「……………あー」
中々流暢に話せたなと心の中で自画自賛する。しかし正面の女は、うわぁ…という表情を向けてきていた。
「よくもまぁ、そのような小恥ずかしい台詞が出てくるものよ。『自分が何を飼っていたのか思い知ることとなるでしょう』って。孫の代まで恥ずべき言葉ぞよ。いや引いた。本気で引いたわ。女っ気がないのも頷ける。ハッキリ言ってやろうぞ。貴様は気持ちが悪い」
「きもっ……!」
思わず立ち上がり右手を振り上げる。手中にはいつの間にか氷が握られていた。
冷たさを感じながら、憤怒の心を落ち着かせる。ふぅー。ふぅー。大丈夫だ。俺は気持ち悪くない。思い返すと確かに気持ち悪い台詞を吐いていた。ただ俺は気持ち悪くない。無問題だ。
手中の氷をティーカップに落として腰を落ち着ける。
「ふぅ………命拾いしましたね。もしも私が短気だったら、今頃ホワイトハウスを木端微塵にしていましたよ。私の優しさに咽び泣くべきでしょう」
「………………」
ジト目を向けられた。セレスに負けず劣らずのジトっぷりだ。
何故か居心地の悪さを感じながら、ティーカップの氷を人差し指でクルクルする。
理由は不明だ。2度刃を交えた影響か、受け答えが気に入ったか。分かっていることは、俺はフラン様に嫌われていないということだ。
彼女は災厄だ。人類を脅かす危険性がある。一方で話は通じるし分別もある。あと美人。これ大きい。美人は異性の敵を作りにくい。
嫌われないように頑張ろう。少なくとも彼女がここにいてくれる間は。
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