第129話 魅惑のEvildoer
フィモーシス空中庭園ホワイトハウスにて。
「あれ?えーと」
「座れ」
女性が向かいのソファを指さす。長くて白い指だった。その所作に見惚れつつ、グルリと部屋の中を迂回してソファに腰を下ろす。
女性の顔を見る。その瞬間、雷に打たれたかのような衝撃が走ろうとしたものの、体中から魔力があふれ出すことによって、衝動が抑え込まれた。
「あ?は?あれ」
「カカカ。やはり魅了は弾かれるか。さすがの魔力障壁よの」
訳も分からず正面の表情を見つめる。
一言で言うと美人だ。超絶美人。黒髪ロングストレートに整った眉、筋が通った鼻、少し釣り目なパッチリ二重、ぷっくりの唇、美肌。どれをとっても、誰がどう見ても美しい。特に日本人男性が好きそうな大和撫子系と言える。
「あのー、つかぬ事をお聞きしますが、以前お会いしたことあります?」
「なんだ。妾を口説いておるのか。ククク、相変わらず度胸のある男よ。そもそも妾と会話を交わすこと自体奇跡に近いというのに、それ以上を求めるとはまこと――」
「フランチェスカ?」
「さんを付けろ。薄顔野郎」
思わず立ち上がる。判断材料は口調と雰囲気だけだ。それでもまさかと思った。こんなことがあっていいものか。
「死んだはずじゃ」
「誰がそんなこと言ったかの」
「誰って……」
思い返す。誰も言っていない。そういえばロスゴールド大臣にもセレス達にも確認するのを忘れていた。
生きてやいまい。首都マリスの湖に沈んだままだと思っていた。マリスの健在がその証左だ。復活していたら報復は間違いない。そう思っていたのに。
「とりあえず座れ。妾を見下ろすな」
「あ、はい」
従う。未だ心臓はバクバクいっている。落ち着こう。すぅはぁ。
改めてフラン様を直視する。やはり美しい。セレスに匹敵する。紫肌の3m巨体はどこへいったのか。目線から考えて身長は俺より少し低い。肌色は白。瘦せ型だがおっぱいは大きい。最高だ。
「…………」
最高だ、ではない。何を見惚れているんだ。落ち着こう。すぅはぁ。
「生きていたのですね」
「半日間は身動きがとれなかったがの」
「どうしてここに?」
「認めがたいことだが、貴様は妾を打ち負かした。その功績は称賛に値する。しからば褒美を与えねばなるまい。しばらくの間、妾はこの地を拠点として活動する。もしも手助けが必要であれば声をかけるがよい。ただし。それ相応の対価は頂くがの。カカカカカ」
「いや、あの、褒美とかいらないんですけど」
「カカカカカ」
ガン無視された。聞く耳は持ってくれないようだ。
部屋の中を見渡す。モダンをベースにシックさも表現しつつ、全体的に高級な作りに仕上がっている。この上ないセンスだ。
「もしかしてこの建物、1日で建てました?」
「1時間だ。妾にとっては造作もないよの」
相変わらずの規格外だった。よくもこんなバケモノを撃退できたものだ。
セレス達が何も言ってこなかったのも無理はない。恐らく建設したのは昨夜。彼女達が去った後だ。戻ってきたら驚くだろう。
フラン様が足を組み替える。それだけで色気があふれ出す。非常に艶めかしい。まさか仇敵に欲情するとは思わなかった。
「…………ダリヤの」
「え、はい?」
視線を上げる。笑っていた。気づかれただろうか。分からない。彼女もまた魔性を持つ女だ。
「ダリヤの長は誰かの」
「ロスゴールド経済産業大臣だと思います」
「ロスゴールドと言うのか。貴様も厄介な輩……いや、面白い存在に目を付けられたの」
「どういう意味ですか」
「貴様は何故ここにおるか分かるかの?」
眉間に皺を寄せる。なぞなぞだろうか。それとも哲学の話か。皆目見当もつかない。首を横に振る。
「どんな言葉を掛けられてこの地に赴任したかは分からん。ただロスゴールドの思惑は透けて見える。奴は最大限貴様の力を利用するつもりだ」
「えーと」
フラン様へ困惑の視線を向ける。俺の理解力が低いのだろうか。彼女の言葉足らずな部分もあるはずだ。
「まぁ分かるまい。妾のような超絶最高圧倒無敵具現者でなければ気が付かぬよの。コココ」
「それ自分で言っていて恥ずかしくないですか?」
「恥という感情は自信の欠如からもたらされる。己の自信の無さを他人に押し付けるなよ。臆病者が」
「ぐっ」
言葉が詰まる。思わず「ぐっ」なんて漏らしてしまった。主人公に論破される雑魚キャラの心地だ。
フラン様は「カカカ」と笑いながらティーカップに口を付けた。相変わらず艶めかしい。マダムの色香だ。
目の前に視線を落とす。俺の前には何も置かれていない。お茶か紅茶くださいと言ったら、貰えるだろうか。
「恐らくロスゴールドは貴様の思考を読み切っておる。貴様を御するつもりだろうて。だがそれは許さん。貴様は妾の玩具だ。ロスゴールドのガキが一線を越えようものなら、妾が立ち上がろうではないか。カカカカカ!」
「いや、その前に玩具て」
一瞬変な想像をしてしまった。フラン様に弄ばれる俺。悪くはない。ただ不埒な想像をするたびにセレスのカットインが入る。彼女は性の番人だ。
「ということは、フランさんが私を守ってくださるということですか」
「違う。ロスゴールドの思い通りにはさせぬ。それだけよ」
違うのだろうか。
「あ、ちょっと待ってください。妾が立ち上がるって、まさかまたマリスを襲撃するつもりですか?それはご勘弁ですよ」
「やらぬ。妾は博愛主義ゆえ。無駄な争いは好まぬ」
「えー」
「その証拠に、先の争いでは1人の犠牲も出しておらぬ。妾の慈悲深さよ。1人年嵩のいった男を黒魔族領へ転移させたが、それだけよの」
「は?本当に誰も殺していないのですか」
「ククク。信じるか信じないかは貴様次第よ」
「いや信じますよ。あなたはこういう時に嘘をつかないと思いますし」
「…………」
刃を交えたからこそ分かる、というわけではない。言葉の節々から誠実さが滲み出ている。真摯というか、潔いというか。
確かに彼女は多くの人を脅威に晒した。だから嫌いかと言われたらそうでもない。
生き物としての魅力がそう思わせるのかもしれない。
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