第128話 黒のTower of Fantasy
朝。天幕から顔を出す。爽やかな風が肌をなでつけた。
両側に視線をやる。何もない。昨日までは天幕が3つ並んでいた。今は1つだ。
シンクは往復で数日要すると言っていた。それまではヒトリ。孤独の都市再建。
「はぁ」
寂しさが募る。7日間も官邸に閉じ込められ、10日間も馬車に揺られた。その間にあった会話と言えば、ロスゴールド親子にイジメられたくらいだ。
「展開が早すぎる」
セレスと奇跡の再会を果たしたというのに、その余韻もなかった。セリーヌと生き残った喜びを分かち合う間もなかった。ジークやシンクともだ。
もっと話すことはあった。特にセレスとは話し足りない。マリスに至るまでの過程、クラブで働いていた経緯、フランチェスカとの関係、フィモーシスに呼ばれた理由。聞きたいことだらけだ。向こうも俺に確認したいことがあるだろう。
「そんなに急がなくていいのに」
昨日の今日で動き出す必要なんてない。どうせ大臣たちはフィモーシスの再建に期待していない。もしも本気なら、ジークフリードなどという素人オークに任せない。最初から専門家を中心に復興作業を行うはずだ。
「まぁ、帰ってきてからかな」
セレスとの話し合いも、今後についても。昨日は情報量が多すぎて唯々諾々と従うほかなかった。彼らが戻ってきたら本腰を入れて話し合おう。
天幕を出て水桶へ向かう。まずは顔を洗って、セレスの作り置きを食べよう。その後はフィモーシス周辺を散策だ。
歩き出してすぐに日差しが遮断された。雨かもしれないと空を見上げる。
太陽が雲で隠れている、かと思いきや。
「………へ?」
見慣れない塔があった。漫画のように目をこすってもう1度見上げる。同じだ。馬鹿でかい塔が陽の光を遮っている。
塔は凡そフィモーシスの中心部に位置していた。頂上は見えない。どこまで続いているのか。
「えーと」
落ち着こう。ひとまず頭の中を整理しよう。そう思ったものの、整理できるほどの情報を持っていなかった。なにせ昨日赴任したばかりだ。ほぼノーインフォメーションだった。
数分歩いて塔の足元に到着する。大きい。直径10mは余裕だ。真っ黒な石で構築されている。触ってみる。スベスベしていた。大理石のような肌触りだ。
見上げるもやはり頂上は見えない。空を突き抜けている。
昨日の時点では無かったように思う。確信は持てない。セレスやセリーヌと再会したインパクトが強すぎて、周囲を注意深く見渡す余裕は無かった。
一方でこれ程のモニュメントがあれば、ジーク達の方から話題に出してもおかしくない。しかしそんな話は出てこなかった。
「ということは……」
本日の未明から今朝にかけて建設された可能性が高い。それはそれでおかしいのだけど。
外周を1周してみる。黒の円柱が続く。それ以外に特筆すべきところはない。
周り終わってハタと気づく。入口がない。階段もない。建物に入る手段がない。
「分からん」
朝目覚めたら巨大な塔が立っていた。入口もなければ用途も不明。相談できる相手もいない。俺はいったいどうすればいいんだ。
「……まぁ」
そうだ。ジーク達ではないが、こちらも焦る必要はあるまい。
とりあえず朝食食べよう。
★★★★
微かに足元が揺れている。電気風呂のビビビに近い感覚だ。
視線を一点に集中させる。真っ黒の円柱だ。それ以外は見向きもしない。もしも視点をずらしてしまったら、心が挫けてしまう。
朝食を食べた後、日向ぼっこでダラダラして、再び寂しさが押し寄せた結果、俺はとんでもない愚行に走ってしまった。
無理やりにでも塔を登ってしまおうと決めた。今にしてみれば思いつきもいいところだ。そして思いついたとしても、実行に移すところまでいかないのが普通だ。
だが俺は実行に移した。移せてしまった。元魔王との戦いの中で習得した土石魔法が使えそうだと考えた。
やり方は簡単だ。自分の周囲2mほどの地面をそのまませり上げる。それだけ。せり上げを永遠と繰り返す。ただそれだけ。
魔力の残存は心配ない。スキル「MP吸収」で永遠に補填できる。空気中の魔力を取り込むやり方だ。これもマリス戦役で思いついた手法だった。
既に1分以上経過している。景色は変わらない。真っ黒円柱が続く。体感時速10キロとして、160m超上昇したことになる。未だ頂上には着かない。
ビル換算すると16階以上の高さだ。落ちたら確実に即死だろう。改めて自問する。何故俺はこんなことをしているのか。
「分からぬ」
飽くなき探求心がそうさせたのか。セレスやセリーヌに置いて行かれた寂しさが身体を動かせたのか。それとも見えない何かに引き寄せられたのか。
微振動とともに昇り続ける。風は感じない。四方に氷壁を張っている。もしも氷が無かったら、今頃突風で宙を舞っていたに違いない。
時間経過が曖昧になってきた頃、ようやく頂上らしきところへ到着した。
「えぇ」
思わず吐息を漏らす。
黒い円柱の先にあったのは、真っ白の豪邸だった。
二百坪はあるだろうか。平屋だが存在感は圧倒的だ。円柱1本で支えているとは思えないほどの大きさだった。
「えーと」
もちろん脳はフリーズしている。トンネルを抜けるとの次元ではない。誰が地上数百メートルに一軒家があると想像できようか。
「どうしよう」
調査隊を続けるべきか否か。ひとまず撤退するのもありだ。今見たことを持ち帰ってセレス達に報告する。再度調査隊を結成して、今度は複数人で調査する。真っ当なニンゲンならこのやり方を選択するだろう。
だが俺は真っ当ではない。真っ当だったらここにいない。異常者だからこそ、異常なモノを発見できた。ならば異常を貫くのも一興。
「行くか」
ここまで来たら最後までいこう。豪邸に侵入しよう。果たして居住者がいるとすれば、間違いなくひと悶着ありそうだ。やむを得ない。元魔王との激闘を経た俺に怖いものなど無い。たぶん。
石のお立ち台からホワイトハウスまでの距離はおおよそ20m。道を作らなければならない。石か氷か。一瞬悩んだものの信頼と実績の氷を選択。空中に氷道を作成する。
恐る恐る石台から氷道に足を乗せる。ちょんちょんや踏み踏みする。大丈夫。安定している。
ブレイブ・メン・ロードを思い出しながら氷道を進む。滑るのでペンギン歩きだ。非常に進みづらい。石道を選択するべきだった。
数分を費やして玄関っぽいところに辿り着く。荘厳な扉が開け放しとなっていた。
「…………」
罠なのだろうか。罠だとしたら何のためだろう。不明だ。分からないときはどうするか。前に突き進む。それだけだ。
扉をくぐり室内へ足を踏み入れる。小上がりになっていた。靴を脱いで揃えて並べる。不法侵入している時点で犯罪だが、エチケットは遵守する。それがイケダ。
通路の両側にいくつもの扉があった。全部閉じられている。一方で突き当り正面の扉は開いていた。まるでこちらに来いと言われている心地だ。
ここまできて引き下がれない。ズンズンと進み、勢いそのまま部屋へ入る。
見渡す。居間のようだ。かなり広い。パターゴルフ程度ならできそうだ。
部屋の中央に向かい合わせでソファが置かれている。その一方に、こちらに背を向けるカタチで誰かが座っていた。長い黒髪だ。女性かもしれない。
言葉を掛けようと口を開く。その前に部屋の主から声が届いた。
「ククク」
「え」
え。
まじ?
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