第126話 無垢なSpoiler

 天幕にて。セレス特製肉キノコ炒めが、フライパンのまま中央に置かれた。それを5人で囲む。


 天幕はシンクが調達したようだ。騎士団宿舎から3つほど拝借したと。それ窃盗じゃないのとツッコミを入れたが、「いずれ騎士団に復帰するので問題ありません」と呆気らかんに答えた。俺のシンク像がどんどん崩れていく。


「いただきーす。あむあむ。え、ちょ、うま!うますぎ修造!これヤバめの粉入ってるやろ」


 セリーヌが一気にフライパンの半分を平らげる。食べるのが早すぎる。言いたくないがアレのようだ。放送禁止用語。お前、こじ〇みたいだなと。


「本当に美味しそうですね。でもうーん、素手か」


 シンクが右手をクイクイさせている。スプーンやフォークがない以上、素手で食べるほかない。温室育ちなのだろう。デリケートな部分が隠せていない。窃盗はするくせに。


「あるよ。いる?」


 一斉にセレスを見る。彼女の右手には5本の木製スプーンが握られていた。


「え、あ、ありがとうございます」


 シンクが受け取る。続いて俺とジークも貰う。セリーヌは「もう手で食べちゃったから」と拒否した。


 さぁそれでは、とシンクがスプーンで肉を掬ったとき、またもやセレスから声がかかった。


「小皿もあるけど。いる?」


 再び視線をやる。彼女の右手には5枚の木皿が重ねられていた。


「有難いんですけど。えーとトランスさん、確かあなたは手荷物がありませんでしたよね?いったいどこから……」


「ここ。ちなみにフライパンもある」


 セレスが空中に手を差し込み、グイッと引っ張る動作をした。すると宙に真っ黒のフライパンが現れた。まるで手品を見ているようだった。


「おぇ!?は、ど、どういうことですか。あ。まさか、収納系の魔法・・・?」


 副団長の問いに頷く。可愛い。可愛いに美しさが相まって恐ろしささえ覚える。きゃわ美人。


 シンクが「初めて見た…」と驚く一方で、セリーヌは憤慨していた。


「おい!お前フライパン持ってんなら初めから言えや。むっちゃ必死に探したんやぞ。瓦礫漁ってさ。あーしの努力返せよ」


「聞かれなかったら」


「こっちが聞かなかったら何も話さないんか?コミュ力ゼロかよ」


「そんなこと言うんだったら、もうあなたには料理しない」


「……………」


 途端に絶望フェイスを浮かべる金髪女。余程肉キノコ炒めが美味しかったらしい。


 確かにセレスの料理は一級品だ。個人的には宮廷料理にも負けないクオリティだと思う。個人的には。


 俺も久しぶりの実家料理に手を伸ばす。モグモグと。あ、美味しい。スパイシーな味付けだ。白米にもお酒にも合いそうだ。


「どう?」


「美味しいです」


「そう」


 懐かしい会話だ。泣きそうになる。


 間違いない。彼女の隣は何物にも勝らない安心感がある。本当に実家のような心地だ。俺はこのために今日まで頑張ってきた。


「おいイケダ。何故目元を擦っている」


「涙出てきてくれないかなぁと」


「は?」


緑の彼ととりとめのないやり取りをしていると、金髪の彼女が話しかけてきた。


「ほんでダーイケ。大臣から褒美貰えた?」


「頂きましたよ。3年の労役と15億ペニーの借金ですね」


「ぶふぉ!じゅ、15億だと?」


 ジークフリードが驚きのあまり噴き出す。肉や野菜の欠片がセリーヌの顔に飛び散る。彼女は無言でジークの顔面に右ストレートをお見舞いした後、何事もなかったかのように続けた。


「いや嘘でしょ。マリスの英雄じゃん。対外的にはこの豚オークかもしんないけど、実際に災厄を倒したのダーイケだし。褒賞どころから借金背負わされるなんて信じらんない」


「本音は?」


「知り合いが暴れ倒した損害金を肩代わりさせられたんか。それも15億!はい、一生労奴けってーい。ざまぁ!」


 ぐへへへと笑われる。恒例の邪悪な笑みだ。やはりセリーヌはこうでなくてはならない。


「そういえば、私のダイナミックでハイブリットなファンタスティック大覚醒によるスペシャル大活躍は、もう皆さんにお話しされたんですよね」


「おかず多すぎだろ。まぁ実際そんな感じだったけど。行きの馬車の中で事細かに話してやったわ」


「ええ。聞きましたよ。イケダさんが再び魔法を使えるようになったのは、セリーヌ様のお陰なんですよね?」


「え」


 思わずセリーヌを見つめる。彼女も俺と同じような表情を浮かべていた。


「事実じゃん。あーしが助言してやっただろ。魔法が使えなくなった原因と全く逆のことすれば、戻るんじゃね?って。そんで何かやったら戻ったべ。マジあーしじゃん」


「まぁ、否定の余地はありませんが」


「だったら『え、こいつ何言ってんの?』みたいな顔すんなや」


 魔法が使えなくなった原因。それはスキルポイントを使用して魔封じを手に入れたからだった。だから逆のことをした。つまりスキルポイントを使用して、魔封じを削除したのだ。


 ミソはスキルポイントを使用することだった。単純に魔法元に戻れと願っても無駄だった。


「我の視覚を借りるよう言ったのもセリーヌ殿と聞いた」


「え」


「事実じゃん。現地にいそうな奴の見ているものを共有できるような魔法ないんか?って聞いたっしょ。そしたら何かやって、豚の眼を借りることできたべ。違う?」


「いえ。その通りです」


「だから、一瞬変なこと言った雰囲気出すなよ」


 スキル「同調」はセリーヌの助言から生まれたものだった。他者の五感を共有できるスキルだ。数十キロ離れた人物にも対応可能だった。


 今のところはジークフリードでしか試せていない。もしかすると同調できる相手に制限があるかもしれない。例えば知り合いかどうか、有機物か無機物かなど。今後確認が必要だ。


「土系魔法を習得するよう助言したのもあーしだよ、って言ってた」


「え」


「お前がいきなり『うわ、氷魔法遮断されてる!なんで?ちょ、え、どーしよ!』とか喚いたから、別の魔法使えないん?もしくは今覚えろ、って言ったら、何かやって土魔法習得したろ」


「一言一句そのままですね」


「もうこの展開いらんよ」


 正確には土石魔法だ。スキル一覧にそう書いてあった。


 フランチェスカには岩石ばかり放り投げていたが、土を操ることも可能なはずだ。たぶん。


「総じて、セリーヌ様のお陰で勝利を手にすることができた。そういうことですね」


 ニコニコ顔で同意を求めてきたのは元副団長だった。本人ならまだ分かる。なぜこの男がセリーヌを立てる必要があるのか。心の中で首をかしげながら口を開く。


「まぁ、そうかもしれませんね」


「そうでしょう。そうでしょうとも」


「なにこいつ。キモ」


 セリーヌ本人にもキモがられる始末だ。それでもシンクはニコニコ笑顔を崩さない。本当に気持ち悪い。急遽シナリオライターが変更されたアニメのごとく、彼のキャラ変も留まるところを知らない。


 いったいシンクはどこへ向かっているのだろう。

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