第125話 氷炎のDiva

「無期限の停職処分、ですか」


「ええ。マリス動乱において、周囲を扇動するような行為をしたことが問題になりまして。騎士団本部から通達を受けました」


 そう言ってシンクはハハハと笑った。反省しているようには見えない。こういう男だっただろうか。もう少し厳格なイメージを持っていたが。


「ではどうしてここに?」


「流れですかね?ジークさんが都市を再建すると聞いたので、お手伝いしようかと。彼にも何かとご迷惑をおかけしましたし。それに停職中なのでやることもないですし」


「なるほど」


 頷く。経緯はどうであれ、シンクがここにいるのは心強い。武力もさることながら外交力も高い。ボボン王国第一騎士団の副団長を務めていたことから人脈もありそうだ。再建過程で何かと役に立つだろう。


「そうなるとクラリスさんが気の毒ですね」


「そう、ですね。若輩ながらも副団長が急に抜けるカタチになりましたから。一時的に団長への負荷は大きくなるでしょう。後で直接謝罪できるといいのですが」


 流石に申し訳なさそうな表情を浮かべている。何と言っていいか迷っていると、後ろからチョンチョンされた。


 振り返る。緑の彼がちょいちょいと手招きしていた。ついていく。天幕の片隅まで来ると、耳打ちしてきた。


(話しておきたいことがある)


(なによ)


(シンク・レイ。奴は危険な思想の持ち主だ。後々に災いの種となりうる。我は早めに追い出したい。協力してくれるか)


(…………)


 シンクに視線を移す。彼は不思議そうな顔でこちらを見つめていた。


(仲良さげに行動していたでしょう)


(我は奴の善良な仮面に騙されていた。いや善良は善良なのだ。しかし何事も行き過ぎるとロクなことが無い。奴は、1人を救うためにマリスを犠牲にしようとしたのだ)


(トロッコ問題ですね)


(それはよく分からんが、とりあえず危険なのだ)


(分かりました。ひとまず様子を見ましょう。もしもフィモーシスに災いをもたらす予兆があれば、その時にまた話し合いますか)


(ううむ。貴様がそう言うなら)


 不承不承のジークを連れてシンクのもとへ戻る。


「何を話していたんですか」


「あなたが危険だということです」


「ちょ、おま!」


 慌てだす緑の彼を手で制する。


「心当たりはあるでしょう?」


「残念ながら」


「フィモーシスでは大人しくすると誓っていただけますか」


「心掛けるつもりです。ただ感情が理性を上回ったらどうすることも出来ません」


「その時は……私に相談いただけたら、何とかします」


「なるほど」


 そう言うとシンクは小さく笑った。どういう意味かは判断しかねた。


 マリス動乱でシンクが具体的に何をしたかは分からない。俺がジークに「同調」してからは目立った動きがなかった。つまりそれ以前に停職を言い渡されるような行為を仕出かしたのだろう。


「そういえばイケダさん、聞きましたよ。こちらも大変でしたが、そちらもめくるめく展開だったとか」


「えーと、聞いたとは?」


「ええ。彼女に――」


 シンクが視線を向ける。セレスの方かと思ったが違う。天幕の入口だ。そこから誰かが入ってきた。


 いや。誰かというか。


 彼女というか。金髪デブというか。見慣れた巨体というか。俺のバディというか。サキュバスビッチというか。氷炎の歌姫というか。


「うぃーす。色々便利そうなもん拾ってきたで。って、あら?タカシ!タカシ・イケダやん!ようやく来たんか。マジお前、満を持すよな。マンオジスオに改名しろ」


「な、なんでセリヌンティウスさんがここに」


「セリーヌ!あーしセリーヌ!」


 珍しくまともなツッコミをしてくれた元相棒の登場に驚きを隠せない。いやマジで。何故ここにいる。


「あのー、説明していただけますか」


「説明はしたよ。1から10まで」


 ファーストコンタクトからディスコミュニケーションだった。まるで嚙み合っていない。俺が知りたいのは彼女がここにいる理由だ。彼女が言う説明とはいったいなんだ。


「災厄の声が聞こえてから、タカシが覚醒してマリスの危機を救うまで。全部説明済よ。こいつらはもちろん、大臣連中にまで語ってやったわ。なんか褒美貰えた?」


「えーと」


 そっちか。確かにロスゴールド氏もセリーヌから聴収したと言っていた。


 マリスがフランチェスカに襲撃を受けたとき、俺はセリーヌと共に野宿をしていた。マリスまで残り1日の距離だった。その位置でフラン様のマインドヴォイスが聞こえ、マリス動乱を知覚できた。


「そっちではなくて。いやそっちも大事ですけど。セリーヌさんがここにいる理由を説明してください」


「姉貴から行けって言われた」


「クラリスさんが?」


「うぃ。政府の事情聴取から解放された後ね。とりま本国にいる姉貴に、魔具を通して洗いざらい報告したんよ。そしたらフィモーシスにいけって。断る理由もないし、なんか面白そうだったし。来ちゃった」


「来ちゃったて」


 決断が軽すぎる。そんなんでいいのか。この女は強い上に頭が良い癖に、フットワークが軽すぎるのだ。悩んでいる様子を見たことがない。


「えーと、そもそもですね…」


「まぁ落ち着けって。とりあえずご飯食べよ。トランスぅ、フライパン拾ってきたから。これで料理作って」


「いいよ」


 セレスがセリーヌからデコボコのフライパンを受け取り、天幕の外へ出ていった。俺は茫然と後姿を見つめることしかできなかった。



 4人。この場にいるのは4名。フィモーシス再建に寄与する者達。


 はぐれオークのジークフリード、沈黙の君セレスティナ、元騎士団副団長シンク、氷炎の歌姫セリーヌ。


「……………」


 色々な意味で恐ろしいメンツだ。

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