第124話 白銀のMeeting Again
約10日程の馬車旅を経て、ようやく目的地へ到着した。
乱交都市フィモーシス。首都マリスから南下した位置にある。ダリヤ商業国南部の中心だ。昔は交易都市としてヒトモノの出入りが盛んだった。また首都侵攻の防波堤となっており、幾度となく戦火に見舞われた歴史もある。
そうした過去を経て、今現在の姿はというと。
「何もない」
高さ1m程の木杭で敷地が囲まれている。それだけだ。見たところ中身は原っぱだけ。戦火に見舞われ過ぎた結果、建物も何もかも燃えてしまったに違いない。
想像のはるか上をいく惨状だ。都市の様相をなしており、住民も何人かいると思っていた。ここまで酷いと都市と呼ぶのも烏滸がましい。
木で組み立てられた門から敷地内に足を踏み入れる。すると入ってすぐのところに、テントのようなものが立てられていた。天幕と言った方が適切かもしれない。3つほど並んでいる。
そのうちの1つから見覚えのある女性が現れた。
「あ」
「あ」
顔を合わせる。視線が合う。
突然すぎて言葉が出てこない。彼女はあの頃と同じジト目をこちらへ向けてきている。
生ける女神。沈黙の春。介護福祉士。絶世の美女。白銀の魔術師。ロンリーウーマン。様々な表現が頭に思い浮かぶ。
まずやるべきことはなんだろう。挨拶か、謝罪か、それとも思いきって抱きしめようか。
悩んでいるうちに向こうが動き出した。ズンズンと歩いてきて、目の前で立ち止まったかと思えば。
「いたっ!」
バシンと、頬を叩かれた。痛い。涙が出そうになる。続けざまに反対の頬も叩かれる。
「ちょ、あ」
右、左、右、左とリズムよく交互に叩かれる。止まらない。止まりそうにない。
頬の感覚が無くなってきた。どうしようこれ。意識も朦朧としている。
自己防衛反応が働いたのか、無意識に彼女の右腕を掴んでいた。それと同時に往復ビンタも止む。
彼女の顔を見つめる。涙で濡れていた。
いや違う。濡れているのは俺の顔だ。恐らくグチャグチャになっているに違いない。
「せ、セレスティナさん」
「まだ許さないから」
「えーと、その」
「とりあえず、おかえり」
「え、あ。ただいま」
彼女は小さく頷くと、天幕の中へ戻っていった。
「あーと」
呆然と立ち尽くす。
想像以上に怒ってらっしゃった。往復ビンタ後に、まだ許さないとまで言われてしまった。俺は今後どうすればいいのか。
「はぁ……」
とりあえず。とりあえずは彼女の方から歩み寄ってくれた。感謝しかない。無視ではなく怒りをぶつけてきた結果は、未来への可能性を十分に秘めている。
言葉と行動で示し続けて行こう。俺はもう裏切らないと。それが遠回りのようで最短の仲直りルートに違いない。
「はぁ…よし」
今一度気合を入れた後、顔面に軽く回復魔法を掛けつつ、彼女の後に続いて天幕に入った。
★★★★
天幕の中では1匹の生き物がごろ寝していた。不貞寝と言ってもいい。死んだような表情で天井を見つめている。
「ジークさん?ええと、これは?」
セレスに問いかける。彼女は狩猟用の弓っぽいものを作りながら口を開いた。
「彼はそこにいるようで、いない」
「え?」
「身体はここにある。でも心がない。度重なる異常な出来事にストレスを抱え続けた。フィモーシスの原っぱを見た瞬間、プツンと切れた。いわゆる精神病」
「えぇ……」
どうやら自失状態に陥ってしまったようだ。焦点の合っていない眼は明らかに異常者のソレだった。
ジークの辿った軌跡を思えば想像しうる結果だ。災厄に襲われて、英雄に祭り上げられて、都市を与えられて、その都市が野原しかなくて。もう何をすればいいか分からなくなったのだろう。
こうなっては手の施しようがない。ダメもとで1つだけ試して、それでも無理だったら教会に連れて行こう。
緑の彼に話しかける。
「ジークさん、イケダですよ。もしもーし」
「…………」
「おーい」
「………………」
「ジークさんに紹介したい女性を1人連れてきたのですが――」
「それを早く言わんか!」
がばっと起き上がった。先程まで光を失っていた眼がランランと輝いている。その隣ではセレスがギョッとした表情で緑の彼を見つめていた。
やはりオークに一番効く薬は性欲だったかとうんうん頷きつつ、言葉を続ける。
「すみません、嘘です」
「は?お、き、きさ、きさまぁ………うぅ」
怒り狂うかと思いきや、堰を切ったようにボロボロと泣き始めた。メンヘラ女子高生のような情緒不安定さだ。セレスは若干困惑気味にジークへ視線をやっていた。
「あれ。もしかして、今この都市にいるのはお二人だけですか」
荒れ狂う緑を無視して白銀に話しかける。彼女は可愛く首を横に振った。
「もう2人いる。ちなみに原住民はゼロ」
「えぇ。たった4人か」
都市再建をたった4名、俺を合わせて5名でやれというのか。酷すぎる。ジークが参ってしまうのも無理はないだろう。都市というか村でさえない。ただの寄合だ。
そんなことを考えていると、背後から誰かが入ってくる音が聞こえた。
「ただいま帰りましたー。って、あ。イケダさん。イケダさんではないですか!遅かったですね」
そこに立っていたのは、金髪碧眼イケメン副団長様だった。
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