第123話 赤髪のEmotion
ガタンガタン。馬車に揺られながら目的地へ向かう。
新たな就職先は乱交都市フィモーシス。いかがわしい名前からは想像できないほど歴史ある都市らしい。
「…………」
「…………」
馬車の中には俺の他に乗客が1名。正面に女性が座っている。ロスゴールド氏指定の車だが、どうやら相乗りだったようだ。彼女もフィモーシスへ向かうのだろうか。
馬車の小窓から外を眺める。良い天気だ。俺の門出を祝福している。
「イケダ」
呼ばれた気がした。正面に顔を向ける。目が合った。眼帯をしていない方の瞳から、値踏みするような視線を向けられる。
「やっぱり普通ね」
「え」
初対面の女性に普通と言われた。一体どういうことだろう。やっぱりとは。
「私はベアトリーチェ。クラブ【ビーチェ】のオーナー。ビーチェに聞き覚えは?」
「いえ、ないです」
「ティア………トランスが働いている、いや働いていたお店よ」
「えぇ?」
思わず立ち上がる。勢い余って屋根に頭を打ち付けた。「いたっ」と漏らした後、恥ずかしげに座り直す。
「失礼しました。えぇと、セレスティナさんがクラブで働いていて、その雇い主が、ベアトリーチェさんということですね」
赤髪、眼帯、美人、チャイナ風ドレスというキャラ詰め込み過ぎ女性は、「下はセレスティナなのね」と呟いた後、小さく頷いた。
「それは、ありがとうございます。私からも礼を言わせていただきます。セレスティナさんがお世話になりました」
「あなたから礼を言われる筋合いはないんだけど」
お礼を言っただけで睨まれた。何やら雲行きが怪しい。初対面なのに嫌われている感じがする。こういう時は話題を変えるに限る。
「ベアトリーチェさんもフィモーシスへ向かうのですか?」
「いいえ。途中の都市に用があるから。そこで降りる」
「はぁ」
相変わらず赤髪眼帯は真っすぐにこちらを見つめてくる。セレスと繫がりがある以上、馬車に同乗したのは偶然と思えない。何が目的なのだろう。
「こう言っちゃ失礼だけど」
と全く失礼とは思っていなさそうな表情で続ける。
「あなたからは全く魅力が感じられない。顔も平凡なら色気もないし。体型も普通。むしろ丁寧な話し言葉や表情の変化が薄いところにイラっと来る。まるで興味を持てない」
「えぇ…」
いきなりの罵詈雑言に目を丸くする。よく思われていないのかなと感じていたが、いくら何でも嫌われ過ぎだろう。ここまで正面から否定されたのは初めてかもしれない。
「いや、あのちょっと、言い過ぎじゃないですか。初対面ですよね?自分何か悪いことしました?」
「した」
「したんかい」
気づかぬうちに彼女を傷つけていたようだ。とりあえず頭を下げておく。
「すみません、何がお気に召さなかったのでしょう」
「ティアを……トランスを悲しませたこと。こんな出涸らしのような男が。あとマリスに危機をもたらしたこと。こんな端役のような男が」
うっ、と言葉が詰まる。思い当たる節があり過ぎた。確かに俺は気づかぬうちに悪事を重ねていた。
前者はセレスに聞いたのだろう。獣人国ビーストでイケダに置いて行かれたと。言い訳はいくらでも思い浮かぶ。だが事実は事実だ。謝罪せざるを得ない。
後者はどうか。一般市民が知りうる情報ではない。こちらもセレス経由で知ったか。フランチェスカの探し人=黒目黒髪の氷魔法使い=セレスの探し人=イケダ、的な。
「あの、私に何をさせたいのでしょう。何を言わせたいのですか」
「別に何も。ただトランスが言ってたヒトがどういう男か知りたかっただけ」
「知っていただけました?」
「少なくとも私との相性が最悪ってことは分かった」
「ハハハ」
笑うしかない。俺にとっても苦手な部類に入る。ズケズケと相手を抉る言葉を放つ輩と仲良くなったためしがない。デリカシーはどこに置き忘れたのか。
「さてと。運転手さん。止めてちょうだい」
馬車がゆっくりと速度を落としていき、やがて止まった。訳が分からずベアトリーチェを見つめる。
「ここで降りるのですか」
「ええ。大体わかったから」
そう言うと馬車の扉を開けた。外は草原が広がっており、周囲に建物らしきものは存在しない。
ベアトリーチェは一瞬腰を浮かしたものの、また座り直した。
「あなた、今までの人生で女性にモテたためしがないでしょう」
「え、いや。そんな馬鹿な」
図星ですけども。
「だから私はあなたに魅力を感じない。たぶん大多数の女性が私と同じ感想を持つはず」
「えーと、まだ帰らないのですか?」
「そういうことなのよね、きっと。あなた自身は普通だけど、普通の女性には好かれない。少なくとも一般的な感性の持ち主は見向きもしない。でも……うん。あなたは、そういう男なの」
「全く分からんのですけど」
「ティアを悲しませないであげて。ああ見えてあの子は寂しがり屋だから」
「それは……それだけは、心得ました」
ベアトリーチェはコクッと頷くと、今度こそ馬車から降りた。そのままスタスタと通ってきた道を歩き出す。かと思いきや。くるりと振り向いて何かを差し出してきた。
「これは?」
「父からよ。開ければわかるわ。じゃ、またどこかで」
チャイナドレスに酷似した服を揺らしながら歩き出す。やがて視界から背中が消え、今度こそ見えなくなった。
馬車が再び動き出す。なんだあの女は、と首をかしげながら封を開けて中身を取り出す。
便箋のようなものが1枚封入されていた。開いて中身に目を通す。
-----------------------------------------------------------
イケダさんへ
言い忘れていましたが、あなたには借金があります。
マリス動乱における損害賠償金です。
災厄本人には請求不可能なため、
ご友人のあなたに請求させていただきます。
金額は15億ペニー、期限は10年です。
債務不履行の場合は然るべき処置を取ります。ご期待ください。
後程、フィモーシス宛てに正式な書類を送付いたします。
あなたの人生に幸多からんことを。
ロスゴールド 経済産業大臣
-----------------------------------------------------------
「……………」
署名の横に大きな印鑑が押されていた。本物である証左だろう。
脳裏に赤髪ニコニコフェイスがよぎる。
もしかすると彼は、フランチェスカ以上に恐ろしい生き物かもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます