第122話 戸惑いのPhimosis
「イケダさん。あなたには3つの選択肢があります」
「え、あるの?」
思わずため口が出てしまう。ロスゴールド氏は構わずコクリと頷いた。
「1つ、このまま死刑を受け入れること。1つ、目の前にいる男を無力化してダリヤの外へ逃亡すること。1つ、死刑を免れる代わりに私の要求に応えること。さぁ、どうぞ選んでください」
そう言って目の前の男はニコリと笑った。
「………………」
恐ろしい。恐ろしすぎて膀胱が反応してしまう。
この男は大臣という職にありながら、自分の死を恐れていない。もしくは災厄を打倒した俺の氷に対処する術を持っている。いずれにせよ恐怖を感じずにはいられない。
改めて思う。敵に回してはいけないタイプの人間だ。
「死刑は決定事項だとおっしゃいませんでしたか?」
「あれは嘘です」
「えぇ……」
筋肉ムキムキ俳優とは似ても似つかぬ容姿で言い放った。前言撤回が早すぎる。撤回前提の前言と言っても過言ではないだろう。
彼は選択肢があると言った。しかし実際は1つだ。他2つは選ばない、いや選べない。
俺の諦念が伝わったのか、ロスゴールド氏はニコニコ顔でうんうん頷きながら口を開いた。
「どれですか?」
「3つ目で」
「よろしい。この地点より私とあなたは仲間です。仲間。良い響きですね」
「はぁ」
「そうですね。仲間繫がりで1つお伝えすることがあります。これはあなたに対する要求にも繋がるお話です」
どういう論理展開なんだろうと思いつつも耳を傾ける。
「今回の騒動、いわゆるマリス動乱において、対内的にも対外的にも勝利を喧伝する必要がありました。ですが単純に勝利を言いふらしても効果は薄いです。旗頭、いわゆる英雄の存在が必須でした。もうお分かりですね」
「え、まさか」
俺すかと自分を指さそうとしたとき、間髪入れずに「違います」と否定された。少ししょんぼり。
「英雄にふさわしいヒト……生き物は、あなたが媒介とした人物ジークフリード氏です」
「えーと。ジークフリードというと、あの緑の豚の方ですか」
「ええ。オークの彼です」
疑問の表情を浮かべてしまう。よく分からない。
確かに俺は新スキル「同調」を用いて、お豚さんの視界を拝借し、そこからフランチェスカ様を見ていた。どうしてそれが英雄に繋がるのか。
「あなたはご存じないかもしれませんが、あなたが魔法を使用する際、ジークフリードさんの周囲に冷気が漂っていたようなのです。それを知覚した冒険者が、氷魔法を使用しているのはジークフリードさんだと誤認しました。そしてその誤りは最後まで訂正されませんでした」
「つまり世間的には、ジークフリードが災厄を倒したと思われている?」
ロスゴールド氏が頷く。それを見た俺は頭を押さえる。
なんということだ。全てをあの豚に持って行かれてしまった。
こんなことがあっていいものか。俺だって命を懸けたというのに。フラン様の謎魔法でMPが枯渇した時は死んだと思ったし。氷魔法が通じなくなったときはこの世の終わりだと思ったし。黒色光線で視覚を奪われた時は絶望で一瞬気を失ったし。何度も限界を迎えた先の勝利だった。
その頑張り全てがジークの功績となった。酷すぎる。誰か俺を褒めてくれ。
「続きを話しても?」
「……ええ、はい。どうぞ」
「彼はマリスの英雄となりました。英雄にはふさわしい褒美を与えなければなりません。彼にはある都市の統治権を与えました。人類初の魔物が収める都市、フィモーシス。らんこう都市フィモーシスです」
「ふぃ、え?ふぃも」
「フィモーシス。勇敢、果敢といった意味です」
「えーと、らんこうというのは」
「乱れるに交わるで乱交ですね。一昔前までは各市町を繋ぐ貿易都市として栄え、また他国と戦火を交えた回数が国内随一のため、そう呼ばれるようになりました」
「はぁ」
一応頷いてみるものの、もちろん納得はいかない。
俺が悪いのだろうか。あっち系のイメージを持ってしまう邪な考えがいけないか。いや、でも。乱交にフィモーシス。絶対企画物だろう。オークもいるし。
「って、え?統治権?ジークが市長になったのですか」
「はい。任命式も終えてつい先日、任地へ旅立ちました」
はぐれオークとして気ままなチェリー生活を送っていた彼が、ついに一国一城の主になってしまわれた。色々と先を越された気分だ。
市長ともなれば圧倒的な権力でニンゲンの女性を手中に収めるのも難しくないだろう。遂に念願の夢が叶うというわけか。妬みや嫉みはあるものの、彼は大切な友人だ。祝福せねばなるまい。
「イケダさんには、フィモーシスの守護をお願いしたく思います」
「守護、というと」
「幾多の戦争によりかの地は荒廃し、現在は再建段階となります。よって常駐の保安部隊もなければ、冒険者ギルドも存在しません。無法地帯です。我々が人員を確保するまで、イケダさんにはフィモーシスの治安維持に貢献頂きたいのです」
ロスゴールド氏は相変わらずの糸目ニコニコでこちらの返答を待っている。
話が見えてきた。どうやら緑の彼は都市の運営ではなく、立て直しを任されたようだ。10を11、12にするわけではなく、0を1にする作業。
完全に貧乏くじだろう。決して褒美などではない。確実に何十年単位の職務になるはずだ。下手をすると死ぬまで再建に追われるかもしれない。
憐れジーク。奴は市長という名の労働奴隷になってしまわれた。
「人員を確保するまでとおっしゃいましたね。期間はどの程度を想定していますか」
「3年以内には治安部隊の派遣、もしくは冒険者ギルドの運営を約束しましょう。再建の速さ如何では期間短縮もあり得ます。つまり最低3年はフィモーシスを守護いただきます」
存外に短いと感じた。3年なんぞあっという間だ。特に社会人の3年は学生時代の30日程度の体感だろう。適当にこなせば終わる。
「具体的な仕事内容は?」
「フィモーシスを内外の敵から守る。それだけです。災厄を退けたのだから、難しくはないでしょう?」
「まぁ、はい」
内はともかく外は問題ないはずだ。フランチェスカのような規格外との遭遇はそうそう訪れない。
「つまり今の要請がロスゴールドさんの要求ですね」
「ええ。経済産業大臣並びにダリヤ商業国からの求めです」
「分かりました。引き受けましょう」
ロスゴールド氏が満面の笑みで頷く。相変わらず性根が読めない顔だ。
断ることも出来た。10年単位の拘束を提示されたら考えていただろう。だが3年という短い期間に加え、他国亡命のリスクを考慮すると、引き受けざるを得ないという結論に至った。
引き受けた理由はもう1つある。というよりもそちらがメインだ。
「では早速イケダさんにはフィモーシスに赴任していただきます。ジークフリードさんには事前にあなたが向かう旨を伝えてありますので、詳細は彼に聞いてください。ああそれと、トランスさんも現地であなたをお待ちしていますよ」
「え」
戸惑いの声を上げてしまう。するとロスゴールド氏は頷きながら、ニコッと笑みを浮かべた。
「……………」
ロスゴールド氏は選択肢が3つあると言った。俺は彼に従う選択以外は選べないと思った。だが、もし逃亡の道を選んでいたらどうなっただろう。
その答えが今提示された。セレスティナの名前を出されては、問答無用で従うほかない。つまりどう足掻いてもこの結末に辿り着いていた。
「ふふ。どうされました?」
「いえ……」
ロスゴールド経済産業大臣。
フランチェスカを撃退できたと思ったら、次は別ベクトルの圧倒的強者に目を付けられることになろうとは。
3年で解放してもらえるのか不安になってきた。
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