第117話 狂悖暴戻

「…………」


 ベッドから立ち上がる。


 肘を90度に曲げて、ポンポン叩きながら上腕二頭筋へ話しかける。


「おい、俺の筋肉。さぁ。魔法が元に戻るのかい。それとも戻らないのかい。どっちなんだい!もーーーーどる!!!」




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【スキル】






 魔封じ:1

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「…………」


 よし。


 日課終了。


「朝食食べに行こう」



 ★★★★



 朝食を食べ終えた俺は宿舎廊下をフラフラしていた。


 今日はオフだった。昨日帰り際にセリーヌから伝えられた。


 都合4度、魔物狩りへ参加した。いずれも討伐対象はAもしくはBと高ランクだったが、彼女は難なく抹殺していた。改めて異次元の強さだと思う。


 俺は雑用全般を担っていた。馬車の手配から依頼手続き、死骸運搬と解体、食事とマッサージ。エトセトラ。当初は勝手が分からず戸惑っていた。今では割とスムーズにこなせている。日本時代の会社員生活で鍛えられた社畜根性が存分に活かされていた。


 雑用とは言え仕事は仕事だ。当初の約束通り、利益の1割を給金として頂いた。一見少ないように思える。しかし1回の討伐で40~50万の利益が出ている。その1割は馬鹿にならない。歩合制万歳。


 すっからかんだった財布が金貨15枚まで回復していた。恐るべき速さ、恐るべきコスパだった。しかも宿舎代は実質無料だ。お金を使うところがない。必然的に貯蓄は溜まっていく。


「なにしよう」


 時間もあればお金もある。何をしてもいい。俺は自由だ。


 ただ制約は存在する。目立つ行動は出来ない。ギルド依頼を通して何者かに追われているからだ。恐らく獣人国で氷漬けにしたブル氏の関係者と思われる。絶対に居場所を知られてはならない。


 仕方がない、と踵を返して自室へ向かう。大人しく筋トレでもやろう。無理して買いたいものも無ければ、行きたいところもない。ならば今の上司に迷惑をかけないために鍛えるべきだ。ムッキムキになってセリーヌを見返してやろうではないか。


 階段を登る。自室は最上階3階の一番奥だ。


 上の方から話し声が聞こえてきた。徐々に近づいてくる。2階の踊り場で出くわした。騎士団の衣服に身を包んだ男が3人立っている。見覚えはない。


「お疲れ様です」


 小さく会釈して通り過ぎる。その前に肩をガッと掴まれた。


「あれ、お前あれだよな、あれ。イケダ」


「え、はい」


 振り返る。細目の男だった。良くない感じだ。


 そう思ったのがいけなかったのか。おもむろに細目が右腕を振りかぶった。反射的に氷壁を構築する。そう心の中で念じたが、もちろん氷が現れることは無かった。


「ぶはっ」


 殴られた。そう感じたときには、壁際に吹っ飛んでいた。頭がチカチカする。頬がジンジンする。痛い。どうして。


「誰もがお前を受け入れると思ったか?」


 胸倉を掴まれる。顔が近い。ヒトを見た目で判断してはいけない、と幼少の頃から言われてきた。しかし大人になって分かった。ヒトは大体見た目通りの言動を取ると。人相の悪い男は、本当に悪事を働いていることが多いのだ。


「団長はまだいい。だがセリーヌ様までとなれば話は変わってくる。どう取り入ったか知らないが、お前やり過ぎだよ」


 殴られる。今度は腹だ。顔の時とは違い、徐々に絶望感が押し寄せてくる。今この時ほど腹筋を鍛えておけばよかったと後悔しないことはない。


「ちょ、ま、あの、お待ちを。えー、その、全く分からないと言いますか。何故殴られているのか見当もつかなくてですね」


「それだ。自分がどれだけ恵まれているか分からないだろ?その自覚の無さに腹が立つんだよ」


 後ろの2人も加わって殴る蹴るの暴行が始まる。何もできない。身を縮ませて急所を守るので精いっぱいだ。


 生まれてこのかた暴力とは関わりない人生を送ってきた。最後に殴り合いの喧嘩をしたのは小学生の頃だ。それ以降は1度も拳を握ったことが無い。


 まさか別の世界で経験するとは思わなかった。しかも同世代にリンチされるという珍しさのおまけ付きだ。


 痛すぎて思考が鈍る。このまま死ぬかもしれない。心の中で氷魔法と回復魔法を強く念じるものの、一向に発現する気配はない。絶体絶命の窮地でも元に戻らないと言うのか。だったらもう、永久にこのままじゃないか。


 力だ。力さえあれば何とでもできる。理不尽を跳ね返すことだって可能だ。まるでいじめられっ子の発想だが、事実に変わりない。そして俺は、実際に力を持っていた。


 無力感と失望感に苛まれつつ、嵐が過ぎ去るのをジッと待つしかなかった。

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