第116話 豚魚之信
ドラゴン退治から幾何の月日が経過しました。私は今、ボボン王国第一騎士団の人達と行動を共にしています。
騎士団の要請によりマリス近辺のダンジョン探索に同伴しました。難易度は低く、また統率の取れた騎士団の動きもあって、目的の魔物討伐並びにアイテム収集が完了しました。
パーティ解散後は老夫婦が営むモーテルでゆっくりしていました。すると騎士団の副団長であるシンク・レイ氏が部屋を訪れました。
用件を伺います。部下を慰労するために、女性との会話が楽しめるお店へ行くようです。それで私もどうかというお誘いでした。
私のような醜い容貌の持ち主が、人間の女性とお話しできる機会などほぼ皆無です。もちろん恭順の意を表しました。
イケダさんも誘おうとしたようですが、その手前でセリーヌ・マーガレット氏に弾かれたそうです。かくいう私もセリーヌ氏の存在によりイケダさんに近づくことができません。
彼女は不思議な方です。お世辞にも綺麗とは言えない容貌ながらも全身から色気が溢れています。種族の異なる私でさえ目で追ってしまいます。四六時中行動を共にしたら惚れてしまうに違いありません。しかしイケダさんが彼女に傾倒している様子はありません。
何故セリーヌ氏の前で平気な顔でいられるのか。何故2人は一緒に行動をしているのか。謎は深まるばかりです。
残念ながらイケダさんは来られないようですが、私にとっては大きなチャンスです。今日の出会いが運命を加速させるかもしれません。
私もいい歳です。オークの平均寿命は人間とさほど変わらないので、そろそろ結婚しなければ魔の独身30代へ突入します。出来うる限り避けたいです。今宵の新たな出会いに期待しましょう。
「ここです」
シンクさんが立ち止まりました。彼の前には石造の大きな建物があります。外観はかなりお洒落な食事処といった表現が正しいでしょうか。
正面は両開きとなっていました。扉の上には魔法で装飾された【ビーチェ】という看板が掲げられております。
シンクさんと他の騎士団員に続きお店へ入ります。正面入り口を抜けると直線が続き、少し歩いたところにもう1度扉が出現しました。そちらも通ります。
2つ目の扉の先に受付がありました。黒い服を身に着けた男性が私たちへお辞儀をします。
「いらっしゃいませ。6名様でしょうか」
「はい」
「かしこまりました。ご案内させていただきます」
受付の男性に従い、左手の通路を道なりに歩きます。歩く姿が様になっています。身形もよく、さぞおモテになることでしょう。加えて私を見る眼に嫌悪感が含まれていません。プロフェッショナルです。このような男性がいらっしゃるということは、上等なお店に違いありません。
「当店は初めてでしょうか?」
店員の方が歩きながら話しかけてきました。
「いえ、何度かあります」
シンクさんが返答します。もしかすると第一騎士団の行きつけなのでしょうか。それにしては店員さんの反応が芳しくありません。言葉通り数回しか来店していないのでしょう。
「ではシステムの説明は省かせていただきます。好みのタイプ等ございますでしょうか」
「おすすめがいれば、その子をお願いします」
手慣れています。羨ましいです。夜のお店でスマートにやり取りできる男性に憧れます。
「実はですね、最近瞬く間に店内2位の座に躍り出た子がいまして。かなり個性的なのですが、器量は素晴らしいですよ。出勤が不定期なのでお店にいない日も多いですが、幸運にも本日は出勤しております。お時間が合えば同席させますが如何でしょうか?」
「お願いします」
シンクさんが素直に応じます。個性的というのが気になりますが、美人とお話しできる機会は素直にうれしいです。
会話が止まったところで、目の前にこれまた荘厳な両開きの扉が現れました。この建物にはいくつ扉が存在するのでしょうか。
店員さんが開けます。
「こちらです。どうぞ」
言葉に従い入ります。
するとそこは――――別世界でした。
まず目に入るのは、広大な空間をこれでもかというくらい照らす豪奢なシャンデリアでした。対照的にテーブルやイスは上品で落ち着いています。何組かに分かれた席はほぼ埋まっていました。人気のあるお店だということが伺えます。
キャストの方々は煌びやかな衣装に身を包んでいました。すべからく美しい容貌をお持ちです。人間の女性だけではなく、獣人やその他の少数種族の姿も確認できます。質だけではなく量、種類も豊富です。お店の雰囲気、女性陣の器量、スタッフの気配り、どれをとっても一流と言えるでしょう。
スタッフの案内に従い、1つのボックス席に通されました。既に女性3名が待ち構えていました。まずは男性陣が1つ飛ばしでソファに座り、そのあいだに女性陣が腰を下ろしていきます。
私の隣には、茶髪をサイドポニーで流した落ち着きある美人が付きます。若干垂れ気味な二重まぶたとスラっとした手足が魅力的です。
「はじめまして。サラと申します。よろしくお願いします」
「ジークフリードだ。よろしく」
挨拶を交わします。視線が合います。私に対する悪い感情は見受けられません。一般的な女性は、初対面だと必ずと言っていいほど目を逸らしたり眉をひそめたりするものです。しかしそういう傾向は皆無でした。スタッフだけではなく、キャストの方もプロフェッショナルです。
その後も順調に会話が続きます。出身、食べ物、時事など当たり障りのないところで会話を広げてくれました。会話が止まらず飽きが来ないのは彼女のお陰だと言えるでしょう。また自分の情報を小出しにして自身に興味を持たせる手腕は、プロならではといったところでしょうか。
「ジークフリードさんはなぜこの都市へいらしたのですか?」
「うむ。少々恥ずかしい話だが、伴侶探しだ」
「まぁ、そうなんですか。全く恥ずかしい話ではありませんよ。もしよろしければ、私から何人かご紹介いたしましょうか?」
「それは楽しみだな」
リップサービスは適当に流します。キャストが伴侶になることへ抵抗は覚えません。ただその前段階で貢がされる可能性が高いです。貢がされるだけ貢がせて終わりという未来も想像に難くありません。ただそんな悪い想像ばかりしていると、出会えるものも出会えなくなります。もしも本当に紹介いただけるのであれば、全力で応対するつもりです。
「ご歓談中失礼いたします。サラさん、あちらの……」
「あ、分かりました。ジークフリードさん、すみません。ちょっと呼ばれたみたいなので、行ってきますね。次いらした時は是非指名してくださいね」
「ああ。また」
サラさんが別の席へ移動しました。その後姿を見送りながらお酒を喉に流し込みます。どうやら友人のご紹介は次回以降になりそうです。
「…………」
ふと周囲を見渡してみました。シンクさんや他の団員さんも、美しい女性とご歓談されています。どの御方も楽しんでいるようです。シンクさんの慰労は成功だと言えるでしょう。
他のテーブルにも視線を移してみます。人間、獣人、ときおり見たことのない種族の男性陣が喧騒の中で笑い、泣き、怒り、喜ぶ姿はある意味滑稽であり、また微笑ましくも思えます。
仕事や人生の疲れをここで癒して、また明日から頑張る。値段相応もしくは値段以上の見返りがこの空間に存在するのです。
いいですね。誰もが幸せになれる時間です。
視線を右へ左へやっていると、1か所だけ異様な熱気を帯びたテーブルを見つけました。
このお店では、男性が3人いれば女性が1人、5人いれば2人程度同席する傾向があります。中には男性よりも女性の数が多いテーブルも存在します。
そんな中、女性1人に対して男性が10人以上群がっている場所がありました。異様です。普通ではありません。
どうにか女性の気を惹きたい男性陣は、我先にと会話を試みていますが、女性が口を開く様子は見受けられません。むしろ男性同士の声がぶつかりあってしまい、女性そっちのけで口論になっている姿も確認できます。また彼女の目前にあるテーブルには所狭しと酒、おつまみ、フルーツ、プレゼントの箱等々が置かれております。よほど好意を持たれているのでしょう。
女性の容姿をじっくり見てみます。かなり離れていますが、私の種族は視力が良いので、はっきりと顔を確認することが出来ます。
「…む?」
第一印象は、絶世の美女でした。この世に数人といない美貌の持ち主です。男が群がるのも頷けます。
2つ目に抱いた印象は表情の無さでした。無表情だからこそ、美しさが際立っているとも言えます。ですが私は女性の笑顔が好きです。彼女の笑顔も1度は見てみたいものですね。
そして3つ目に去来した感想はというと、何か既視感があるなというものでした。
初見です。間違いありません。もしもあんな美人と出会っていたら忘れたくても忘れらません。ただ彼女の何かが私の脳に訴えかけてきます。
雰囲気でしょうか。それとも顔のパーツでしょうか。確信が持てません。もしかすると、以前に出会っていればなぁという私の願望が、彼女との思い出を勝手に作り上げたのでしょうか。そうだとしたら我ながら怖すぎます。
「受付の男性が言っていたのは、あの女性ですね」
いつの間にか隣にシンクさんが座っていました。視線は例の女性へ向いています。
「うーん。あの美貌ならビーチェで瞬く間に売上2位を奪取したのも頷けます。団長と良い勝負だ」
たしかにクラリス団長も負けていません。いずれも他に類を見ない美しさです。
「残念ながら、あの様子では同席することは叶わないですね」
「そうだな。次の機会を待つか」
残念です。美人と話すのはいつだって心が躍ります。それが一般の域を超えていれば猶更です。
ただし贅沢を言える立場でないのは重々承知しています。私はニンゲンの女性が好きですが、別に美人でなくともよいのです。私を受け入れてくれさえすればよいです。
「…………」
それが一番の難問だということも承知しています。
「あ、ジークさん。次の女性がいらっしゃいましたよ。引き続き楽しみましょう」
「ああ。願わくば、あふたーとやらに行けるほどの仲になりたいものだが」
「それはジークさん次第ですよ。オークの男らしさを見せつけちゃいましょう」
その後。数人の女性と歓談した後、私たちはお店を後にしました。みなさん大いに楽しんだようで、終始笑顔を咲かせていました。しかも団員の1人が、キャストと休日に会う約束まで取り付けたようです。羨ましい限りです。
様々なところに出会いは転がっています。嫌悪感を向けられることもありますが、オークを好いてくれる奇特なニンゲンも存在するはずです。その御方と出会うために、明日以降も私は頑張れます。
「では」
帰りましょう。
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