第115話 寸歩不離
「んじゃあ帰るべ」
「ええ。宿舎に戻るんですよね。シンクさんかクラリスさんに会えますかね」
「無理」
「え」
どういうことだろう。続きを促す。
「姉貴は本国から呼び出しかかって帰還した。シンクは団員連れてダンジョン行ってる。あの豚も一緒らしいぞ」
「そう、なのですね。えーと、クラリスさんはいつ頃戻られますか?」
「姉貴は知らん。シンクは数日中に戻るって言ってた」
「分かりました。あと、豚というのはオークの彼ですか?」
「そうそう。あの凌辱バカ。なんかこのあたりのダンジョンに詳しいんだと。道案内兼戦力として同伴させてるらしいぞ」
知らなかった。姿を見ないと思えば、シンクと行動を共にしていたようだ。俺に一言あってもよいのでは?と思ってしまうのは我儘だろうか。
クラリスもいなければシンクもいない。宿舎代や今後のことなど色々相談したかったが、やむを得ない。
彼らから声がかからなかったということは、俺の扱いはセリーヌに一任しているのだろうか。その可能性が高そうだ。あまり怒らせないようにしよう。
「ほれ。宿舎帰んぞ」
「はい……あ、先に戻ってもらえますか?アレックスさんと話したいことがあるので」
セリーヌは疑わしげな眼を向けてきたものの、「ふーん、じゃあお先」と言ってテーブルから離れた。彼女の後姿が人混みに紛れたのを確認した後、一番右端の受付へ向かった。例のごとく閑古鳥が鳴いている。
「こんにちわ。ちょっと確認したいことがありまして」
「おう、お前か。なんだ」
「ギルドで人探しの依頼をすることは可能でしょうか」
この地でセレスを見つけようとは思っていない。見つかるとも思わない。ただし、首都マリスへの道中で彼女を見かけたヒトが現れるかもしれない。目立つ容姿だ。1度見たら忘れられないだろう。
本来は自分の足で獣人国や紅魔族領を探すべきだ。そうするつもりだった。しかし魔法が使えなくなり、旅の路銀も心もとない。八方塞がりの状況だ。俺はこの地に縫い付けられていた。
選択肢は限られている。だからこそ、いま出来ることをやる。遠回りでいい。着実に進んでいこう。
「人探しか。出来るぞ。ほら、掲示板の右隣りに青っぽい用紙がペタペタ貼られているだろ。あれが人探しの依頼書だ。もし依頼するならそっちを確認したほうが早いかもな。書き方や金額の相場が分かる」
「ありがとうございます。ちょっと見てきます」
掲示板の右隣りへ移動する。掲示板本体とは異なりガラガラだ。これならじっくり見れそうだ。
まずは左から右へ流し見する。書き方はどれも似通っている。探し人の特徴、最後に目撃した場所が必須情報。プラスαで何かしらが書かれていた。依頼金額は1万もあれば100万もあった。依頼者の情熱と懐具合がそのまま反映されているのだろう。
そうして見続けること数分。何の気なしに目を通した1枚だった。そこには思い当たる節がありまくりの内容が記載されていた。
「おろ?これ余裕でお前のことじゃね」
「うお!ちょ、え。セリーヌさん?帰ったのではなかったのですか」
振り返る。腕を組んでニヤニヤした黒ギャルが立っていた。肌の色と金髪から、一瞬だけ大岩にタンポポ咲いていると思った。
「挙動不審な奴を放って帰るわけねーだろ。面白い見世物見逃すかよ。そんでこれどういうこと?完全にダーイケだよな」
男。20歳から30歳。黒髪黒目。中背中肉。魔法使い。敬語多め。ニヤニヤ多め。
セリーヌの言う通り、完全に俺だった。
「心当たりないの?」
「いやー」
依頼者を確認する。そこには「ビーチェのティア」と記載されていた。
だれだ。
「生き別れの家族がいるとか、ヤリ捨てした経験あるとか、過去に犯罪を犯して追われてるとか。ないの?」
「そんな過去は…………あ」
「あんのかよ」
彼女の言葉で思い出した。俺は獣人国で爵位持ちの老犬を氷漬けにした。追われないのが不思議な行為だった。
本来はダリヤ国中で指名手配されてもおかしくない。それが無いのは両国の関係がよろしくないか、もしくは獣人国が何らかの理由で犯罪と見なさなかったかだ。
いずれにせよマリスのギルドに人探しの依頼をした人物は、老犬に近しい存在である可能性が高い。国が動かないなら自らといったところだろう。
見つかったらどうなる。獣人国に連行されるならまだいい。その場で私刑にあうかもしれない。魔法が使えなくなった俺にできることはない。死ぬことを受け入れるだけだ。
まずい。一気に緊張してきた。今この瞬間にも発見される恐れがある。これが指名手配犯の気持ちだろうか。
「とりあえず宿舎に戻りましょうか」
「は?その前に依頼書の件説明しろよ」
「まぁまぁ」
彼女の脇に右手を入れて強引に歩き出す。密着した身体は思いのほか柔らかかった。すごく悪い言い方をすれば、養豚場に豚を連れていくような心地がした。
「ナチュラルに触ってくんなよ」
「いい匂いしますね。香水2種類付けてます?」
「は?いや、おいおい。嘘だろ。気づくのかよ。お前………やるな」
またもや褒められてしまった。今日はデマカセがよく当たる。
そのまま半分抱えるカタチでギルドを出た。セリーヌは抵抗しなかった。その代わりに気味の悪いものを見るような視線を向けてきた。当然ガン無視した。
セレスを探すどころの話ではなくなってしまった。むしろ身を隠す必要がある。少なくとも街中を歩く際は顔を隠した方がいいだろう。
禍福は糾える縄の如しと聞くが、最近は不幸続きだ。魔法は失われ、再び追われる身となってしまった。全てが身から出た錆と言われたら反論の余地はない。だがそろそろ幸福イベントがやってきてもよいのではないか。
今後のマリス生活に不安を覚えつつ、騎士団宿舎への帰路に就いた。
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