第110話 氷炎歌姫

 金髪妹にドナドナされて訪れたのは、冒険者ギルドだった。


 彼女が建物に入った瞬間、一斉に視線が集中する。特徴的な外見だ。見たくなる気持ちもわかる。


 一直線に掲示板へ向かい、依頼を物色し始めた。かと思えばものの数秒で1枚を取り外し、4番窓口へ持っていく。


「はい、つぎー」


「これ頼むわ」


「ん?おお、妹か。依頼やってくれんのか。こりゃありがてえな」


「いいからさっさと受理しろハゲ」


 アレックスは「相変わらず口悪いな」と苦笑いを零しながら依頼票に目を通す。俺に対する態度とは段違いだ。彼女には遠慮もしくは敬意を抱いている様子に見える。


「ランクA、バルサミコの討伐。討伐確認として目玉2つを提出すること。その他素材はギルドで買取可。これで間違いないな?」


「え」


 思わず声を上げてしまう。アレックスがセリーヌの背後、俺へ視線を移す。


「あ?おいおい、イケダじゃねえか。お前そんなところで何してんだ。もしかして妹と一緒に行動してんのか?」


「ええ、まぁ。成り行きで。それよりもランクAの依頼というのは本当ですか?」


「ハゲに確認する必要ねーだろ。直接あーしに聞けよ」


 セリーヌが口を挟んできた。それもそうだと思い、彼女へ問いかける。


「冒険者ランクAなのですか?」


「えー、何ランクだと思う?当ててみて~」


「………」


 突然のキャラ変に動揺を覚えつつ考えてみる。ランクAの依頼を受けられるという事は、少なくともA以上は確定だ。AかSだろう。SSは流石にない。


 実質二択だ。これほど簡単な問題もない。セリーヌはなぜ質問形式にしたのだろう。


 もしかすると彼女からの挑戦状かもしれない。ここでひとボケかまして笑いの一つでも取ってみろと。そうだ、セリーヌが普通の質問をしてくるはずがないんだ。よし。そっちがその気ならボケてみよう。


 彼女のでっぷりとした腹部に視線を送りつつ、口を開く。


「ランク的には、関脇かなと思います」


「は?なんそれ。よく分からんけど馬鹿にしてる?」


「すみません間違えました。大関です」


「何を間違えたんだよ。ってか普通に考えてランクAかSのどちらかだろうが。何だよオオゼキって。イカレポンチかよ」


「いや、だって。ランクの質問はボケろって意味かと思ったので」


「そりゃそうだろ。ボケろって意味だよ。でも相手に伝わんない謎の単語用いるのはオカシイだろ。せめて、『Fランクですか?』からの、『

 それじゃあAランクの依頼受けれねえだろ!』くらいは欲しかったし」


「それは、流石にオーソドックスすぎて面白くないですよ」


「うるせえな。お前のよりマシだろ。ってかさ――」


「受付終わったらさっさとどけよ。馬鹿共が」


 アレックスの声ではない。右側を見る。男が立っていた。180センチを超える身長と屈強な肉体を持つイケメンだった。ただし好印象を持ちにくい顔立ちとも言える。結婚詐欺、もしくはねずみ講の幹部でもやっていそうな容貌だ。


「だれあんた」


「は?おいおい。この俺を知らないのか。マリス第8位のツヴァイ様を」


 セリーヌが視線をよこしてきた。首を横に振る。見たことも無ければ聞いたことも無い。


 そもそもマリスに順位制度があるなんて初めて知った。もしも彼の言うことが本当なら、8位は圧倒的な存在だ。無下に扱うことはできない。


 なんて俺が思ったところで彼女は止まるはずもなかった。


「この俺を知らないのかって?知らねえよ。ばーか」


「なっ………」


「つーかお前さ、アレックスの受付に並んでんの?異常者かよ。あぁ、確かにオッサン、特定の男にはモテるもんな。そういうことね」


「おい妹!どさくさに紛れて俺の悪口言うんじゃねーよ」


 そしてどさくさに紛れて、アレックス受付の常連だった俺にまで飛び火する始末だ。同時に3人を傷つけるとは恐ろしい。無差別破壊兵器かこいつ。


「き、貴様………食事にでも誘ってやろうかと思ったが、気が変わった。ついてこい!誰に喧嘩を売ったのか思い知らせてやる」


 結婚詐欺師風のイケメンは憤慨していた。受付終わったら云々はあくまで話しかける口実であり、本来の目的はセリーヌをデートに誘うつもりだったようだ。話の取っ掛かり不器用すぎるだろうと思う。そしてセリーヌに声をかける神経が理解できない。太っちょ黒ギャルが好みなのだろうか。趣味は人それぞれだけれども。


「いやいや。てめえこそあーしを知らんの?あーしだよ?あーし」


 結婚詐欺師は眉をひそめた。分からないようだ。アレックスへ視線を向ける。すると受付のおじさんはかぶりを振った後、気怠そうに口を開いた。


「氷炎の歌姫だよ」


「なっ……」


 絶句した。今度は聞き覚えがあったようだ。信じられないといった表情でセリーヌを見つめている。


 氷炎の歌姫。もちろん俺も初耳だ。どういう意味だろう。銀河の妖精のお友達だろうか。「あーしの歌を聴けやてめぇら!!」みたいな。


「セリーヌさんって歌手だったのですか?ディオン的な」


「ちげーよ。つかその異名、気に入ってないんだけど。誰付けたんだマジで」


 セリーヌが頭をガリガリ掻いた。不意にいい匂いが漂う。綺麗な女性特有の香りだ。どうやら香水をつけているらしい。身なりは全く気にしないくせに、細部で女性らしさを表現するのは何故だろう。意図が分からない。


 彼女は自身の異名について何も語ってくれなさそうだ。ということで説明役のアレックスへ視線を移す。すると彼は三度気怠そうに口を開いた。


「氷と炎を色鮮やかに描いて敵を絶叫させることから、そう呼ばれてんだよ」


「はぁ」


 結局よく分からなかった。


「そんで、坊ちゃんどうする?無理やり連れてく?やってみそ」


「ぐっ……」


 明らかに挑発していた。だが言い返せないようだ。【氷炎の歌姫】という単語はそれ程の威力を持っていた。マリス8位でも敵わないらしい。


 これはツヴァイが虚言を吐いているのか、もしくは本当にセリーヌが強すぎるのか。現状の材料からは判断できない。


「ちっ……まぁ、まぁいいさ。俺は忙しい。お前なんぞに構っている暇はない…………くそ、邪魔だ!」


 捨て台詞を吐いて立ち去るかと思いきや、進路方向とは関係ないところに立っていた俺に肘打ちをかましてきた。避ける間もなかった。腹部に肘が突き刺さる。耳慣れない嫌な音がした。


「あがっ…」


「ふん」


 その場に崩れ落ちる。痛い。痛すぎる。呼吸さえ苦しい。最悪だ。絶対折れてる。俺が何をしたと言うんだ。


 反射的に回復魔法を唱える。ステラの凶刃さえ回復したんだ。肋骨骨折程度ならものの数秒で完治するはずだ。


 しかしいつまで経っても痛みが治まる気配が無い。そして思い出す。今の俺は魔法が使えないことに。


 強く念じる。回復魔法。回復魔法。が駄目。腹の底から魔力が放出されるあの感覚が訪れない。


 おかしい。こういうのってピンチになった時に突然使えるようになるんじゃないの。覚醒イベント的な。どのフィクションでも激熱展開間違いなしだろう。


 強烈な痛みと共に抑えられない不安が押し寄せる。追い詰められなお魔法が使用できない事実は、今後元に戻る可能性が著しく低い証左ではないか。一生魔法が使えない。つまり社畜インドア青年で異世界を生活していく。


 恐ろしい。



「おらぁ!」


「ぐはっ」


 激痛と将来への不安で頭がいっぱいになっていたところへ、例の彼女の声が耳に入った。その後、ドシン!と誰かが倒れる音も聞こえた。


「雑魚が粋がりやがって。領分わきまえろやマジ。おいアレックス、今の見てただろ?完全に正当防衛だよな」


「いや、イケダがそれを言うのは分かるが、お前は何もやられてねえだろ」


「オッサンさぁ、いい歳なのに法律知らんの?正当防衛の範疇は他人も含まれんだよ。イケダの命を守るために、あーしが自称第8位の馬鹿を殴った。これ間違いなく正当防衛なんだわ。保安になんか聞かれたらそう言えよ」


「脅迫じゃねえか。まぁいいけどよ。ツヴァイもプライド高いから訴えねえとは思うけど。それよりもイケダだ。大丈夫なのか?身体よじりながら呻いてるぞ」


 反応したくても出来ない。痛すぎる。折れているとしか思えない。さすが第8位の肘打ちだ。俺の骨が脆いわけではない。


「………あー、これ教会行かんとダメっぽいな。ったく、仕事の前に仕事増やすなって感じだし」


 文句を言いたくても言えない。発端はお前だと。こうなった原因の8割はお前にあると。


「アレックス。さっきの依頼、受理されたよな?」


「ああ」


「うぃ。じゃああーし、こいつ教会連れてくから。バルサミコの討伐証持ってまた来るわ。バイビー」


 浮遊感と共に瞬間的な痛みが腹部に走る。もう少し優しく運んでくれとも言えず。恐らく肩に担がれた状態でギルドを後にした。

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