第106話 Vanishing

 ジークフリードを連れて冒険者ギルドを出る。さてこれからどうしようと大通りへ一歩踏み出そうした瞬間、背後からグイッと腕を引っ張られた。


「なんですかジーク……」


 振り返る。そこにいたのは緑の彼、ではなく。褐色の彼女だった。前にもこんなことあった気がする。


「ちゃーす」


「えーと」


 騎士団イベントは終わったはずだ。まだ用があるのかと彼女を見る、よりも先に背後に積まれている何かが眼に入った。


 違和感を覚えたのは一瞬だった。セリーヌの斜め後ろ、冒険者ギルドの入口脇に置かれていたのはヒトだった。5人がうつ伏せの態勢で縦に重ねられている。しかも見覚えがあるような、ないような。


「って、ドラゴンナイツの人たちじゃないですか」


 間違いない。見たことのある奇抜な服装だった。恐らく一番下がリーダーのキツネ眼だろう。昏倒しているようでピクリとも動かない。


「これ、どうしたんですか」


「ムカついたからボコった。それだけ」


「え」


 思わず目を丸くしてしまう。この女の口から出る言葉1つ1つが想定の範疇を超えてくる。全てが未知だ。恐ろしい。


「いえ、ちょっと待ってください。えーと……私たちは彼、ドラゴンナイツのリーダーと因縁があります。この因縁が後々に大きな火種となるだろう、と思っていました。なんか雰囲気的に。ただあなたは我々の因縁を断ち切るがごとく、彼らを一蹴してしまいました。これ展開的にどうなんです?」


「どうもこうもねーよ。つかなにその妄想?くだらねぇ。全てが全てお前の思い通りに進むはずねえだろ」


「そりゃそうなんですけど」


 俺の妄想というよりは、数々のゲームや小説から得た知識によるメタ思考と捉えた方が正しい。


 キツネ眼はドラゴン討伐過程で俺とオークの敵キャラっぽい感じになっていた。何度か和解しようと思ったが難しかった。後々の衝突は避けられない。俗にいうフラグが立った状態だった。


 しかし目の前の女がそのフラグをへし折った。伏線回収うぜぇとでも言うように。スペシャル・ワン過ぎるだろ。いつかCLで優勝するかもしれない。



 俺が感心の眼差しを向ける一方。いつの間にか控えていた隣人が、ずいっと一歩前へ踏み出して口を開いた。


「まさか、まさかとは思うが我のために自らの手を汚したというのか」


 緑の彼が若干のウルウル目で問いかける。キツネ眼による度が過ぎたオーク差別に対してセリーヌが立ち上がった、と思ったらしい。


 しかし彼女は小馬鹿にしたような視線を向けながら、小馬鹿にするような口調でオークに告げた。


「なわけ。てめえのような性欲馬鹿なんぞどうでもいいわ。ちんぽ腐って死ね」


「…………」


 突然の大暴言に思考障害を引き起こしたオークを無視して彼女に話しかける。


「ではどうして?彼らがあなたに何かしたわけじゃないでしょう」


「こいつらみたいな人間至上主義者は反吐が出るんだよ。何でもかんでもニンゲンサマが偉いと思いやがって。そんなにヒトが好きなら帝国行ってろって話だし。種族共存を目指してるマリスで他種族を侮蔑すんの意味分からんだろ。マジで。ゴミかよ」


「はぁ」


 苛立たし気に舌打ちを繰り返す横顔を見つつ、はてなマークを浮かべる。彼女がドラゴンナイツを襲った理由は分かった。ではどうして人間を一番に考えることへ怒りを覚えるのか。彼女も人間には違いないだろうに。


「………」


 いや待てよと。ある場面が脳裏をよぎった。


 ドラゴン討伐イベントでのこと。1頭目のレッドドラゴンと対峙した際、俺はクラリス団長のステータスを確認した。彼女はドラゴンに引けを取らない能力値に加えて、ある特異性を備えていた。俺達と異なる種族の生まれだったのだ。つまりセリーヌも姉と同種族である可能性が高い。


 種族が違えば考え方も変わる。過去に人間至上主義者から酷い言動を受けていても不思議じゃない。


 ひとまずステータスを確認してみよう。種族がハッキリすれば彼女の言動も一定の意味を成す。それに加えてセリーヌの強さも確認しておきたい。パーティランクBのドラゴンナイツを全員伸した事実は、彼女もまた姉同様に非凡な能力を持つ証左になりうる。


 さぁ、どうだろう。


「…………」


「…………」


「…………」


「………なにじっと見てんだよ。きめーな」


「あれ。少々お待ちください」


 おかしいなと首をひねる。いつまで経ってもステータスウィンドウが出てこない。今までにない事態だ。故障だろうか。


「えい、ステータス!出てこい!えいやー!」


「急に謎の言動すんな。近所のヤバ僧かよ」


 変わらない。何も来ない。目の間には相変わらず金髪デブギャルがいる。なんで鼻毛剃らないんだろう。


 自分のスキルは確認できるだろうか。ステータスが現れないとなると難しいかもしれない。


 ダメもとでやってみる。すると予想に反して、目の前に見覚えのあるウィンドウが現れた。



 ----------------------------

【スキル】






 魔封じ:1

 ----------------------------




「え…………あ、なるほど」


 相槌を打つ。理解した。どうやら適性検査で使用可能魔法の露呈を回避した結果がウィンドウに現れたようだ。


 俺の強い願いが【魔封じ】というスキル習得に繋がり、このスキルを得たことで他の魔法が使用できなくなったのだろう。適性検査を乗り切るだけでよかったのに。中々大がかりな状態に陥っていた。


 原因が分かれば話は早い。魔封じを解除すれば元通りだ。


 よし、解除。そしてステータス表示。


「………」


「………」


 あれ。


 祈りが足りなかったか。もう1度解除、解除と強く念じる。


「………」


「………」


 あれ。




 ----------------------------

【スキル】






 魔封じ:1

 ----------------------------




「………」


 うそでしょ。


「さっきから何なん?挙動不審マリス代表かよ」


「いえ、その、使えなくなってるんです。魔法」


 動揺のあまりつい漏らしてしまった。するとセリーヌは一瞬驚いた表情を見せた後、例の邪悪笑顔を浮かべた。


「ええやんええやん!それってつまり一般人以下、虫けらになったってことっしょ?メシウマっすわ~。ご飯100杯いけますわ~。あ、っていうか持って来いの展開じゃん。ここで待ってたのはそういうことなんだけどー、お前さ、あーしに借りあるだろ。それも2つね。これもう生殺与奪を握ってるようなもんだよな。とりまついて来いや。拒否すんなよ。しても無駄だけど!」


 突然マシンガントークをしたかと思えば有無を言わさず首根っこをつかまれた。身動きが取れない。なんて力だ。


 そのまま大通りをドナドナされる。なすがままだ。反抗する気力さえわいてこない。


「あぁーー」


 なぜだ。


 魔法使えなくなるとか聞いてないよ。

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