第105話 Contrition
身体が硬直する。冷や汗が止まらない。盲点だった。気が付かなかった。
嘘に嘘を重ねた結果、決定的な矛盾が発生してしまった。これでは信憑性も何もあったもんじゃない。検査結果の証拠能力が消え去ってしまう。
本日2度目の危機的状況だった。面々の疑わし気な視線が俺の言葉を待っている。どうすればいい。真実を伝えるしか方法はないか。
「………言いましたっけ?」
「なにを」
「私が回復魔法を使用できると、1度でも口にしましたか?」
「……………」
悪あがきもいいところだ。更に嘘を重ねることで取り返しのつかない領域まで達している。ただ、思い返せば俺から彼女たちに伝えた記憶はない。勝手に回復魔法メンバーに加えられた。
ではどうやって俺が回復魔法を使用できると判断したか。恐らくステラ・コリスから受けた傷の治り具合だと思う。異常な回復速度は回復魔法の表れだ。
シンクが現場を目撃していれば話は変わってくる。俺が回復魔法を使用した瞬間を。もしそうなら終わりだ。しかしクラリスの表情を見る限り、そんなこともなさそうだった。
いける。そう確信した時だった。1人の女性と目が合った。そのヒトは金髪でガングロだった。
瞬間的に思い出す。ドラゴン討伐の前夜だ。俺はセリーヌに回復魔法を使用した。彼女だけは俺が回復魔法を使用できる事実を知っている。
「せり……」
話しかけようとするも躊躇する。なんて言えばいいんだ。黙っていろか。庇ってくれか。いずれにせよ素直に聞くタマじゃない。
「マーガレット団長。今の話は本当か?だとしたらあなたは、何もできない一般人をドラゴン討伐メンバーに加えたことになる」
キツネ眼がクラリスに問いかける。いらん横やりだ。それよりもセリーヌの口を塞がなければならない。
「検査結果が真実なら、そういうことになる」
「どう責任を取るつもりだ」
「責任とは?」
「役立たず2体をパーティに加え、我々を危険に晒した責任だ」
豚の彼が「我も?」といった表情で自身を指差した。むしろお前の方が役に立たなかった、などと言うのは流石に可哀想すぎるのでやめた。
「分からないな。貴殿は私に何を求めているんだ」
「この男とあのオークが受け取るはずだった素材報酬を他の全員に分配しろ」
キツネ眼は相変わらずの意地汚い笑みでクラリスを見つめている。一方俺はというと、セリーヌに目で訴えかけていた。回復魔法の件言わないでと。
セリーヌはセリーヌで嫌らしい笑みを浮かべた後、無言でピースサインを送ってきた。訝し気な視線を向けると、ピースピースと強調してくるではないか。
顔を窺う。アへってはいない。ならばなんだ。純粋なピースではなく、異なる意味を示しているのか。
「あ」
ピンときた。ピースではない。2だ。数字の2を意味している。つまり、貸し2つ目ということだ。
思わずしかめ面を浮かべてしまう。自称ポーカーフェイサーにとってあってはならない事態だ。しかしそれ程の出来事とも言える。
セリーヌのような得体のしれない黒ギャル系性格悪女子に借りを2つも作ってしまうなど、闇金に数百万借金するのと同義だ。未来が予想出来ないという点ではこちらの方が厄介かもしれない。
彼女が回復魔法の件を黙ってくれるのは僥倖だ。しかしその代償があまりに大きすぎる。事態が全く好転していないと思うのは気のせいだろうか。
俺とセリーヌのやり取りをよそに、クラリスとキツネ眼は報酬の件で舌戦していた。キツネ眼の主張は変わらない。イケダとオークの報酬を2人以外に等分しろというものだ。対するクラリスは無理だ、の一点張りだった。当初の取り決め通り参加者で等分する、例外はないとのこと。話し合いは平行線をたどっている。
ちなみに当事者Bの緑オークはアタフタしているだけだった。出会った当初のカタコト中ボスキャラはどこへいったのだろう。ますますダメキャラに磨きがかかってきているのは気のせいだろうか。
セリーヌとの裏取引を成立させたことで少々の安心を覚えた俺は、もはやどうでもいいと思えるやり取りに終止符を打つことに決めた。
「クラリスさん。大丈夫ですよ。自分とジークフリードは報酬いらないです」
「あ?」
若干切れ気味の声を発したのは当のクラリスだった。なぜお前が怒る。
「いえ。ドラゴンナイツの彼がおっしゃる通り、何もしてませんし。自分らに頂く権利はありませんよ」
「おい。勝手に我の分も決めるな」
「参加した以上権利はある。例外は存在しない」
「私は例の事件で助力頂いた対価として遠征に帯同したのです。報酬は前払いで頂いています」
「参加した時点で対価は得た。ドラゴン討伐の報酬は別の話だ」
「本人がいらないと言っているんですよ。これ以上の要求がありますか」
どうせ数万ペニーか、多くても十数万ペニーだろう。数日ゴブリンと遊べば稼げる額だ。それよりもキツネ眼との軋轢を回避するほうがずっといい。
「頑なな男だ」
「お互い様でしょう」
「確かにな。承知した、2人の素材報酬はパーティ全員で分配する。ケイン殿もそれで文句ないな?」
「……ああ」
「我は文句しかないのだが」
見事なまでに全員から無視された豚の彼に憐憫の眼差しを送った後、ケインと呼ばれたキツネ眼に視線を向ける。彼は彼でどうしてか苛立っていた。期待通りの展開とはならなかったようだ。俺とオークが騎士団からも糾弾され四面楚歌となるのを望んでいたのだろうか。何がそこまで彼を駆り立てているんだ。
「団長。戻りました」
聞き馴染みのある声だ。クラリスの背後へ視線を向ける。入口の方から歩いてきたのは副団長のシンクだった。ドラゴンの素材売却が終わったようだ。
「ご苦労。一人頭いくらだ」
「2つのパーティとイケダさん、ジークフリードさんには、討伐報酬と素材売却報酬を合算して、1人につき180万ペニーが支払われることとなります」
『おおお!』
「え」
キツネ眼とセンス・オブ・ワンダーのリーダーが歓声を上げる。素材売却から戻ってきたパーティメンバーも合流して互いに喜び合っていた。
一方で俺はとてつもない後悔に襲われていた。そんなに貰えたんかいと。ゴブリンで換算すれば6000匹。1日100匹倒す計算だと60日。60日間も働かずに済んだ。それを先程の短いやり取りでドブに捨ててしまった。
視線を感じた。隣を見る。緑の彼が恐ろしい形相でこちらを睨んでいた。思わず目線を逸らす。言い訳の仕様が無い。
キツネ眼に恨まれてでも貰っておけばよかった。
「おっとシンク副団長。そこの彼とオークは報酬を受け取らないそうだ。2人の受取額を分配した分も支払いに含めてくれよ」
「え、そうなのですか」
シンクはこちらを見て、すぐにクラリスへ視線を移した。彼女はシンクへ首肯した。
「分かりました。あちらのテーブルでお渡ししますので、ついて来てください。受け取ったらその場で解散です」
シンクの先導に2つのパーティが従う。何故か黒ギャルもついていった。残ったのは俺とオーク、そしてクラリスのみとなった。
どうしよう。俺も帰っていいのかな。そう思ったタイミングで団長から話しかけられた。
「いいんだな」
「はい?」
「これでいいんだな」
いつもの無表情だった。しかし瞳には真剣みが帯びていた。
「貴殿がどんな方法で回避し、どんな理由で受け入れぬのかは分からない。結果的に名誉も金も分散されてしまった。貴殿には何も残らない」
「いいえ。唯一残ったものがあります」
「なんだ」
「自由です」
瞳の奥を覗きこまれるような心地だった。まるで裁判を受けているようだと思った。
「そういうことか。事前に相談してくれればいくらでもやりようはあったが、そこまでの信頼関係は築けていなかったようだな」
意外にも彼女は聞く耳を持っているらしい。見た目の堅物感で判断してしまった。今更どうしようもない。
「すみません」
「謝らなくていい。ただこれだけは言っておく。捻じ曲げられた真実はやがて事実へと収束していく。個人がいくら努力しようと世界は見逃してくれない。貴殿は、貴殿が思っているよりもずっと追い詰められている」
「………」
そうかもしれない。今後も水準以上の生活を送るためには魔法の存在が必須だ。その過程で今回のようにボロが出てしまう可能性はある。そして今度こそ誤魔化し切れないかもしれない。
やはり早急にセレスを見つけ出す必要がありそうだ。いま彼女はどこへいるんだ。ピョンと目の前に出てきてくれないものか。
俺の反論を待っていた様子のクラリスだったが、何も言い出さないのが分かるとクルリ背中を向け歩き出した。しかしその歩みは三歩で止まり、背中越しに語り掛けてきた。
「誰に言うわけでもないが………もしもあの時、背後から2体目のドラゴンに強襲されていたら、多くの犠牲が生まれていただろう。少なくともこうして笑い合う姿は見れなかったはずだ。だから、ありがとう。あなたを信じたことは間違いじゃなかった」
今度こそ去っていく後姿を見つめる。
この気持ちは何だろう。言い表せないモヤモヤが心の隅々まで広がっていく。もしかすると、もしかすると。
「おれ、間違えたかな」
「むしろ正しかったことの方が少ないだろう。とりあえず我の180万ペニー返せ」
「あぁ」
生きることは難しい。
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