第104話 Phimosis
掲示板とは反対側の通路の先に1つの扉が見えた。その直前で立ち止まる。
「ここから先はお前1人だ。入室してすぐに机と椅子がある。机上の魔具に右手をはめ込めば準備完了だ。1分もしないうちに結果が表示される。なんか聞きたいことあるか」
「はい。ギルド側にも結果が分かるようになっているのでしょうか」
「ああ。適性検査を受けることは冒険者ギルドに使用魔法を提示するのと同義だ。やっぱりやめるか?」
「いえ。やります」
「そうか。使い終わったら報告に来いよ」
首肯して部屋に入る。
アレックスの言葉通り3畳程度の広さに机と椅子がポツンと置かれていた。それ以外は何もない。
椅子に腰を下ろし、机上に置かれているものを見つめる。簡素な石板だ。手をカタチ取った窪みがある。ここに右手をはめるようだ。
「……………」
腰を上げる。ここまできて躊躇を覚えてしまった。本当に使用可能魔法を開示する必要があるのか。別の道はないのか。
例えば、今更ながら氷魔法の使用を認めたらどうだろう。僕がレッドドラゴンを倒しましたと伝える。適性検査を回避できるだろうか。
「……いやー」
遅きに失した感がある。ドラゴンを倒した直後なら信じてもらえただろう。だが1度誤魔化した都合、容易には受け入れまい。適性検査を受けさせて信憑性を確かめるはずだ。
再び腰を下ろす。やはり無理だ。何もかも投げ捨てる覚悟がない以上、検査を受けるほかない。
氷魔法と回復魔法は確実に表示されるはずだ。ステータス、MP吸収、解読魔法はどうだろう。解読魔法はともかく、残り2つは魔法の範疇に含まれないと思う。というかそうであってほしい。
「あー」
逃げ出したくなる衝動をグッと抑える。やろう。やるしかない。全ては俺が蒔いた種だ。責任をとれるのも俺だけだ。
右手を顔の前にかざしてジーッと見つめた後、ゆっくりと石板へ近づける。冷えた感触と共に窪みへ嵌める。その瞬間、石板から光があふれだした。
「うお」
まぶしい。目が焼かれた。これがロストテクノロジーの光か。
数秒が経ち視覚が戻ってくる。視力回復の先にあったのは、縦横1m程度のウインドウだった。宙に浮いている。ステータスウィンドウに近しい。
ウインドウには1行の文が表示されている。氷魔法と回復魔法か、もしくは所持スキル全てか。
どうだ。
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ほうけいはろんがい
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「え」
あれ。
えーと。
「……………」
数十秒文言を見つめた後。
やおら立ち上がり、勢いよくドアを開ける。思いのほか大きな音が出たようで、クラリス達含む周囲の視線を集める。しかし気にしない。相変わらず人気ゼロの4番受付へ進む。
「へい、キャプテン。キャップ!」
「キャプテンじゃねえよ。つーかなんだよあの結果は」
「こっちの台詞ですよ」
「いや俺の台詞だろ」
どうやらギルド側にとっても想定外の事態みたいだ。目の前のヒゲハゲおじさんは困惑の色を隠せていない。
「検査を受ける前に弾かれることはあるのですか」
「聞いた事ねえよ。火魔法とか、適正無しって表示されて終わりのはずだ。なのになんだりゃ。魔具に拒否されるニンゲンなんて初めて見たわ」
「どうすればいいですか」
「うーん、そうだな…」
「おい。何があった」
振り返る。クラリス達が立っていた。ほとんど全員が怪訝な表情を浮かべている。セリーヌだけニヤニヤしていた。
「こいつが検査受けたらよ、文字盤にほうけ―――」
「何やらイレギュラーが発生したようです。もう1度試してきますね」
「そうか。ではもう少し待っていよう」
アレックスをキッと睨みつける。彼は口パクで、すまんすまんと伝えてきた。
クラリス達を受付に残してもう1度検査室に入る。三度無骨な石板に迎えられる。当初は神秘性さえ感じたのに、今では疑惑の対象でしかない。石板にジト目を浴びせつつ着席する。
「…………」
うーん。
「…………」
一応。念のため。ズボンの中からブツを探り、外壁を外す作業を行う。
真性ではない。これは本当だ。本気を出したら顔が出る。平均的日本人の特徴を有している。
「よーし」
準備完了だ。今度こそ間違いないだろう。
右手を石板にはめ込む。再び光の世界が訪れた。その光を浴びながら俺は別のことを考えていた。
被っている。皮で本体を包む。包む。隠す。皮で隠す。隠す。
そうだ。自分のモノなんだから、自分の力で隠すことも可能なはずだ。間に合うか?やってみよう。強く強く、隠れろと念じる。かくれろ。
瞬間、身体中のエネルギーが抜き取られるような心地を覚える。マズいと思いつつも止めようがない。耐え難い空虚感に辟易しながらジッと我慢する。
視界が戻った。ウインドウが映る。例のごとく文字列が記されていた。期待半分、不安半分で覗き込む。
どうだ。
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適正無し
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「おおお」
すばらSWEET。思わずガッツポーズする。期待はしたが期待通りにいくとは思わなかった。最高だ。追い詰められてやっと華が咲いた。両親にやればできる子と言われ続けた甲斐があった。
意気揚々と扉を開ける。先程とはまるで景色が違う。これが勝者の視界か。
クラリス達は4番受付でたむろしていた。まずは窓口のアレックスに話しかける。
「クラリスさん達には伝えましたか?」
「まだだ。言っていいのか」
「ええ。どうぞ」
アレックスはクラリス達を呼び寄せて、俺の検査結果を伝えた。
「結果が出た。適正無しだとよ。つまりイケダは魔法を使うことができない」
「なんだと?」
一斉に疑惑の視線を向けられる。俺は涼しい顔で受け止めた。どれだけ疑われようと、文句を言われようと、物証がある限り俺の優位は覆せない。これが勝者の余裕だ。
クラリスは「ここは受付の邪魔になるから移動しよう」と言って、アレックスに礼を言った後、隅の方へ移った。俺達もついていく。
彼女は少々の間、おでこに手を当てながら口をモゴモゴさせ、言おうか言わまいか逡巡した後、呟くように問いかけてきた。
「氷系魔法はまだ分かる」
「ええ」
「だが回復魔法まで表示されないのはどういうことだ」
「あ」
やば。
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