第102話 Retribution

「分からないとはどういうことですか」


「言葉通りです。私にも何が何だか分かりません。逆に聞きたいくらいです。どうしてこうなったのでしょう」


「イケダさんが氷系魔法で仕留めたんですよね?」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


「私をからかっていますか?」


「そんな滅相もない。ただその、言葉にしにくいと言いますが、なんというか、えー」


「……………」


 シンクが真意を問うような目で見つめてくる。彼だけになら本音を漏らしてもいいかもしれない。しかしこの場には騎士団員や冒険者の姿もある。人の口には戸が立てられない。


「セリーヌ様は彼の魔法をご覧になられましたか?」


 矛先が変わった。どうやら第三者の意見から事実を判断するようだ。その選択は俺にとって非常にまずいものだった。


 セリーヌが俺の氷魔法を見たかは不明だ。その部分はどうでもいい。大事なのは彼女が俺の意思に反する発言を平然としそうなことだ。むしろ今までの言動を見れば絶対にする。「こいつが氷魔法で倒した。これ正論」って言う。


 眼の奥に力を込めて彼女を見つめる。頼む。どうかこの時だけは俺に与してくれ。


 そんな思いが通じたのだろうか。いや、絶対に通じたとは思えないが、セリーヌは俺へにたぁっとした笑みを投げた後、シンクへ顔を向けた。


「見てないよ。これマジ」


「本当ですか?」


「知らん。本当かどうかを決めるのはお前だろ」


「質問を変えます。彼がやったと思いますか?」


「普通に考えたら………思わんだろ。レッドとはいえドラゴンだしょ。素人童貞1人で倒せるわけないやろ。無理無理」


「そう、ですね。普通に考えたらそうかもしれませんが…」


「あ、すみません。ちなみに自分は素人童貞ではないです。はい」


 訂正しておく。既成事実になったら大変だ。いや大変ではないけど。誤解はされたくない。


 シンクはジークフリードの方を向いて口を開きかけるもやめた。俺と以前からの知り合いである豚の彼が、真実を話してくれると思えなかったのだろう。


 俺は平静を保ちつつもセリーヌをチラ見する。まさか彼女が庇ってくれるとは思わなかった。どんな風の吹き回しだろうか。


 答えはすぐに出た。目が合ってしまったのだ。顔の前で人差し指をピンと立てている。1本。100万か。いや違う。口パクしている。あ、し。違う。か、し。貸し。貸し1つということか。


 背筋を寒気が通り抜ける。最悪だ。セリーヌのような女に借りを作ってしまった。


「そうなると、困りましたね。ダリヤ政府に調査討伐報告書を提出しなければならないのですが、2頭目のドラゴンはどんな扱いにすればいいのか」


「テキトーに書いとけよ。発見した時には既に死んでたとか」


「うーん。まぁ、そうするしかなさそうですね」


 シンクは不承不承の様子で頷いた。これ以上の追及はなさそうだ。


 どうやら危機的状況を脱することができたらしい。シンクには不信感を抱かれ、セリーヌには借りを作ってと散々な結果になったが、政府の犬コースは回避できた。


 ドラゴンと対峙した時よりも緊張した。ニンゲン怖すぎる。



 シンクが部下に指示を出した。騎士団員達はドラゴンのもとへ向かい素材回収作業に入る。


「しかし残念ですね。もしイケダさんが単身で倒していたら、討伐報酬と素材報酬で数千万ペニーを手にすることができたのに」


「え」


 含みのある笑顔だった。今ならまだ遅くないとでも言われているようだ。


 数千万は魅力的だ。だがそれ以上に魅力的な存在がいる。ここで流されるわけにはいかない。


「いえ、ですから自分は――」


「調べてみればいい」


 振り返る。そこにいたのはドラゴンナイツのリーダーだった。昨夜ジークを侮蔑したキツネ眼の男である。


「調べるとは?」


「彼、イケダと言ったか。イケダが本当に氷系魔法が使えないのかどうかだ。冒険者ギルドの魔具を利用すれば確認できる」


「確かにマジックアイテムを使えば、個人の使用可能魔法を確認できます」


「そうだろう。もしも氷系魔法が使えるなら、ドラゴンを討伐したのはイケダになる。彼自身は何が何だか分からないと言ったが状況的に確実だ。そうなれば中々の報酬を得られる。悪い話じゃないだろう。まさか断るということもあるまい」


「イケダさん」


 シンクの瞳からは戸惑いが見て取れた。彼は気づいている。俺が氷魔法の使用可否を明確にしたくないということを。


 それはキツネ眼も同様だ。奴も俺が誤魔化したことに気づいた。探られたくない腹があると見抜いた。だからこそ突いてきたんだ。


 なぜそんなことをしてきたのか。思い当たる節はある。ジークの隣にいるからだ。キツネ眼は人類至上主義でオークを嫌悪している。殺したがっていると言ってもいい。そのオークと行動を共にしている人間を嫌いにならないことがあろうか。


「えーと」


 苦笑いを浮かべつつ考える。拒否できるか。拒否するとしたらどんな理由だ。駄目だ。思い浮かばない。


 言い訳ならいくらでもできる。個人の使用可能魔法を特定する魔具があるなんて知らなかった。キツネ眼が俺にまで刃を向けてくるなんて思わなかった。そもそも単独でドラゴンと対峙する状況に追い込まれるなんて想定していなかった。


 シンクとキツネ眼だけではない。この場にはシンクの補佐とセンス・オブ・ワンダーのリーダーもいる。全員が納得できて、かつ氷魔法の件を有耶無耶にできる回答などあるはずがない。


 今思えば一番最初に中途半端な道を選んだのがいけなかった。ドラゴンを殺した、殺してないとハッキリ断言すればよかった。そうすればここまで拗れることもなかったはずだ。


 どうしようもない。今更前言を撤回したところで魔具による魔法検知は免れない。つまり詰んでいる。



 俺の絶望を感じ取ったのか、それとも起死回生の一手を授けに来たのか。黙って聞いていたマーガレット妹がズンズンとこちらへ歩いてきた。


 正面に立つ。そして一言。


「おまえ因果応報って知ってる?」


「…………」


 知ってるよ。

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