第101話 Fake

「せ、セリーヌさん」


 なんであなたが、と尋ねる前に彼女の方から口を開いた。


「お前さ、童貞だろ」


「え」


 まじまじと彼女の顔を見つめてしまう。開口一番が想定外すぎて、開いた口が塞がらない。混乱は頂点に達している。俺は今どこにいて何をしていたんだろう。


「言い方変えるわ。お前氷系魔法も使えんの?」


「え」


 言い方変えるのレベルではない。セリーヌの中では氷魔法使用者≒童貞という図式が出来上がっているのだろうか。バーチ・スウィンナートン=ダイアー予想並みの難解さだ。


 前者はともかく後者は誤魔化し切れるとは思えない。思えないが、チャレンジする分にはタダだ。やってみよう。


「童貞ではありませんし、氷魔法も使えません」


「ウソ乙!目の前にスペシャルワンがいんのに、1回も誘ってこねーじゃねーか。性欲ゼロか童貞に決まってらぁ」


「決まってらぁって。スペシャルワンだかスペシウム光線だか知りませんが、つい先日出会った女性に性交渉を求めるほど軽率じゃない」


「小僧が使いそうな言葉だよ。慎重派とか思慮深いとか。ただ単に勇気が無いだけだろ」


「勇気と蛮勇は違います。誰も彼も誘うのが素晴らしい男性とは思えません」


「そうやってお前らは時機を逃し、最後には運命の女性じゃなかったとか何とか言って自分を誤魔化す。はい、死ぬまでボッチけってーい」


「いや、っていうか氷魔法について聞いてこいよ」


 なぜ急に少子化問題へメスを入れるような話題を放り込んできたんだ。そもそも童貞云々の話はジークフリードにして頂きたい。どの分野も専門家に聞くのが一番だ。


「じゃあ聞くけど。後ろのドラゴンやったのお前?」


「その質問に答える前に1つ確認させてください。もし私がドラゴンを倒したと言ったら、どうなりますか?」


「偉い奴らに見つかる、囲い込まれる、マリスから出れなくなる、行動制限かけられる、出会い無くなる、結婚できない。はい、死ぬまでボッチけってーい」


「その結論に持っていくのなんすか」


 セリーヌの考えは俺の予想から外れていない。ドラゴンを単身で討伐するという行為は、マリスひいてはダリヤの有力者に目を付けられる要因となる。


 これが異世界転移直後ならまだいい。右も左も分からない状況で国の庇護を受けるのは悪くない選択だ。だが俺には確固たる目的がある。セレスとの再会を果たすことだ。果たしてダリヤ商業国に属することは、俺の目的を妨げることにならないか。


「……………」


 なると思う。妨げになる。セレスと別れたのは獣人国だ。そうなると彼女の所在地は獣人国、もしくは実家がある紅魔族領の可能性が高い。間違ってもダリヤではないだろう。


 有力者に目を付けられるとダリヤから離れられなくなる。獣人国や紅魔族領を探しに行けない。それは嫌だ。有名になることが自由を奪われることと同義なら、俺は無名のままでいい。


 当初の予定通り誤魔化そう。誤魔化しチャレンジいってみよう。


「分かりました。結論から申し上げますと、ドラゴンを倒したのは私ではありません」


「お前、平気な顔でとんでもないウソつくよな」


「本当です。私じゃない」


「じゃあ誰なのよ」


「自滅です」


「メッチャ氷ぶっ刺さってんだけど。火を扱うレッドとは正反対の属性なんですけど」


「言い方を変えましょう。神々の裁きです。突如天空より現れた氷槍ロンギヌスがレッドドラゴンを貫きました」


「言い方変えるのレベルじゃねーだろ。ミント・シーランスのパンペルー問題じゃねえんだから」


 なんだそれは。こちらの世界にも未解決問題が存在するのか。


 セリーヌは頭を掻きながら面倒くさそうに言葉を足した。


「あーしにあーだこーだ言う分にはいいけどさ。これを他の奴らが見たら―――――」


「うお!!なんだこりゃ」


 野太い声がした。マーガレット妹の後方からだ。そこに立っていたのは1頭目のレッドドラゴンと相対していた面々だった。そのメンツの中に緑の彼も紛れ込んでいた。


「セリーヌ様……と、イケダさん?」


 シンクの表情からは困惑の色が見て取れた。


「向こうのドラゴンはどうされましたか」


「倒しました。今現在は団員達が死体から素材を回収しています。そんな折にジークフリードさんから、もう1頭ドラゴンが現れたと報告を受けまして。こうして参上した次第ですが……」


 シンク達の眼は絶命したドラゴンへ向けられている。一方の俺はジークを睨みつけていた。


 急に姿を消したかと思えば、余計な真似をしてくれる。氷槍を隠滅する間もなかった。これでは誰の仕業か丸わかりだ。


「セリーヌ様が仕留めたのですか」


「ちげーよ。あーしが氷系魔法使えないの知ってるだろ」


「では……」


 全ての視線が1人に集中する。渦中の俺はポーカーフェイスを維持するので精いっぱいだった。


「イケダさんがやったんですね」


「えー、いや、そのですね」


「イケダさん?」


「あー、分かりません」


「は?」


 予想外の返答だったのだろう。シンクは文字通り目を丸くした。周囲の面々も同じような反応だった。


 頷いたら終わる。セレス捜索が滞るのは明白だ。だからと言って嘘はつきたくない。シンク達は命の恩人だ。出来うる限り誠実でありたい。


 そうしてこの短時間に導き出した結論が、知らぬ存ぜぬで突き通すことだった。肯定も否定もしない。


 中庸を貫く。

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