第99話 Lilith
「おお」
『うぉぉぉぉぉぉぉおお!!』
驚いたのは俺だけではなかったようだ。ほぼ全員が雄たけびを上げた。騎士団員も例外ではない。
素晴らしい。体当たりだけでなくファイヤーブレスまで完全に防いだ。後方部隊は余裕さえ感じられる。
クラリス団長が用意した戦力に間違いはなかった。ギリギリの戦いでは犠牲が生まれる可能性が高くなる。圧勝こそが指揮官に求められる結果だ。
「グルルルゥゥ」
レッドドラゴンはうなり声を上げながら空にぷかぷか浮いていた。即座に次の攻撃へ移らないあたり、主要攻撃は物理攻撃とファイヤーブレスだけのようだ。つまり奴に打開策はない。
クラリスへ視線をやる。余裕の表情を浮かべているかと思えば、そうでもなさそうだ。眉間にしわを寄せている。
「防御にまで魔法を使わされるか。後衛部隊の残存魔力に不安を覚えるな」
「そうですね。いかがしますか」
「そうだな……私も出よう。何度かは攻撃を肩代わりできるはずだ」
クラリス団長がくるりと振り返る。
「後衛部隊に告ぐ。これより私は単独でかく乱行動を行う。ドラゴンの周囲をウロチョロするが気にせず攻撃してくれ。以上」
ざわつきを覚える部隊をよそにクラリスはドラゴンへ向かっていった。その背中に気負いや焦りはない。シンクや前衛の騎士団員も落ち着いた様子だ。団員の誰かが彼女を止めることもない。
彼らの信頼は厚い。クラリスの力に絶対の自信を抱いているようだ。だからこそ万が一がありうる。強者の敗北はいつだって予想外から生まれるものだ。
ステータスを確認すれば分かるはずだ。あまりに力の差があるようなら、彼女の腰に抱きついて行かないで行かないで作戦を決行する他あるまい。
どうだろう。
【パーソナル】
名前:クラリス・マーガレット
職業:騎士
種族:ハイサキュバス
年齢:24歳
性別:女
【ステータス】
レベル:133
HP:20910/20922
MP:2901/2901
攻撃力:9125
防御力:2067
回避力:8329
魔法力:3016
抵抗力:3417
器用:1901
運:1666
「…………」
どこからツッコめばいいんだ。
「ちょっとセリーヌさん!あなたのお姉さんはビッ―――」
振り返る。地面に金髪ギャルが寝転がっているはずだった。しかしいたのは緑肌の小心者1体だけだ。
「セリーヌさんは?」
「知らん。いつの間にか消えていた。それよりも小水に行ってきてよいか」
「よくこの状況でトイレ行こうと思うよね」
「なんか余裕そうだから緊張が解けた。それと同時に尿意を催した。お前も一緒にするか?」
「いいです。1人で行ってきてください」
ドラゴンがいる方向とは反対側へ走っていった。別にここですればいいのにとも思ったが、人間以上に世間体を気にするオークだ。人前でおしっこを垂れ流すなどプライドが許さないのだろう。
「…………」
さて。
どうしよう。
オークの彼が言った通り、前方の戦いからは余裕がうかがえる。前衛の騎士団と魔法部隊だけでも勝ち筋が見ているのに、これに騎士団長まで加わったのだから余裕も余裕だ。
更にこの騎士団長がすごい。宣言通りレッドドラゴンのヘイトを集めてドラゴンの攻撃を一身に受けている。受けているというか躱している。ドラゴンタックルもドラゴンクローもファイアーブレスも全て。異次元の動きでいなしていた。流石回避力8千越えだ。数字はうそをつかない。
団長のクラリスが翻弄する。前衛の騎士団が防ぐ。後衛の魔法部隊がダメージを重ねる。好循環は止まりそうになかった。
人類の真価は繁殖力と団結力にあると思う。協力関係を築ける相手を一定数揃えれば魔物界トップクラスのドラゴンにだって負けない。クラリスたちはそれを示していた。
そして俺はヒマになった。
クラリス団長の期待を背負って参加したドラゴン討伐だったが、結局いてもいなくても変わらない存在に落ち着いてしまった。それがイケダの性と言えばそれまでだが、僅かでも貢献したかった。いつだって誰かの期待を裏切るのは心苦しい。
仕方がない。氷魔法をお披露目する覚悟もなければ俺の出番は皆無だ。大人しくしていよう。
今は何もしないことこそが最上の決断だ。
「うぉおおおおお!?!?」
なんて思ったことがいけなかったのだろうか。何やら聞き覚えのある叫び声が聞こえてきた。間違いなく緑の彼だろう。
声は背後からだった。振り返る。いない。岩壁があるだけだ。
「ひぃぃぃ!なんでだーー!」
どうやら岩壁の反対側らしい。おしっこに向かった先で何かがあったようだ。
ドラゴンと戦っている集団をチラリ見やる。誰1人としてこちらを気にする様子がない。ジークの叫び声は俺にしか聞こえなかったようだ。
何がどうなっているのか定かではないが、まさか放っておけるはずもない。友人であり命の恩人だ。騎士団に助力は乞う余裕はない。単身で向かうこととする。
軽ジョギングで岩壁の反対側へ続く道を進む。その間にも「なんで我がこんな目にー!」「だれかー早くぅ―!」などと助けを求めることが多く聞こえた。
おしっこ中に襲撃を受けたようだ。相手は誰だろう。ジークが叫び声を上げざるえない状況とはつまり、言葉が通じない強者ということになる。
まさかねと思いつつ反対側の広場に到着する。そこにいたのは、何やら見たことのある赤い生き物だった。
「グギャァァァァオァァア!」
「うぉぉ!?盾が、盾がブレスで燃えたー!」
赤いドラゴンと緑のオークが相対していた。
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