第98話 Dracarys
太陽が真上に昇り、その後少し下がったあたりで、パーティは中腹にたどり着いた。一筋縄ではいかない道中だったが、旅慣れしているメンバーで構成されていたこともあり、誰一人欠けることなく中間地点に到達した。
「皆さん、ここで昼休憩を取ります。騎士団の担当は食事の用意をお願いします。ドラゴンの寝床まではあと数時間の路程です。十分に英気を養ってください」
副団長シンクの号令がかかった。パーティー面々は彼の言葉に従い、思い思いの態勢でくつろぎ始める。
さらり周囲を見渡す。騎士団の面々はともかく、冒険者連中にも疲労の様子は見られない。今すぐにでも戦闘を始められそうだ。
かく言う俺も余裕綽々の顔を晒している。回復魔法使いの利点は虚弱体質でも歩き続けられるところにある。
パーティが休憩場所に選んだ場所は少々開けた広場になっていた。背後は岩壁、右が登ってきた道、左が頂上へと続く道だ。正面は崖になっており眼下を見下ろすことが出来る。
「ダーイケ。配給持ってきてー」
「自分で持ってきなさいよ」
早くもぐでんだらり状態のセリーヌに文句を言う。ダーイケ言うなよ。
「イケダ。我のも頼む」
「いいよ」
「おいごらぁ!」
華麗なるネックスプリングで立ち上がった彼女は例のごとくメンチを切ってきた。
「てめぇ、あーしのは断ってオークのは受け入れるとはどういう了見だ?あぁ?」
「頼み方というものがあるでしょう」
「オークも平身低頭ってわけじゃなかっただろうが」
「たしかに」
「納得すんなし。追撃できねーだろーが」
そう言うとセリーヌは再び地面に寝転がった。なんだ今のやり取り。
「じゃんけんで負けた人が取りに行きましょう」
「おいおい。配給だろう?すぐそこで配っている。10秒もかからん。だからこそ頼んだのだ。じゃんけんをする必要性が感じられん」
「そんなことを言うならジークさん、3人分取りに行ってきてください」
「だが断る」
「お前なんなの?」
狂っている。マーガレット妹も、ジークフリードも。
まるで緊張感が感じられない。ドラゴン討伐が間近に迫っているというのに。もしくは俺が緊張しすぎなのだろうか。
周囲を見渡す。騎士団も冒険者パーティも昼食をとっているが、彼らの眼に油断は感じられない。緊迫感も存在する。やはり足元の2匹が異常なのだろう。
「あ」
セリーヌがむくりと上体を起こした。視線は彼方へ向けられている。
「どうしました?」
「クソだりー奴来たわ」
アナタの存在の方がだるいですね、などと軽口を叩こうとした最中。背後からも同じような声が上がった。
「……皆、立て。防具を身につけろ。武器を構えろ。――――――来るぞ!!!」
クラリス団長の声が響く。振り返る。彼女もセリーヌと同じ方向を見つめていた。
この状況で来ると言ったら1つ、いや1頭しかいない。逡巡する間もなかった。空の彼方から物凄い勢いで何かが近づくのが見えた。
「第一騎士団。前進、盾構え!レイ!」
「はい団長。後衛、後方支援は前衛の背後に回り、衝撃に備えてください。シールド系の魔法を使用できる人は、前衛の目前に張ってください」
団長、副団長の両者から指示が出る。騎士団と冒険者パーティが粛々と動き始めた。流石は歴戦の勇士達だ。棒立ちしたり狼狽するものはいない。1体を除いて。
「はわわ……ど、どらごんて。ドラゴンが来るのか、おい!わわ、我はどうすればいいんだ」
「………」
先程までの余裕は見事に消え去っていた。むしろパーティの中で一番喚いている。ホラー映画で最初に殺される奴に等しい。
「フランチェスカ先輩よりは弱いと思いますよ」
「それはそれ、これはこれだろう!ドラゴンだぞ?最強生物だぞ!我なんぞ一発で丸焼きだわ」
頷く。空気のひりつきが増している。まるで全身を五寸釘で刺されるかのような、元魔王程の脅威は感じない。だが無意識に身体が強張るのは強者の訪れを示唆していた。
「体当たり。来るぞ」
徐々に輪郭がはっきりしてくる。間違いない。天空の覇者だ。全身レッド、外見は東洋というより西洋系に近い。両翼は力強く風を切っており、爬虫類面は見るもの全てを傅かせる厳かなオーラを漂わせている。
「グギャァァァォォ!」
「うぉぉ!?」
ただ叫んだだけだ。それでも威圧感は半端じゃない。隣の彼は腰を抜かしていた。
後方支援部隊にも風がびゅんびゅか来る。風速15mは余裕だろう。
「接敵します」
シンクがつぶやく。直後、前方に衝突音が響いた。高速新幹線が巨大岩にぶつかったような音だった。
「ぐはっ!」「あぁぁ!」「こ、あぁ!」
ドラゴンとの衝突により騎士団員が3名ほど後方、支援部隊の方向へ吹っ飛ばされた。まさに地面へ叩きつけられようとする最中、後衛部隊の足元に魔方陣が形成され、「アクアボール」という声が聞こえた。
次の瞬間には3人の騎士が水球にスポッと入った。人を包んだ水の球は地面に衝突した瞬間、ボヨーンと跳ね返り、数回同じ動きを繰り返した後に静止した。
ドラゴンは騎士団と衝突した後、再び空のモノとなりこちらを見下ろしていた。
「後衛。ドラゴンへ魔法を放ってください。自身の魔力と相談しながら出来うる限り強力なものをお願いします。ただし炎耐性があるので、炎系以外の魔法を選択してください」
シンクが指示を出す。少々の詠唱時間を費やした後。
「アクアビーム」「ウインドエッジ」「ストーンブラスト」
様々な属性の魔法がドラゴンを急襲する。
「グギャァァァァォ!」
いくつかは避けられたようだ。しかし全ては無理だった。確実に食らっている。ステータスを確認してみよう。
【パーソナル】
名前:ジャック
職業:空追い竜
種族:レッドドラゴン
年齢:166歳
性別:男
【ステータス】
レベル:133
HP:34004/38011
MP:6016/6016
攻撃力:12093
防御力:8569
回避力:6024
魔法力:5043
抵抗力:3427
器用:690
運:1509
「おお」
HPが4千ほど削られている。つまり今の一斉攻撃をあと9回当てれば撃墜できそうだ。
ステータスは想像の域を超えない。元魔王様の10分の1と言えば分かりやすいか。そう考えたら結構強いな。流石は魔物界のトップランカーなだけある。
とは言うものの騎士団は奴の突進を防いだ。今のところ死傷者も0だ。素晴らしい。回復魔法の出番はないかもしれない。
「レイ。今のを繰り返すぞ」
「わかりまし……団長、前を!」
声が上ずった。一気に緊迫が増す。
シンクの視線の先にはいるのはもちろんドラゴンだ。HP九分の一程度のダメージを負ったはずだが、その泰然とした姿からは想像できない。
そのドラゴンが口を大きく開けて目いっぱい空気を取り込んでいた。
「ブレス来るぞ!騎士団は己が身を盾で隠せ。後方部隊は魔法でシールドを形成しろ。アクアウォールでもいい」
クラリスが絶叫に近い声で号令を出す。皆が一斉に動き始めた。
騎士団は盾で身を隠し、後方部隊は詠唱を始める。そうして何秒経ったか分からないうちに、ドラゴンからファイヤーブレスが放出された。
「グギャァァァァオァァア!」
大きい炎だった。余裕で身体が包み込まれそうだ。
まずは騎士団にブレスがぶつかる。盾の防炎エンチャントが効力を発揮したのか、ウインドブレーカーが雨を弾く感じでブレスが逸れていく。その弾かれたブレスが後方部隊に接近してきた。
『アクアウォール』『シールド』
まずは水の壁、その背後に辛うじて視認できる正方形板が現れた。
そして衝突。ブレスは大部分がアクアウォールで消失した。残った炎もシールドの前に霧散していった。
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