第97話 Discrimination

 数日を経て。クラリス率いるドラゴン討伐隊は、ドラゴンが発見された山のふもとへ到着した。今夜はここで野宿するようだ。


 配給を食べた後にクラリスから集合がかかった。指定の場所へ行くと、主だった面々が大きな焚火を囲んで座っていた。俺とジークも適当な場所へ腰を下ろす。


「全員集まりましたね。では明日のドラゴン討伐に係る作戦会議を始めます」


 司会進行役はシンクだった。相変わらずの美声と相変わらずのイケメンだ。


「明日ですが早朝に出発して登山を開始します。夕刻までにはドラゴンを発見した場所に辿り着く算段です」


 シンクの隣にクラリス、逆隣りに騎士団員5名が座っている。シンクから見て左側にドラゴンナイツの代表者2名、右側にセンス・オブ・ワンダー2名、正面に俺たちという構図だった。


「ドラゴンに接敵したら、まず我ら騎士団が前面に出て注意を引きます。炎軽減のエンチャントが全騎士の防具にかけられているので、守る分には問題ないでしょう。我らがドラゴンの攻撃に耐えている間、二つのパーティには騎士団の背後から魔法による攻撃を仕掛けていただきます。これには騎士団の魔法部隊も加わります」


 シンクはドラゴンナイツ、センス・オブ・ワンダーの順番に視線を移す。


 今の発言から察するに、いずれのパーティもほぼ魔法使いのみで構成されているのだろう。もしくは魔法戦士か。センス・オブ・ワンダーは分かるが、ガチムチ集団のドラゴンナイツまで魔法が使えるとは思わなかった。人は見かけによらない。


「質問いいか」


 ドラゴンナイツの1人が声を上げた。


「どうぞ」


「あんたら第一騎士団が今まで残してきた功績は知っている。素晴らしいとしか言いようがない。だがドラゴン退治は初めてだろう。レッドドラゴンのブレス、突進は凶悪だ。あんたらを信用していいのか?」


「確かにドラゴンの討伐は初です。しかしながらそれに近しい魔物は狩った経験があります。また我ら第一はクラリス団長が就任してから1人の犠牲者も出しておりません。それでも足りないというなら、別行動をとっていただくことになるでしょう」


 ドラゴンナイツの男はシンクをジーッと見つめた後、コクッと頷いた。


「こちらからも質問よろしいでしょうか」


 次はセンス・オブ・ワンダーだった。例のメカクレ女が手を挙げている。


「どうぞ」


「何事にも例外はあります。すべて計画通りとはいかないでしょう。特にランクB以上の魔物と相対したときは想定外の出来事が発生しやすいです。そのあたりの対策は考えていますか?」


「はい。例外は全てクラリス団長が潰します」


「たった1人で?」


「団長の冒険者ランクはSです」


「……なるほど。分かりました」


 簡単に引き下がった。冒険者ランクSというのは他を黙らせる圧倒的な存在なのだろう。


 だったらクラリスが前面に立って戦えば犠牲も時間も減らせるのではと思う。そうしないのは、もちろん例外対策もあるが、騎士団の実践訓練も兼ねているという表れかもしれない。


「他、質問ありませんか」


 ドラゴンナイツもセンス・オブ・ワンダーもこれ以上はないようだ。ならばと俺が手を挙げる。


「どうぞ」


「自分は何をすればよいでしょうか」


「回復魔法による救護をお願いします。イケダさんの他には騎士団とドラゴンナイツに1名ずつ回復使いがいるので、うまい具合に分担して魔法を使用いただければと思います」


「分かりました」


 どうやらゴブリンを虐殺していた件よりも回復魔法に比重を置かれたようだ。それならそれでいい。指示に従うまでだ。



 その後もシンクの話が続く。主にレッドドラゴンの特性について話している。ときおりドラゴンナイツやセンス・オブ・ワンダーに意見を求めていた。その様子をボーっと見つめていると、隣の彼が小声で話しかけてきた。


(おいイケダ)


(なに)


(なぜ氷魔法が使用できる件を言わんのだ?まさかあれか、俺強しというやつか)


(………)


 俺強しってなんだろう。


(聞かれなかったから。それだけです)


(ふん。格好つけおって)


 悪態をつかれた。何か悪いことをしただろうか。


 ジークには適当こいたが本当の理由は別にある。氷魔法の存在を知られてしまうと行動を制限される恐れがあるからだ。


 マイケル殺人事件を経て、イケダのレゾンデートルはセレスティナ・トランスに確立した。彼女と再会することが最上の目標だ。この遠征が終わったら早速動こうと思っている。


 そんな折に人前で氷魔法を使用したらどうなるか。前魔王フランチェスカを退けた魔法だ。強大な力は個から自由を奪う。組織や集団に力を寄与するよう強制されるだろう。拒否したらマリスもしくはダリヤから追われる。受け入れれば身体を縛られる。つまり氷魔法の露呈は百害あって一利なしということだ。


「…………」


 などと思っていた頭の中に別の考えが浮かぶ。力を行使する見返りに情報を得るやり方だ。俺がダリヤ国に帰属する代わりに、国にセレスの位置を特定してもらう。いわゆるwin-winの関係になれるかもしれない。悪くないな。むしろこちらの方が効率よく探せそうだ。


「…………」


 まぁ。うん。


 氷魔法が露呈しようがしまいがどっちでもよさそうだな。


 ジークにその旨を伝えようと口を開く。しかしその行為を遮るかのように背後から異音が聞こえてきた。


 クッチャクッチャクッチャ。


 ガムっぽいものを噛んでいる音だ。振り返る。目の前にマーガレット妹のドアップがあった。めっちゃ近い。ブスという言葉だけでは言い表せない顔面だ。クチャクチャ音も彼女から出ていた。


「セリーヌさん?」


 クッチャクッチャ。


「あの~」


 クッチャクッチャ。


「えーと、もしかして私とジークの会話を聞いて――」


 ペッ!


「…………」


 前髪に付着したガムっぽい何かを引っ張る。完全には取れなかった。一部が髪に残っている。後で洗わないといけない。


 セリーヌはいつもの挑発顔を近づけて言い放った。


「ごめーぬ」


「謝るくらいなら最初からやらないでくださいよ」


 相変わらずの奇天烈ぶりだ。その奇行はここ数日で嫌というほど思い知らされている。


「セリーヌさん、今は会議中ですので。遊びたいなら後で付き合いますから」


「あーしは駄々こねるガキかよ。ちげーよ。これ、怪我したから回復魔法かけて」


 右腕を差し出してきた。確かに一筋の裂傷がついている。


「どうしたんですか」


「実験。あーしの肉体なら剣の1つや2つ弾くと思って斬ったら、メッチャ食い込んだ。さいあく」


「最悪ですね」


 もう驚かない。この程度は日常茶飯事だと理解した。言われた通り回復魔法をかけてやる。ジュジュジュ音とともに傷が塞がっていった。セリーヌはその様子を真剣な瞳で見つめていた。


「ふぅん。やるじゃん」


「ありがとうございます」


「どんくらいまで治せる?」


「さぁ。はかったことが無いので何とも」


「じゃあ試すべ。ちょい、そこのオーク。今から致命傷負わせるから動くなよ」


「え、おい。おんな、何を言っている」


 ズンズンとジークの方へ進んでいく。彼は狼狽するばかりで1歩も動いていない。


「貴様、我に恨みでもあるのか!」


「オークのくせに良い匂いするのが鼻につくんだよ。マジ香水つけんなや!てめぇみたいなもんは泥水被ってりゃいいんだよ」


「酷過ぎる!」


「オークのくせに、というのは俺も同感だ」


 混沌に割って入ったのは聞き覚えの無い声だった。ドラゴンナイツのもう1人、キツネ眼の男が一歩前に出た。


「当初から疑問に思っていたが、何故オークが遠征に帯同しているんだ。意味が分からない。それでいて騎士団員や冒険者と同じ立場であるかのように振舞っている。下等生物のくせに」


 まさに見下すような視線だった。それはセンス・オブ・ワンダーも変わらない。騎士団員は無表情を装っている。内心は同じように思っているかもしれない。


 ジークを見る。そういえば俺も聞くのを忘れていた。どうしてここにいるのか。


「ケインさん。あなたはダリヤの理念をお忘れですか?」


 シンクの言葉に顔をしかめる。


「知っている。ヒトと魔物の共存だろう。だがそれは理想であって現実じゃない。更に言えばこいつは悪名高いオークだ。仲良く出来るはずがない」


「別に仲良くしろとは言っておりません。ただ個人的感情から排斥するのはよろしくない」


「じゃあ視界に入らないようにして欲しい。魔物と遭遇した時は特にだ。誤って一緒に殺してしまいそうになる」


 キツネ眼は笑みを浮かべた。邪悪さを感じさせるものだった。


 再び隣へ視線やる。当の本人は沈黙を貫いていた。賢明だと思う。彼は見た目と違って思慮深い。何かをしゃべったところで状況の好転が望めないことは分かっているのだろう。


 しかし。俺が黙っているのは違う。彼とは一緒に旅をした仲だ。助けられたこともある。俺が擁護しないで誰がするというのか。今こそ魔物と人間の懸け橋になるべきだ。


「すみません、彼は一般のオークとは―――」


「ゴミみてえな価値観押し付けんじゃねーよ、カス」


 背後から言葉を遮られた。振り返る。セリーヌが小馬鹿にしたような表情をキツネ眼へ向けていた。


「貴様は……マーガレット団長の妹か」


「魔物だなんだ言う前に、てめえの腐った性根を煮沸消毒して天日干ししとけや」


「貴女はオークの肩を持つのか?」


 キツネ眼は嘲るような表情を浮かべた。まるで「お前もオークみたいな見た目してるもんな」とでも言うような顔つきだ。もしくは「オーク夫妻か。お似合いだな」かもしれない。


「こいつがお前に何かしたならともかく。種族だけで全てが決まるような物言いが腹立つんだよ」


「オークはすべからく悪だ」


「だから―――」


「やめろ。聞くに堪えん」


 両者の会話を遮ったのはクラリス団長だった。彼女は相変わらずの無表情で地面を見つめながら言葉を紡いだ。


「ケイン殿。貴殿の思想をどうこう言うつもりはない。だがパーティメンバーを傷つける、または輪を乱す言動は許さない」


「………はいはい」


「セリーヌ。お前もお前だ。ケイン殿がジークフリード殿を排斥する権利が無いように、お前にもケイン殿の人格を否定する権利はない」


「ちぇっ!」


 ちぇっ、って口に出して言うヒト初めて見たな。


「最後にイケダ」


「え」


 何故か呼ばれた。流れ的にジークへ訓示を垂れるかと思っていたので完全に油断していた。しかも呼び捨てされてる。


「ジークフリード殿は貴方のパートナーだろう。貴方が真っ先に声を上げるべきではないか?」


「いえ、上げようとしたらセリーヌさんが……」


「言い訳は不要。結果が全てだ」


「言い訳とかじゃなくて、数コンマの差で……」


「終わった後ならどうとでも言える」


「聞けよ」


「聞かない」


 なんで?


「いやもうええよ。まさに聞くに堪えんだわ。解散せよーぜ。せよー」


 セリーヌがシンクに促す。彼はクラリスをチラ見した後、コクっと頷いた。


「そうですね。各々思う所もあるでしょうが、それも明日までです。どうか騎士団のパーティに属しているという自覚をもって行動して頂きたく思います。では明日よろしくお願いします。散会」


 シンクの号令によりバラバラに散らばっていく。クラリスもセリーヌもいなくなり、残ったのは俺とジークだけになった。


「イケダ」


 話しかけられた。なんだと続きを促す。


「さっきのって明らかに我を庇ったよな。もしかして我って、セリーヌ殿に好かれてる?」


「……………」


 こいつ自分が殺されかけた件忘れたのかな。

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