第96話 Monster
その生き物は馬車の荷台の上で仁王立ちしていた。腕を組みこちらを、いや俺を睨んでいる。
「…………」
一言で表すならばバケモノ。おおよそニンゲンとかけ離れたニンゲンの様相を呈していた。
くすんだ金髪のかきあげロングにガングロの肌、大きい眼に大きい鼻、大きい口、膨らんだ頬、でっぷりとした顎。極めつけは90年代の女子高生を彷彿させる白カーディガンに黒スカート、白のルーズソックス。
いわゆる昔の黒ギャルがこの場に顕現していた。
彼女は俺を見下ろしていた。俺も彼女から視線を外せなかった。ヒトの眼を寄せ付ける吸引力があった。
「とぅ!」と言って前方宙返りしながら馬車から飛び降りた。胸だけでなくお腹も出ている。だが動きはしなやかだった。
そのままズンズンこちらへ歩いてくる。目立つ容姿だ。しかし騎士団の誰も気にする様子はない。
約2メートルほど手前で立ち止まる。近くで見ると余計に威圧感がすごい。服がパッツパツのピッチピチだ。
「……」
よくわからない。ただ直感的に主導権を握られてはダメだと思った。先に話しかけようとする。だが黒ギャルの動く方が早かった。
中指立て舌出しポーズをかましてきた。
「………」
反応できずに固まる。なんなんだこいつは。初対面で滅茶苦茶挑発してきたぞ。DQNか半グレの類か。怖すぎるだろう。
一通り煽って満足したのか、今度こそ話しかけてきた。
「お前さ、あーしのパンツ見ただろ」
「え。いや。見てないすよ」
「嘘つけ。さっきあーしが馬車の上に乗ってた時、ガン見してたよな」
「いやいや。本当に見てないですって」
「殺したろか!!あぁ!?」
恐喝フェイスで鼻先まで顔を近づけてきた。大きな鼻穴をヒクヒクさせている。というか両方の鼻孔からバンバン鼻毛が出ている。そんな状態なのに視線をそらさない俺の胆力を褒めてほしい。
「おいおい、どうした。喧嘩か?」
背後から声が聞こえた。オークの彼だ。心配して戻ってきてくれたようだ。
「って、なんでこんなところにメスのオークがいる………ぶふぁ!!」
目の前から彼女が消えたと思いきや、歪な衝突音が背後から聞こえた。振り返る。顔面から液体を垂れ流すオークと、それを見下ろす女の姿があった。ジークの不用意な一言が彼女の逆鱗に触れたらしい。
瞬間移動に近しい芸当だった。見た目とは裏腹に身体能力も戦闘能力も高いようだ。まず肉弾戦は敵わないだろう。ブスとかデブとか口にしなくてよかった。
「おい。慰謝料払え」
振り向きざまに右手を差し出してきた。クイクイ動かしている。
「え?」
「お前こいつの連れだろ。あーしはこいつに雌オークって言われて傷ついた。精神的苦痛を受けた。お前が代わりに賠償金払え」
まじまじと見つめてしまう。なんなんだこの生き物は。異世界言い掛かりランキングTOP10に入る逸材に違いない。
「あとパンツ見られてショックだった。社会復帰に1年ぐらいかかりそう。その分の損害金も出せ」
「すみません、ちょっと言っている意味が分からないのですが」
「オツム弱すぎだろ。はっ。みんな聞いて―、こいつ馬鹿すぎるんですけど!!しょーもないんですけど!!ウケる」
何故か俺の馬鹿さ加減を喧伝されてしまった。衝動的に言い返そうとするも思い留まる。まずはどんな目的で絡んできたのか確認するべきだろう。
「あのー、あなたは誰で、何の目的で話しかけてきたのですか?」
「金払ったら教えてやるよ」
「…………」
両手をクイクイしてきた。どうしてもお金が欲しいようだ。
このままでは話にならない。仕方なしに財布袋から金貨を1枚取り出しナゾ生物に渡す。
ナゾ生物は金貨を手中で弄んだあと、おもむろに振りかぶり、倒れ伏したオークに投げつけた。
「おらぁ!」
「……ごふっ!」
「ちょ」
オークの腹に直撃した金貨はコロコロと転がり彼の足元付近で止まった。彼の口元からは新たな液体が零れ出ていた。
ナゾ生物は両手をパンパン払った後、俺をキッとにらみつけてきた。
「お金であーしを懐柔できるなんて思ったら大間違いだよ!」
「…………」
誰か助けて。
そんな思いが通じたのか、ナゾ生物の後方から見覚えのある人物が近付いてきた。
「イケダさん何してるんですか。出発しますよ」
シンク副団長だ。ナゾ生物の理不尽な行いを訴えようと口を開く。しかし今回も女性の方が早かった。
「こいつがあーしを金で買おうとしやがった。マジムリ」
「え」
「イケダさん?」
平然と嘘をつく金髪女性。そして疑わし気な視線を向けてくるイケメン騎士。まさか彼女の戯言を信じるというのか。
「違います。逆です」
「彼女がイケダさんをお金で買ったと?」
「いや間違えました。逆じゃなかったです」
「はい?」
「こいつ支離滅裂過ぎて無理だろ」
しまった。言葉選びをミステイクした。俺は焦っているのだろうか。そうかもしれない。
「ほれ、そこに1万ペニー転がってるやろ。それこの男が渡してきた。ムカついたからオークに投げてやった」
「あ、本当だ。ではやはりイケダさんが売春を…」
「真面目な顔でなんて言葉を使うんですか」
シンクの登場によりこの場は収束すると思った。だが彼はナゾ生物の言葉ばかりに耳を傾けている。
彼とは6日間一緒に捜査した仲だ。俺からしたら友人と呼べる存在だった。
それを踏まえてシンクが女性を優先しているのは、彼女が俺よりもシンクに近い存在だということになる。穿ち過ぎだろうか。とにかく確認してみよう。
「シンクさんはこの女性をご存じなのですか?」
尋ねる。すると彼は、こいつ何言ってるの?といった表情を向けてきた。
「それ本気で言っていますか?」
言葉にもされてしまった。しかし本当に分からない。首を縦に振る。
シンクは女性をちらりと見た後、俺に視線を戻した。
「彼女はセリーヌ。セリーヌ・マーガレット。クラリス・マーガレット団長の妹君です」
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