第94話 孤独の出会い

 「………………」


 人垣に埋もれたアイスシルバー髪が周囲の波に押されながら歩みを進める。どこを見ても初景色の街並みに驚きや感動を露にすることもなく、淡々と目的地へ向かう。


 例の如く人種を問わず周囲の視線を集めている。どの国どの世界でも通用する美貌を備えていた。


 長旅を続けていることを感じさせない艶やか白銀髪が風でたなびく。


 「…………………」


 唐突に歩みを止める。視線の先には洋館風の大きな建物があった。多くの生き物が出入りしている。躊躇する様子も見せず、その建物へ足を踏み入れた。


 「…………」


 入った瞬間、室内の空気が一変する。マイナスの方向ではない。ただしプラスでもない。驚愕、不審、好奇の感情を秘めた視線を一身に集める。


 セレスティナは気にする素振りもなく室内を見渡す。清潔感を感じさせる室内に決して綺麗とはいえない衣類を身につけている冒険者達が歪なコントラストを奏でている。


 受付の窓口へ向けて列が4つ出来上がっていた。いずれかに並ぼうと歩き始めた最中だった。


 「よぉ。見ねえ顔だな」


 冒険者風の強面男が声をかけてきた。年の頃は30代半ば。左腕にドラゴンの模様が彫られている。


 「……………」


 「冒険者ギルドへ何の用だ、お嬢ちゃん」


 「………」


 圧倒的ガン無視を決め込んだセレスティナは、4つのうち左から2番目の列へと並んだ。男があとを追ってきた。


 「おい。無視すんじゃねえよ………もしかしてお前、俺を知らないのか?」


 「………………」


 「仕方ねえ、教えてやろう。俺はツヴァイ。マリス第8位の冒険者だ」


 「………………」


 「マリスには万人単位の冒険者がギルドに所属している。その中の8位だ。その俺を知らないとなると、新米の冒険者か、もしくはマリスに来たばかりといったところか」


 「あの」


 「ん、なんだ?」


 「近い。離れて」


 「はぁ?」


 ツヴァイが女を睨みつける。両者の距離は約50cm。確かに近いと言える。彼がここまでハッキリ拒絶されたのは、ボボン王国第一騎士団長に続いて2度目だった。


 ツヴァイという男は外見に違わず決して紳士とは言えない人物だった。とはいえ出会ってすぐの女性に乱暴を働くほど野蛮ではない。


 そんな彼の意思が曲げられた。女は反抗的だった。そして、女の美貌は魔性だった。


 ツヴァイが一歩踏み出す。


 「これで近いって?馬鹿を言うな。近いっていうのはな……」


 ツヴァイは徐に美女へ自身の顔を近づける。周囲の視線は好奇に満ちており、止めようとする者はいない。


 美女は動かない。


 彼の目的は明白だった。小生意気な女に世間の厳しさを教えてやるつもりだった。唇の1つや2つ奪っても問題はあるまい。


 何気ない動作だった。マリス第8位は伊達ではなかった。女の呼吸を読み、相手が反応できない間合いで仕掛けた所作は並みの冒険者ではない。


 一方でセレスティナも普通ではなかった。ツヴァイは1度も目を離さなかった。しかし彼女は目の前から忽然と姿を消した。


「え」


 意味が分からなかった。つい数秒前まで目の前にいたはずだ。今はポッカリ空間だけが開いている。 


「ど、どういうことだおい。どこへ行きやがった!」

 

 反応は返ってこない。無駄に周囲の視線を集めただけだった。


 その時、ツヴァイから少し離れた場所からざわつきが聞こえた。目を凝らす。そこにはとうが立ったギルド受付嬢と白銀女の姿があった。


 「あの野郎……!」


 ツヴァイが歩き出す。彼が接近しているとも知らずに2人は会話を始めた。


 「はい、次の方どうぞ」


 「………………」


 「どういったご用件でしょうか」


 「人を探してる」


 「人探しの依頼を申し込むということでお間違いないでしょうか」


 「そう」


 「かしこまりました。ギルドへ依頼する場合は、依頼料を前払いでお支払い頂く必要がございます。依頼料は依頼主様に設定していただきます。金額に制限はございません。ですがあまりに低すぎると、どなた様も受注されませんのでご注意ください。ちなみに人探し依頼の相場は5万ペニーです」


 「じゃあ…」


 虚空へ手を伸ばし何かを取り出そうとする。


 「ちょっとお待ちなさい」


 白銀髪の背中に声がかかる。


 「ミーナさん。ちょっとこの子借りるわよ」


 「え、はぁ」


 妙齢の受付嬢に一言断りを入れ、女は灰髪に向き直った。


 右目に眼帯、左手に扇子、チャイナ風の洋服を身に纏った夜会巻きの女性が立っていた。白銀髪のような次元の異なる美貌ではないが、十分整った容姿をしている。冒険者ギルドには場違いの存在感であった。彼女もまたギルドの注目を集めている。

 

 「ついておいで」


 「…………」


 「ほら、行くわよ」


 夜会巻きの女性がセレスティナの腕を強引にとり、出入口へと向かおうとする。


 「おい!待ちやがれ」


 ここで2人の前に立ち塞がったのは、マリス第8位の男だった。


 「えーと。ごめんなさい。どなた?」


 「ツヴァイだよ!第8位の」


 「ああ、はいはい。で、何の用?」


 「その女をこっちに渡せ。そいつには借りがあるんだ」


 「へぇ」


 夜会巻きの女性は値踏みをするかのようにツヴァイへ視線を向けた。


 「二度と私の店で飲めなくてもいいのね?」


 一瞬にしてツヴァイの顔が歪む。


 「……俺を脅すつもりか」


 「さぁ。受け取り方はご自由に」


 「……」


 もちろんセレスティナに2人の関係など分かるはずもなかった。というかどうでもよかった。腕を離してほしかった。


 ツヴァイは数秒逡巡した後に口を開いた。


 「ちっ………覚えていろ、灰髪の女!」


 捨て台詞を吐く。大きな足音を立てながら冒険者ギルドを後にした。ツヴァイの退出によりギルドは落ち着きを取り戻していく。


 「はぁ。今時、覚えていろ!なんて言う奴いる?」


 夜会巻きはウンザリした様子でつぶやいた。セレスティナは当然無視した。


 「さて。少しそこの席で話しましょう」


 夜会巻きが指さした席に腰を下ろす。テーブルを一つ挟んだ対面椅子となっていた。他にもイスとテーブルの群が周囲に設置されている。ギルド内部の飲食店という印象を抱いた。


 「何か飲む?」


 「………」


 「ん?聞いてる?」


 「いらない」


 「そう」


 夜会巻きは一度腰を浮かしかけたが、再び座りなおすとセレスティナへ視線を戻した。


 「私はベアトリーチェ。あなたは?」


 「……………」


 「名前よ、名前」


 「トランス」


 「家名?まぁいいけど。さっきは受付との会話を邪魔して悪かったわね」


 ベアトリーチェは懐から煙草を取り出し口にくわえた。


 「人探しの依頼先として、冒険者ギルドを訪れたのは悪くないと思う。ただその選択は2つの問題を抱えている。分かる?」


 「…………」


 セレスティナの答えを待たずに話し始める。


 「1つ目はお金。依頼という形だからどうしても依頼料が発生してしまうわ。それも時間が経過すればするほど金額を上げなければならない。失敗の多い依頼は依頼ランクが上がっちゃうからね」


 ライターのような器具を用いて煙草に火をつける。特有の匂いがセレスティナの鼻孔を刺激した。


 「2つ目は運。かなりの幸運が続かない限り、人探しの依頼が達成されることなんて稀よ。依頼を受けてくれる人がいるか。受注した冒険者は誠実な人か。受注者は目的の人物を発見できるか。最低限この3つは必須ね」


 「何が言いたいの」


 ベアトリーチェは一度煙草をふかした後、妖艶な笑みを浮かべながら言葉を返した。


 「もっと効率が良くて、さらにお金まで稼ぐことができる。そんな人探しの方法があるって言ったらどうする?」


 「…………………」


 セレスティナの表情は変わらない。ベアトリーチェも笑みを浮かべたまま数秒見つめ合う。


 「あなたのお仕事は簡単。お客様として訪れた男性と適当に会話をすればいいだけ。口を開かずに座っているだけでもいい。でもそれだと探し人のことが聞けないから、軽い世間話をした後にちょいと質問する形に持っていくのがベストかもね」


 「…………」


 「守ってほしいことは1つだけ。お客様を殺さないこと。それさえ遵守するなら大抵のことは許すわ。もし相手が気に入らなかったらボーイを呼んで席を立ってもいいし、身体を触ってきたらぶん殴ってもいい」


 「…………」


 「あなたに寄って来る輩は、あなたに下心を持つ男。つまりほとんどあなたの言いなりと化すわ。その人達から探し人の話を聞きだしても良し。その人達に探して貰うという手もある。どう?工夫すれば、お金をかけずに人を探せるでしょう?」


 「………」


 「あなたほどの美貌であれば、そうね。最低でも時給1万ペニーは保証しましょう。後は出来高ね」

 

 「……………」


 「人探しと金稼ぎを同時に出来る提案をしたわけだけど。どうかしら?」


 「………………」


 「………………」


 「クラブ?」


 「そうね。世間ではそのように呼ばれているわ」


 「……………」


 ベアトリーチェは待つ。待つことには慣れている。酔っ払いの支離滅裂な話を笑顔で聞いている時間と比べたら圧倒的にマシだ。 


 セレスティナは言葉を発さない。呼吸をしているか定かでないほど静謐を保っている。視線は虚空を捉え、表情に変化はない。


 2人は常に注目されていた。ギルドにいる男性冒険者のほとんどは、最初にセレスティナを見て、ベアトリーチェに視線を移し、再びセレスティナに視線を戻す作業を何回かに分けて行っている。


 普段は美女を発見すると即座に声をかける軟派な冒険者が今日に限って静かなのは、ひとえにベアトリーチェの存在があってのことだという事実をセレスティナは知らない。


 ベアトリーチェの煙草が6本目に差し掛かっていたところで、セレスティナの眼に光が灯る。形のいい口がゆっくり開かれる。


 「いいよ」


 「ん」


 煙草を揉み消し、携帯灰皿の中に落とす。


 「ただ、2つ。要望がある」


 「聞きましょう」


 「1つは、出勤の自由」


 「いいでしょう。あなたの好きな日、好きな時間にお店へいらっしゃい」


 「もう1つは、退職の自由」


 「というと?」


 「彼を見つけるか、彼がこの都市にいないと分かった時点で、お店を辞めさせてほしい」


 「んー。まぁ、しょうがないわね。呑みましょう。ただし。今あなたが挙げた以外の退職は原則禁止ね。いい?」


 「はい」

 

 「うん。後で紙面でも交わすけど、一応これで契約は成立ね」


 ベアトリーチェは立ち上がり、大きく背伸びをした。


 「はぁー。こんなこともあるのね」


 ベアトリーチェが冒険者ギルドを訪れた目的は、ギルド掲示板にお店の求人票を載せるためだった。だがその前に逸材と出会ってしまった。掲載料や待機期間、素材の良し悪しを考えると大いに得をしたと言える。


 「ほら、あなたも立ちなさい」


 「どこ行くの」


 「今から私のお店に案内するわ。マリス随一の人気を誇るクラブ『ビーチェ』へ」


 「……………」


 こうしてセレスティナ・トランスはクラブで働くこととなった。

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