第87話 衝突

「イケダさん?」


 違う言葉を期待していたのだろう。ミリアは戸惑った表情を浮かべていた。


 イケダは止まらなかった。止まったら何も言えなくなると思った。


「もう1度言います。漆黒の顎のリーダーであるマイケル氏を殺したのはあなたですね」


「えーと……」


「事件当日。あなたは朝からコリス亭を見張っていました。人の出入りを確認するためです。最後の宿泊客である私が宿を出たのを確認し、入れ違いで宿へ侵入。マイケル氏を殺害しました」


「ちょっと待ってください。あの」


「その後あなたは何食わぬ顔でマリスミゼルを訪れ、そのまま翌日のお昼頃まで私と共にいました。そう、友達とホワイトロード観光ツアーへ行ったというのは嘘だったのです。私はまんまと騙されました。もしもあの時に――」


「待ってください!」


 テーブルをバシンと叩いて立ち上がった。イケダはその様子を冷静に見つめていた。


「すみません、まるで理解が追い付かないです。先程から何をおっしゃっているのですか?」


「ミリアさんがマイケル氏を殺害した流れです」


「だからそれが………」


 途中で言葉を切る。おでこに手をやった。落ち着こうとしているらしい。その間にイケダは空いたグラスにお酒を注いだ。ミリアのグラスにも注いでやる。


 落ち着いたようだ。椅子に座りグラスのお酒を一口なめる。


「…………分かりました。あなたはどうしても私を犯人に仕立て上げたいようですね」


「仕立てるというか。真犯人だと思っています」


「はぁ……保安は今回の事件についてどのような決定を下したのですか?」


「コールド・ケース。顔見知り以外の通り魔殺人。犯人が特定できず未解決入りです」


「ならばそれがすべてでしょう。議論の余地はありません」


「余地があるからこそ、こうして話しているのです」


「意味が分からない」


 ミリアは心底うんざりした表情を浮かべた。いきなり犯人だと名指しされたのだ、当然の反応だろう。


「遺体発見現場は私が宿泊していた部屋でした。事件当時その部屋は施錠されていました。それでも保安は最終的に流しの犯行と判断しました。犯人はどのようにしてマイケル氏を殺害したと思いますか?」


「知りません」


「簡単です。部屋を施錠したのは被害者本人だったのです。つまり密室を作ったのはマイケル氏だった。ではなぜ施錠する必要があったか。それも考えれば分かります。犯人の追撃から逃れるためです」


「………」


 ミリアの顔をうかがう。どうしてか興味深そうな表情を浮かべていた。どういう心境の変化だろうと訝しみつつも話を続ける。


「あらましはこうです。私が戻ってこないことを確認した犯人はコリス亭に侵入。念のため各部屋を訪問してステラさんとマイケル氏以外が不在であることを確認します。この時犯人は205号室が施錠されていないことを知ります。そこで急遽予定を変更します。当初はマイケル氏の部屋で彼を殺害する予定でしたが、殺害場所を205号室に変更し、部屋の住人――つまり私に罪を擦り付けることを画策します。そうすることで顔見知りの犯行から、イケダもしくは第三者に疑いの目を向けさせることができます」


「続けてください」


「犯人は201号室のマイケル氏を訪問して205号室まで誘導します。奥の部屋からステラの声が聞こえたなどと言ったのでしょう。マイケル氏が205号室のドアを開けた瞬間、その背中へ包丁を突き立てます。マイケル氏は205号室内に倒れこみます。犯人は追撃しようとしましたが、ここで予想外のことが起きます。マイケル氏が最後の力を振り絞って犯人を部屋から追い出して、205号室を施錠したのです。犯人はどうすることもできずその場から立ち去ります。こうして密室の出来上がりです」


「大した妄想、想像力ですね」


「おそらく保安も同じ考えだと思います」


「そうでしょうね。だからこそ顔見知り以外の通り魔殺人と判断されたのでしょう?」


「保安はそうです。私は違います。この事件は顔見知りの犯行だと思っています」


「なぜ?」


「マイケル氏は冒険者ランクBという高ランカーです。果たして通り魔程度に後れを取るでしょうか。そして深夜突然訪れた見知らぬ相手に背中を向けるとも思えません。確実に彼は油断もしくは安心を覚えていた。そんな相手は顔見知り以外にあり得ないでしょう」


 イケダはグラスを傾けた。グラス越しにミリアの顔をうかがう。当初とは打って変わって、非常に落ち着いていた。イケダは不安を覚えた。果たして本当に彼女が犯人なのだろうか。それにしては冷静すぎやしないか。脳内に様々な考えが浮かぶ。さりとて走り出してしまった。もう止まれない。


「疑問があります。なぜ犯人は室内での犯行にこだわったのでしょう。廊下でも良かったのでは?」


「万が一があります。ステラさんが現れるかもしれないし、他の宿泊客が戻ってくるかもしれません。その時廊下での犯行を目撃されたら終わりです」


「なるほど。ではもう1点。なぜコリス亭で犯行に及んだのでしょうか?」


「マイケル氏には常宿がありませんでした。またパーティメンバーと集まるのもギルドや喫茶店など人目の多いところでした。そんな彼の居場所が確実に分かり、かつ人目のつかないタイミングがあります。それがホワイトロード観光ツアーの夜です。マイケル氏とステラさんは数か月前からツアー日の深夜にコリス亭で逢瀬を重ねていました。その情報をステラさん本人から聞いた犯人は、ツアー日にコリス亭で彼を殺害することに決めたのです」


「私がステラから、マイケルさんとの逢瀬を聞いたと?」


「ええ。情事の後に客室へ戻ることまでね」


 マイケル氏が1人きりになるタイミングがあったことで殺害の可能性を見出したのだろうと思った。


 ミリアは「まぁスーちゃんとは友達ですけど」と呟くもののそれ以外は肯定する気がないようだ。


「つまり計画的殺人だったと言いたいのですね」


「そうです」


「だとしたら杜撰にもほどがあります。ホワイトロード観光ツアーの夜にマイケルさんがコリス亭を訪れるのはほぼ確定だとしても。それ以外の宿泊客までコントロールできるとは思えません。まさかお客さん全員を意図してコリス亭から遠ざけることが出来たとでも?」


 イケダは首を振った。否定の意味だった。


「それは難しいでしょう」


「だったら……」


「その日でなくてもよかったと、私は思っています」

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