第82話 漆黒の顎
パーティ『漆黒の顎』の副リーダーを務めるジョン・クラスターは、見るからにうんざりそうな表情を浮かべた。
「話せることはもう話したんだけど」
「ええ分かっています。ただ事件の調査を進めるうちに追加で確認したいことが出てきまして。以前お伺いした保安員と同様の質問をさせて頂くこともあると思いますがご了承ください」
マリスでは各区画に数店舗ずつ喫茶店が存在する。シンク達が訪れたのはそのうちの西区画にある老舗だった。
提案したのはイケダだった。マイケルに近しい人物から彼の人となりを聞きたいと。調書は既に取っていた。だが直接話を聞きたいと言われ、冒険者ギルドを通してアポイントメントを取り付けた。
隣へ視線をやりコクッと頷く。後は自由に聞いていいという意味を込めた。イケダは目の前の飲み物でのどを潤してから口を開いた。
「マイケル氏とはいつ頃知り合ったのでしょうか?」
「6年前。ギルド依頼で知り合って、そこからの付き合い。パーティ活動を始めたのは5年くらい前だと思う」
「漆黒の顎には何名在籍していますか?」
「5人。前衛が3で後衛が2。全員男だよ」
イケダが視線を投げかけてきた。意図を察して説明する。
「小規模パーティとしては一般的な構成です。男性ばかりというのも珍しくありません。そもそも冒険者は男の比率が高いですし、男女関係のもつれで解散に追い込まれるパーティも珍しくないので」
「そうそう。それに女と遠征するのは何かと疲れるしな。男ばっかの方が楽だよ」
強がりには見えなかった。本心だろう。
ジョンに視線をやる。ルックスは悪くない。冒険者ランクもCだったはずだ。女性には困らないとシンクは見当を付けた。
「マイケル氏とは私生活でも関わりがありましたか?」
「数年前までは結構遊んでたけど最近はサッパリかな」
「マイケル氏の女性関係はご存じですか?」
「付き合ってるヒトがいるって聞いたくらい。どんな相手かは知らない」
「マイケル氏は女性遊びが激しい方でしたか?」
「どうだろう。若いころはとっかえひっかえだったし、同時期に複数の女の子と付き合ってたけど。最近は年齢も重ねて落ち着いたんじゃないかな」
「女性に限定せずとも、彼に恨みを持っている人物に心当たりはありますか?」
「恨みかぁ。それ前も聞かれたんだけどさ、やっぱりこういう仕事やってると少なからず誰かしらから恨みを買うわけよ。クライアントだったり同業者だったり。それに自分がどう思うかって自分しかわからないわけじゃん?だから、なんて言うんだろう、殺されてもおかしくないことはしてきたから、誰に殺されても不思議じゃないと思う」
以前訪れた保安員にも同じ話をしたのだろう。調書では「心当たりなし」と簡略化されていた。
「強烈な恨みを持つ人物は知らないということですね?彼と出会ってから今までの話ですよ」
「だから………………んー、いや。知らない。少なくとも俺は思いつかない」
「……………」
イケダは手物の紙にメモを取った。何を書いたのか気になったが、覗き込むような真似は控えた。
「あなたは彼自身のことをどう思っていたのですか?」
「どうって」
「好き嫌い。得意不得意。接しやすい接しにくいなどです」
「仕事上は頼りになる存在だったよ。リーダーシップあったし強かったしね。ただ性格が良いかと言われると、そうじゃない。マイケルとそりが合わなくてパーティを辞めていった奴は何人もいるし。だから個人的には、嫌いじゃないけど好きでもなかった、が答えかな」
「どういう部分で性格に問題があったのでしょう?」
「自分本位で我儘。自分が助かるためなら仲間を裏切ることもあった。ただ最近はそういう姿を見るのも少なくなったけどね」
「責任感が強くなったと?」
「あいつも28歳だったから。やっぱり月日はヒトを変えるよ」
シンクにも心当たりはある。経験が思考に及ぼす影響は計り知れない。端的に表現すれば大人になるということだ。マイケルも年齢を重ねて歳相応の考え方を身につけたのだろう。
「ここ最近のマイケル氏の様子で気になったところはありますか?」
「普通だったと思う。いや、マリスに戻ってからは機嫌がいい日が多かったかも。たぶん例の彼女の影響だろうけど」
「戻った?以前は別の場所で活動されていたのですか?」
「出会ったのがマリス。その後アリアやシルフに行って、1年くらい前に戻ってきたんだよ」
「なぜ各地を点々とされていたのですか?」
「なぜって……冒険者はそういうもんだろ。なぁ?」
ジョンが同意を求めたのはシンクだった。騎士団が本業なんだけど、と思いながら彼は補足した。
「冒険者の利点はどこででも依頼を受けることができ、どこででも生活できることです。特に若者は自分に合った土地を求めて頻繁に異動を繰り返す傾向があります。違和は感じません」
「そうなんですね」
紙にメモをしている。そうなんですね、ではなくあなたも冒険者だろうとツッコミたくなった。
「漆黒の顎には拠点のようなものは存在しますか?」
「ないね。話があるときはこういう店に集合してた」
「マイケル氏は普段どこで寝泊まりされていましたか?」
「宿かな。でも常宿はなかったはず。その時の気分で宿を変えてるって言ってた」
「ということは第三者がマイケル氏と会おうとしても難しかったのでしょうか?」
「そうだね。ギルドで待ち伏せするくらいしかなかったんじゃない?」
シンクはハッとした。今の証言は調書になかった。もしもイケダが犯人でなければ、不特定の人物による流しの犯行という線が濃厚となる。
イケダに話しかけようとする。しかし一足早く彼がジョン氏に頭を下げて謝意を示した。
「質問は以上です。ご協力ありがとうございました」
「はぁ。まぁいいんだけど。こっちもリーダーが死んでてんやわんやだから、これっきりにしてくれと助かるね」
「善処します。行きましょう」
立ち上がって隣を促した。慌ててシンクも続く。
イケダは会計札を持ってジョンに背中を向けた。と思いきや振り返って一言投げかけた。
「すみません、最後に1つ。マイケル氏は魔法が使えますか?火魔法や水魔法など」
「使えないよ。剣盾がメインで格闘がサブかな。それが?」
「いえ、ちょっとした確認です。ありがとうございました」
そう言うと今度こそ出入口の方へ歩いて行った。シンクもジョンに一礼した後、彼を追った。
★★★★
大通りをズンズン進む背中に従う。目的地は決まっている。漆黒の顎の一般メンバーの1人だ。その後に2人目、3人目にも会う予定だった。
それぞれ会う時間は決まっている。急ぐ必要はない。なのにイケダは早歩きだった。不思議に思いながらも黙って後を追う。
「…………ていましたね」
「え?」
何か発したようだが喧噪で聞こえなかった。
「すみません、もう1度――」
「彼は何かを隠していますね」
「かく……何をですか?」
「分かりません。ただ事件に関係する可能性が高いです。そうでないと隠す意味がありませんから」
妙に自信満々だった。どこで気づいたのだろう。シンクにはわからなかった。
「今から戻って口を割らせることは出来ますか?」
「保安にまで秘密にするんです。余程言いたくないのでしょう。ドンピシャで当てないことには無理だと思います」
「なんだと思います?」
「さぁ……」
表情を窺う。変顔をしていた。
「は?え、は?」
「ん?」
いつの間にか元の表情に戻っていた。今のは何だったんだ。見間違いだろうか。それにしては強烈な印象で脳裏に刻まれている。
「行きましょう」
「あ、はい」
変顔とジョンの秘密。結局どちらの謎も解消されることは無かった。
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