第80話 母上の供述

【ローラ・コリス 供述調書】


 ――事件当日夜10時以降の行動を教えてください。


 ――――10時には夫ともにホワイトロード観光ツアーへ参加しておりました。ツアー自体は0時に終わりました。その後は友人たちと宴会に参加しました。帰宅したのは5時頃と記憶しています。


 ――ご主人とは常に一緒に行動されていたのですか?


 ――――いえ。夫は宴会の途中で、飲み過ぎたからマリス周辺を歩いて酔いを醒ましてくると言って退席しました。私はそのまま残りました。


 ――ご主人が席を離れたのはいつ頃でしょうか?


 ――――たしか3時過ぎだったと思います。


 ――ご主人とはいつ合流されましたか?


 ――――5時半ごろに宿へ戻ってきました。その時です。


 ――ホワイトロード観光ツアーには毎回参加されているのでしょうか?


 ――――はい。半年前から欠かさず参加しています。夫も一緒です。


 ――今までもご主人が飲み会の途中で席を離れることはありましたか?


 ――――たまにありました。夫は私ほどお酒に強くないので。それでも周りに合わせて飲むものですから。


 ――事件当日、飲み会で同席されていた方の名前を教えていただけますか?


 ――――ミランダ夫妻とカーティス夫妻です。

 ――両夫妻に確認完了。


 ――あなたがコリス亭に帰宅した際、何か変わったことはありませんでしたか?


 ――――何もなかったです。


 ――ステラさんは起きていましたか?


 ――――まだ寝ていたので起こしました。


 ――あなたはステラさんとマイケル氏の関係に気づいていたようですね。


 ――――はい。


 ――その事についてステラさんと直接お話されたことはありますか?


 ――――いえ。遠回しに示唆したことはあります。お父さんには気づかれないようにしなさいと。


 ――ご主人はマイケル氏を知らなかったのですね。


 ――――………どうでしょうか。少なくとも私に聞いてくることはありませんでした。


 ――ステラさんとマイケル氏の関係は良好に見えましたか?


 ――――分かりません。実際に2人が一緒にいる姿を見たわけではありませんから。ただステラの様子を見る限りは良好だったと思います。


 ――ステラさんとイケダ氏の関係はどうでしょう?


 ――――どうと言いますと。


 ――例えばイケダ氏がステラさんに言い寄る姿を見たことはありませんか?


 ――――ないです。どちらからというステラの方がちょっかいを掛けていました。イケダさんの方はどうでしょう。嫌がっているようには見えませんでしたが、それだけです。


 ――少なからず互いに好いていたということですね。


 ――――まぁ、そうですね。


 ――事件当日の各部屋について確認させてください。1階へ宿泊されていた5名は団体客だったようですね。


 ――――はい。観光ツアーが目的だったようです。私と夫でツアーの場所まで案内しました。


 ――201号室は以前からステラ氏が予約されていたようですね。


 ――――マイケルさんを泊めるためだと思います。


 ――202号室は空室のようですが予約は入らなかったのでしょうか?


 ――――入っていました。でも当日になってもいらっしゃらなくて。既に前金を頂いていたので他の方に貸すわけにもいかず、空室になってしまいました。


 ――203号室、204号室、205号室はいずれも事件当日を含め長期滞在されていたようですね。


 ――――ありがたいことです。203号室は約30日、204号室、205号室は約半月宿泊されました。


 ――203号室、204号室の住人が事件当日から行方不明なのですが何か知りませんか?


 ――――分かりません。私たちとしては前金で払っていただいているので問題ありませんでしたが……


 ――事件当日、あなたは205号室が施錠されているのを確認しました。遺体発見後、他の宿泊客の安否を確認されたようですね。201号室から204号室の施錠状態はどうなっていましたか?


 ――――202号室は施錠されていました。201号室、203号室、204号室は鍵が開いていました。


 ――201号室のカギはマイケル氏のポケットにありました。203号室と204号室のカギは見つかりましたか?


 ――――はい。それぞれテーブルの上、ベッドの上に置いてありました。


 ――205号室の床に付着していた黒いシミはご覧になられたでしょうか。同じ形状のものが203号室、204号室からも発見されました。事件以前から付いていたものでしょうか?


 ――――断定はできないです。新しい建物ではないですから、シミや汚れがあってもおかしくないと思います。


 ――203号室に宿泊されていたのはどんな方でしたか?


 ――――女性です。魔法使いだと言っていました。顔は前髪で隠れていたので分かりません。


 ――204号室は?


 ――――いつも黒いフードで身を隠していました。ですので顔も素性も分からないままです。


 ――ありがとうございました。





 ★★★★





 資料から上げた彼の顔は混乱に満ちていた。


「どうなってるんですかこれ」


「取調室では聞かされていなかったのですか?」


「ええ。これだけ怪しい人物がいるなんて知らなかった」


 彼の指す人物は203号室、204号室の住人だろう。もしかするとコリス家の父親も含まれているかもしれない。


「203と204は依然として行方不明なんですか?」


「そのようですね。捜索も打ち切られました」


 首都マリスは神聖レニウス帝国の帝都に次ぐ人口を抱える。世界で2番目の都市だ。人探しは困難を極める。


「警察……ではなく保安は彼らを疑わなかったのですか?」


「疑いはしました。ですがそれ以上に怪しい人物がいたので優先順位を下げたのです」


 イケダは「あー」と言いながらベッドに倒れこんだ。本来なら現場を汚すなと叱るところだ。だが保安の捜査は一区切りついている。今更ベッドを乱したところで何も変わらないだろうとシンクは無言を決め込んだ。


「現時点でアリバイないの誰でしたっけ?」


「ステラさん、ステラさんの父親、203号室の宿泊客、204号室の宿泊客、そしてイケダさんです。ローラさんと1階の宿泊客はアリバイがあると思われます」


「そうですか。まぁそれがどうしたって感じですけどね」


 自分で聞いておいてこの態度は何だろう。訳が分からな過ぎて自暴自棄になったのだろうか。彼は相変わらずベッドに横たわって天井を見つめていた。

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