星女の救済

第74話 騎士団長殺人案件

 副団長シンク・レイは団長室のドアをノックし、自身の名を告げた。間髪入れずに「入れ」の声が上がった。入室する。


 10畳ほどの部屋だ。中央に木製のテーブルとチェアがある。それ以外は何もない。


 団長クラリスは椅子に座って書き物をしていた。背筋がピンと立っている。性格が表れているとシンクは思った。


「突然呼び出してすまない」


 顔を上げる。相変わらずの美貌だ。ボボン王国でもトップ10に入るだろう。


「いえ。竜の山領に関する件でしょうか」


 彼らが属する第一騎士団では現在大きな任務が進行していた。その件で方針の転換があったのだろうと検討を付けたが、クラリスは首を横に振った。


「無関係とは言わない。が本筋ではない。イケダという名を覚えているか」


 記憶をたどる。該当する人物はいなかった。


「いえ」


「ゴブリンスレイヤーの彼だ」


「………ああ」


 思い出した。ゴブリンばかり狩っている奇特な人物だ。クラリスがギルドから彼の噂を聞き、次回の遠征に加えようとしていた。シンクはその件に関わっていなかった。


「彼が先日、マリスの保安隊に捕縛された。罪状は殺人だ」


「はぁ」


 生返事しか返せなかった。彼にとっては知らない人物が殺人容疑で捕まっただけだ。


 クラリスは手元の書状を丸めて紐で括った後、おもむろに立ち上がった。無表情を保ったままシンクに告げる。


「彼を助けてやってくれないか」




 ★★★★




 クラリスとシンクはマリスの保安所を訪れた。真っ白の廊下を進む。通りすがりの保安員は軒並み彼女たちへ頭を下げた。いつも通りの光景だった。


 ボボン王国の第一騎士団がダリヤ商業国の首都マリスに滞在する理由は2つある。1つは実践訓練の充実を図るためだ。ボボンに比べダリヤはギルド依頼の質が高い。魔物の強さも比例している。騎士団という大所帯が戦争以外で訓練する場所としては最適と言えた。


 もう1つは両国の友好を保つためだ。ボボンとダリヤはレニウス帝国という共通敵が存在する。かの国へ対応するには二国の協力が不可欠だった。そこで第一騎士団に白羽の矢が立った。彼らが積極的にダリヤへ貢献することで両国の結びつきを強める方法をとったのだ。


 その活動の中でマリスの保安部隊に協力することが何度かあった。今では客将のような扱いを受けている。


 クラリスがある部屋の前で立ち止まった。シンクも自動的に止まる。


 部屋は鏡張りで向こうの様子が筒抜けだった。左側に座る男は見覚えがあった。


「保安課長自ら尋問に当たっているのですね」


「ヒマだったのだろう。そういう男だ」


 保安課長はしきりに怒鳴り声をあげている。何を話しているかは分からないが、室外にまで漏れるほどの声量だった。一方で右側に座る男は黙ったままだ。


「彼がイケダですか」


 クラリスは無言で頷いた。


 右側を見つめる。黒髪黒目で薄い顔をした男だった。憔悴しきっている。長時間尋問を受けているのだろう。


「見た感じ容疑を否認しているようですね」


「そうだろうな」


 違和感を覚えた。クラリスへ視線をやる。彼女もシンクを見つめていた。


「私も彼は殺していないと思う。いや、確信している」


 思わず視線を逸らしそうになる。彼女が眼を輝かせるときは自信がある証拠だった。


「なぜそう思われるのですか」


「殺人事件が起きた日に彼と会った。時間的には殺害直後だ。話もした。パーティー加入の件についてだ」


「凄い偶然ですね。え、でもそれだけですか?」


 クラリスは首を横に振った。


「もしお前がイケダだとして。殺人を犯した直後に初対面の騎士団長が話しかけてきたらどうする?」


「そう、ですね。自分なら適当に頷いて話を合わせるか、別日に話したいと提案するかもしれません。とにかく目立つ行動は控えますね」


「それが普通だ。だが彼は違った。私にケンカを売ってきた。全く論理的じゃない。だからこそ犯人ではないと思った」


 シンクは小さく頷いた。確かに奇天烈な行動だ。ただそれだけだと弱い気がした。そんな彼の気持ちを読み取ったのか、クラリスは再び口を開いた。


「もう1つある。彼の眼だ。お前も知っているが私は仕事柄多くの犯罪者と関わってきた。奴らは一様に目の奥が黒かった。事件直後は特に顕著だ。だがイケダは違った」


 今度は大きく頷く。彼女としては後者に自信を持っているはずだ。そしてシンクもクラリスの眼に全幅の信頼を置いている。


「事件概要を見る限りだと非常に厳しい状況だ。誰がどう見ても彼が一番怪しい」


「はい」


「だからこそ機会は与えてやりたい。彼自らが潔白を示すキッカケを」


 シンクはクラリスがやろうとしていることを悟った。それは彼女らしからぬリスキーな方法だった。


「保安に捜査権を譲ってもらうつもりですか?それも容疑者に捜査させると?」


「ダメか?」


「駄目というか……」


 確かに保安は第一騎士団に負い目がある。貸しと言ってもいい。騎士団が協力したお陰で解決に至った事案があった。それを持ち出せば多少無茶な要求でも通るだろう。しかし観点はそこじゃない。


「分かりました。自分は彼の補佐をすればいいんですね」


「ああ。私は動けない。事件の関係者だからな。だがお前は第三者だ。保安からの信用も厚い。適任だろう」


 呼ばれた意味は分かった。やることも理解した。しかしシンクにはどうしても解せないことがあった。団長室に召喚されたときから抱えていた疑問だ。


「1つだけお聞かせください。何故ですか?」


「なぜとは」


「何故、見ず知らずの彼にここまでする必要があるのですか?」


「…………」


 目の前では保安課長が喚き散らしている。相変わらず身振り手振りが激しい。


 尋問は心身ともに衰弱する。イケダという男も相当参っているだろう。だが尋問が続いているという事実は決定打がないことを指している。彼を犯人とする証拠が足りていないのだ。だから自白に頼るほかない。


 クラリスは目の前の鏡に手を置いた。部屋の向こうからは何の反応もない。内側からは見えない構造、いわゆるマジックミラーを用いている。


「言わないとダメか?」


「え。いえ、駄目というわけではないですが……」


「全てが終わったら話す。それで許してくれ」


「はぁ」


 珍しいと思った。シンクから見たクラリスは全てが痛快な女性だった。誤魔化す様子やまごつく姿を見たことが無い。そんな彼女が言葉を濁した。間違いなくイケダが関係しているはずだった。


「では行くぞ」


「はい」


 クラリスがドアに手を掛ける。


 果たしてどのような事件なのか。そしてイケダという人物は何者なのか。シンクは気づかれないように小さくため息をついた後、クラリスの後を追って部屋に入った。

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