第68話 ステラ☆シアター
瞼を開ける。目覚め特有の靄が訪れた。何秒か待つ。見慣れた天井が視界に入った。いつもの朝だった。
フローリングから身体を起こす。ベッドは綺麗なままだ。野宿が続いた影響で柔らかい寝具に忌避感があるのは変わらない。
大きく背伸びをしつつ室内を見渡す。ベッドと簡易テーブルセット以外は何もない。シミ一つない床材がもっと物を置けと訴えかけてきているようだ。
「……あぁ」
身体をクンクンする。少しだけ臭うか。昨夜は0時過ぎに帰ってきたのでお風呂に入れなかった。
「入るか」
布袋から着替え用の下着と体拭きを取り出す。お風呂入って、朝食食べて、ゴブリン狩りといこう。
今日も何かいいことがありますように。
★★★★
テーブルの上には3種類の硬貨が置かれている。金ぴか、ちょっと金ぴか、銀ぴかがそれぞれ3枚ずつだ。
「3万3千3百ペニーだ」
「はい。ありがとうございます」
今日のスレイヤー報酬だった。腰掛袋にせっせと詰める。この世界では紙幣の存在が確認できていない。札束が恋しい。硬貨は重すぎて持ち運びに不便だ。
「おい。例の件だが」
「ん?なんのことですか」
「パーティー勧誘の件だ」
一瞬悩むも思い出した。受付おじさん経由でどこぞのパーティーに勧誘されていた。しかしその件は断ったはずだ。
「今は……15時か。2時間後の17時に代表者がギルドを訪れる。すまんが会ってくれないか?」
「えーと。パーティーの代表者が私を勧誘したいので、17時にギルドへ来いと?」
「そうだ」
「以前に断ったはずですが」
「確かにそうだが、拒否した理由の1つに相手の素性が分からないと挙げていただろう。だから今日会いに来るんだ」
「はぁ」
随分と強引だ。俺を欲するということは、そのパーティーはゴブリンの巣でも襲撃するつもりなのだろうか。そうでなければ理屈が通らない。俺はマリスに来てからゴブリン狩りしかしていない。
「まぁ、会うくらいならいいですけど」
「お。マジか。助かるわ。そんじゃ17時によろしく」
「ええ。承知しました」
珍しく笑みを浮かべるおじさんに背を向ける。どんなパーティーだろうか。強面の男が恫喝してくる事態だけは避けたい。
★★★★
コリス亭へ入ろうとすると入れ違いでステラが出てきた。
「あ、イケダさん。ちゃお」
「こんにちわ。お出かけですか?」
「うん。買い出しなんだけど……そうだ、付き合ってくれる?ちょっと荷物が嵩張りそうなの。お礼に夕飯サービスするよ」
頭の中で予定表を広げる。2時間後にギルドで人と会う約束をしている。それ以外はフリーだ。付き合っても問題あるまい。
「いいですよ。行きましょうか」
「わーい、ありがと!やっぱり持つべきものは便利屋Fランク暇人ボーイだね」
「やめようかな」
「わー、うそうそ!冗談だよ~」
ステラと歩き出す。2人きりで出かけるのは初めてだ。彼女とは身長差が20センチ近くある。気持ちゆっくり歩くことを心掛けよう。
「なんかこうしてるとデートみたいだね」
「そうですか?」
「そうですかって、なに格好つけちゃってんの。このこの~」
肘でわき腹をツンツンされる。なんだこいつ。最高かよ。
途端、瞼の裏に無表情の紅魔族ガールが現れた。ミリアの時と同じだ。ここまでくると呪いの類かもしれない。
現状の気持ち傾き具合を確認してみよう。全部で10として、ミリアに7、ステラに3といったところか。こうして考えると思いのほかステラにも惹かれている。ちなみにセレスは100だ。計算おかしいと思わないでもない。ただ恋愛は、ヒトの気持ちは計算できるものではない。
「あ、そういえばイケダさんに相談乗ってほしいことがあるんだけど」
「なんです?」
「あー、あるんだけど。まだ自分の中でもまとまってないから、ホワイトロードツアーの後でもいい?」
「えー。だったらいま悩みあるなんて言わないでくださいよ。気になるじゃないですか」
「ごめんごめん。ほら私って勢いで話す癖あるじゃん?でも直前になって躊躇する癖あるじゃん?女の子って難しいよね」
「バカでビビりだと」
「ひどっ!イケダさんってそんな毒舌だっけ?」
「今のステラさんになら許されるかなと」
ステラは「もうなんなん!」と言いながら早歩きで離れていく。本気で怒ってはいない。その証拠に速度を緩めてはこちらをチラ見してくる。
過去の経験から彼女のようなタイプはため口や軽口で距離を縮めるのがよいと判断した。今のところ間違っていないと思う。
問題はどこまで関係を深めるかだ。
★★★★
買い出しが終わった後も、薪割りやら掃除やらに駆り出され、最終的には8時まで拘束されてしまった。クタクタだ。お腹空いた。
「はーい、今日は鶏のから揚げよ」
母上が食卓に置いたのは、まさしくトリカラだった。香ばしい匂いと焦げ茶色の衣が懐かしい。
早速「いただきます」と言って一口ほおばる。美味しい。最高だ。中はじゅわっと外はサクサク当たり前。程よい甘みと塩味が空腹を促進させる。病みつきになりそうだ。
「どうイケダさん?」
「最高に美味しいです」
「よかった。宿泊客には出していないお料理だから。どんどんおかわりしてもらって構わないわ」
「ありがとうございます」
お言葉に甘えてトリカラを3つ一気に食す。美味しい。レモンサワーが欲しい。
「そういえば、そろそろホワイトロード観光ツアーがあるけど。イケダさんはどうするの?」
母上は斜め前に座った。ステラの隣だ。ボウルからサラダを小皿に移している。
「どうするとは?」
「前も言ったけど、この時期の宿泊客は全員が観光ツアーに参加するの。たぶん今回もそうじゃないかな?お母さんもお父さんと行くんだよ。だからイケダさんはどうするのかなって」
「えーと、ステラさんは?」
「私は店番だよ。あ、でも私の事は気にしなくていいから!いや、ほんとに。イケダさんもツアーに参加するといいよ」
ステラは両手でどうぞどうぞのゼスチャーをしている。挙動が不審だ。母上に視線を移す。やれやれといった表情を見せていた。何やら事情があるらしい。
「観光ツアーと言っても、その半分は大宴会なのよね。夜の10時から朝の5時くらいまでかしら?もし参加されるなら仮眠した方がいいわよ」
「分かりました。一応確認ですが、参加しなくても宿には泊まれるんですよね?」
「まぁそうだけど、1回は見に行った方がいいよ!ほんとに。一生ものになるから!」
「はぁ」
怪しい。怪しすぎるが自分から言い出す気配はない。俺が尋ねたところではぐらかすだけだろう。
ステラの挙動はひとまず置いておいて。観光ツアーは興味がわいていた。行ってみようか。
もちろん1人で参加するつもりはない。ミリアを誘ってみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます